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傭兵譚  作者: Lance
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テトラと亡国の主従3

 壮年の男ハミルトン。鉄鎖の先に重い球がついた流星鎚を操る。クラウザーよりも少し年上のデイッツは長剣を帯びていた。ギュイ。ハミルトンと同年代のようだが、怖い面をしている。

 ギュイが四悪党こと、この亡国の騎士らの筆頭だと思っていたが、それはクラウザーの名を汚すために自ら悪役の親玉を買って出たということだった。兵は百程。練度の方は低く、テトラから見れば皆やせ衰えていた。

 食料を得るのに悪事に走るのも止む得ないだろう。実際、亡国の騎士としてテトラもあちこち苦労してハイバリーに仕官したりもした。

「食料の方は仕方が無いとして、女を要求するのはどういう用件だい?」

 マディアがきつく詰め寄ると鉄球を下げたハミルトンが言った。

「若にも子供が欲しいと思ったのだ。好いたおなご以外は皆、平穏無事に返すつもりだった」

「どうだか」

 マディアが言う。

「これは若が要求したことではない、我ら三人の考えだ」

 悪党面のギュイが慌てた様子で言った。

「しかし、困ったな。素性を知られた以上、略奪もできぬし」

 三人衆の中では最年少のデイッツが口を開く。

「そうじゃなかったら、また略奪をしていたのかい?」

 マディアが呆れたように言った。

「かつての民から奪うなんてとんでもないお武家様達だよ」

 彼らのやり取りを眺めながらテトラは思案していた。どうにかクラウザーらに山賊を辞めさせ、正しき道へ戻すにはどうすべきか。食料を得るためのルートも確保しなければ彼らは飢え死んでしまう。

 テトラは士官の道を勧めようかと思ったが、現状、憎きロイトガルとクラウザーらにとって憎きプリシス、風前の灯のベルファウストが残るのみ。

 憎きロイトガルか。大陸に覇を唱えたアナグマ達に味方をするのが、一番の道だろう。

 俺は憎しみを捨てるしかないのかもしれない。

「テトラ殿、ボルスガルドを再興させる手立ては無いものか?」

 ハミルトンが尋ねて来た。

 テトラはついに口にしなければならないことを口にした。

「ロイトガルに味方をしてその庇護下で国を再興させるしかないだろう」

「ロイトガルに味方をか」

 兵士らがざわめく。

 テトラもプリシスがマディアの村を貧困に陥れたようにプリシス帝国に味方するつもりはなくなった。テトラは溜息一つ吐いた。まさか、ロイトガルに味方をすることになるとは。ロイトガルにこそ正義はあるということなのだろうか。

 全員がテトラの言葉を待っている。

「さしずめ、ボルスガルド解放軍と名乗って、プリシスの後方を脅かす役を買って出る。物資とお家再興を条件に」

「解放軍だと?」

 鉄球のハミルトンがあんぐり口を開いた。

「ロイトガルに味方する以外に貴公らの意志も腹も満たされまい。それともプリシスに出頭し、死ぬか」

「死ぬのは無しだ」

 年若いデイッツが言った。

「つまり、テトラ殿、我々には傭兵のような道しか残っていないということだな?」

 クラウザーが冷静な眼差しを向けて尋ねて来た。

「いかにも。解放軍でも傭兵団でも好きに名乗り、ロイトガルに恩を売る。クラウザー殿はこのまま山賊として卑しい暮らしを続けたいのか?」

「否」

「ならば、今一度大志を抱き、やれることをやるのです。幸いあなたを思ってくれる家臣も兵もいる」

 テトラとクラウザーは真っ直ぐ見詰め合った。亡国の貴族にして騎士同士、歳も近い。クラウザーの眼光が強いものに変わった。

「ギュイ、デイッツ、ここを頼む。そこの女性。本当にすまぬことをした」

 クラウザーが言うとマディアは複雑そうに頷いた。

「国を取り戻してくれるならチャラにしておいてあげるよ」

「ありがとう、必ずや、ボルスガルドを再興して見せる。テトラ殿、力を貸して下され」

「承知。ひとまずは、ロイトガルと交渉しよう。プリシスとの最前線へ赴き、そこの指揮官とまずは話をするのです」

「分かった。さっそく行こう」

 テトラとクラウザーは頷き合い、固く握手を交わした。



 2



 プリシスと戦っているのはロイトガルの聖氷騎士団だった。

 兵の数は少なく、砦には傷ついた者達が大勢、それでも任に就いていた。

 テトラはロイトガルに忠義を誓う者達の姿が眩しかった。やはりなかなか恨みとは捨てきれない。しかし、今日で綺麗さっぱり捨て去るのだ。

 クラウザーと何故かマディアまで着いてきて、三人は司令室に通された。

 そこには細い目をした優男が立っていた。

「あなた方が協力者と?」

 三人と同い年ぐらいの聖氷騎士団長は訝し気に尋ねて来た。

「我々は元々、ボルスガルド王国の騎士と臣、そして民でした。御存知の通りプリシスに攻め滅ぼされ、無念の思いを抱きながら日々を悶々と過ごしております。こちらは元騎士のクラウザー殿」

 テトラが言った。

「東方連合のテトラ殿がボルスガルド出身とは初めて知りました」

 相手が言い、テトラは内心ギクリとした。

「あなたの評判はこんなところまで轟いておりますが、その勇名は頼りになるところです。しかし、我が勢に御加勢は無用。それっ、ひっ捕らえよ!」

 兵達が部屋に雪崩れ込んで来る。

「待て、騎士団長、本当のことおっしゃってくだされ、戦線を維持できるだけで苦しいのでしょう? このままではロイトガルは我がプリシスの前ではアナグマだったと嘲笑われるだけ、実際その通り、貴公らは攻め入られるほどの兵を持ってはいない」

 テトラは必死に捲し立てた。騎士団長の顔色が怖いものに変わる。いつでも澄んだ笑みを浮かべているであろうこの騎士団長の笑みにそれを感じ取った。

「物資の定期的な提供とロイトガルの庇護下でボルスガルドが再興できれば良いのです。あなた方が功を上げられるように、プリシスの後方をかく乱して御覧にいれよう!」

 じわじわ迫る兵士達に向かって騎士団長は手で制した。

「貴公らは今はどこの誰とも知れぬ馬の骨も同然。失っても我が方に損失は無いか。ならば、テトラ殿、天下に名高い貴公の武で見事にプリシスの後方をかく乱して御覧にいれよ。物資の提供はするが、国の再興は私の一存では決められぬ」

 テトラはクラウザーを見た。クラウザーは口を開いた。

「ひとまずは物資の提供だけでよろしい。我が臣民は飢えている」

「では、さっそく準備させましょう。申し遅れましたが、私は聖氷騎士団長のニーと申します。あなた方の働きが良ければ良いほど、再興の話も現実味を帯びてくるでしょう。精々期待をしておりますよ」

 そうしてテトラとクラウザー、マディアはロイトガルの輜重隊を率いて、砦へ帰参した。

「若、どうでしたか?」

 三人衆が駆け寄って来る。

「再興の話は上手い具合にはぐらかされたが、物資だけはこの通り入手した」

 運ばれてきたたくさんの荷に三人衆も兵達も度肝を抜かれているようだった。

「お前達は飢えを満たすと良い。プリシスの後方を脅かすためにも力をつけよ」

「はっ!」

 山賊に成り下がっていた者達が兵へ戻った瞬間だった。

 クラウザーはマディアを見た。

「あなた方の村へは迷惑を掛けた。物資を分けて、詫びとさせて欲しい」

「それで手を打つわ。頑張ってね騎士さん」

 マディアが言うとクラウザーは頷いた。

「テトラ、当てにしてるわよ。みんなをよろしくね」

「承知した、お任せあれ」

 テトラが頷くとマディアが微笑んだ。その笑顔に惹かれる自分がいた。心臓がドキリとする。今すぐマディアを抱き締めたい。テトラにはこうしてもう一つ、ロイトガルのために戦う理由が増えたのだった。

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