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傭兵譚  作者: Lance
9/161

餓狼達の逆襲

 静かになったな。

 広大な砦は何十年間も隣国の侵攻を阻んできたと言われる歴史があるらしい。今、そいつとともにいる。まるで俺達は戦友だな。

 ローランドは薄く笑い、疲弊しきった同僚達、この決戦のために結成されたアムール虎傭兵団の面々を見ながら入り口まで来る。

 夜明け前だ。もう脱出は不可能だ。御貴族様と兵士達は夜陰に紛れてとっとと出て行った。追撃されているかは定かではないが、敵がこの要害を見過ごせるとは思っていない。

 補強も半端の鉄製の大きな扉の前には、やる気を挫かれた傭兵達が数人集い、怯えた目で話し合っていた。

「出るなら今だ。もう俺達は充分、囮の役目を引き受けた」

「そうだな、このままじゃ、死ぬだけだ。生き延びても生け捕られて奴隷待遇だ。鉱山で強制労働だろうよ。そんでもって疲れて死ぬ」

 どの道、死ぬ。居残った傭兵達はそう口にし、死を受け入れる覚悟も無く、生き延びる気力もなくただ座ったり立ったりしているだけだった。

 ローランドは階段へ向かい外壁に上がった。

 座り込み、槍を手にし、刃を研いでいる独りの男を見つけた。いや、もう独りじゃない。俺が来た。

「サーディス、今回ばかりはヤバそうだな」

 ローランドが声を掛けると、黒い兜がこちらを見上げた。目と口元が露出している。サーディスは不敵に笑っていた。

「いつだってヤバいだろう。戦場にいる限り、生き死には常に付きまとう」

「撤退の伝令が来ないらしい」

 ローランドが言うとサーディスは鼻で嘲った。

「傭兵なんてそんなもんだろう。使い勝手の良い駒だ」

「……そうだよな」

 ローランドは少々暗くなりながら応じた。

「だけど、サーディス、このままじゃ本当にヤバいぞ。お前は俺と一緒に奴隷でもやる気か?」

「ふざけんなよ。腐れ縁でもそこまで一緒にいたくはないぜ」

「そうだよなぁ」

 ローランドは頷いた。だが、不思議だ、サーディスは勝ちを諦めていないようにも思える。意気消沈していないのは彼だけに見えた。

「前から訊きたかったんだけど、お前の底無しの自信は何処から来るの?」

 サーディスに問うが、彼は砥石を走らせる手を休めずに答えた。

「経験しか無いだろう。そこから来るのがお前の言う自信だ。今回の勝ちの条件は分かるか?」

「敵に捕まらずに、戦死せずに、先発隊と合流すること」

「その通りだ。場合によってはそれ以上に良い結果になるかもしれねぇぜ」

 サーディスは立ち上がり槍を振るった。風を切る重い音色が次々轟いた。

「そら、敵さんのお出ましだ」

 陽が昇る真下を大きく広がった敵影の姿が見えた。

 ローランドは震えた。

「本当に見捨てられたのね」

「良かったな、これでヤキモキせずに済む。ただ敵をぶった斬って逃げりゃ良いだけだ。情にほだされるなよ」

「わかってるさ。覚悟は決めた」

 ローランドは剣を抜いた。鍛冶師の幼馴染が彼のために鎚を振って汗水流しながら打ってくれた大切な剣だ。

「いつだってその剣だな」

「まぁな、こいつは決して折れはしない。刃は欠けるけど。幸運のお守りだ」

 ローランドは両手持ちの剣を握り、サーディスと共に階下へ下りた。



 2



 下ではアムール虎傭兵団が青ざめた顔で突っ立っていた。

 降伏勧告に応じても強制労働が待っている。国は見捨てた傭兵達に助けをよこすつもりはないだろう。自分達のことで手いっぱいのはずだ。

「良いか、血路を開いて逃げるんだ。以上! 門を開けよ!」

 壮年の団長が鼓舞するように言った。

「良いね、余計なこと一つ言わなかった。それで良い」

 サーディスが再び笑う。

 俺にもこの腐れ縁の主程、楽観的な心が有ればいいのにな。

 ローランドの脳裏を幼馴染の女性の姿が過ぎった。赤い髪で、男勝りの筋肉質な腕、胸は大きくて、威勢が良い。そして綺麗だ。死ぬわけにはいかない。何故なら――。

 他の傭兵達が怪訝そうな顔を浮かべながら門へ向かって行く。

 盾を手にし、横並びになっている。

「門を開けるぞ! みんな、今までありがとうな!」

 傭兵の誰かが感極まった声でそう言うのが聴こえた。

 ローランドとサーディスは二列目に陣取った。

 門が一気に開いた。途端に幾つもの鋭い音色が木霊する。

「うおおおあああっ!」

 大きな木盾を前に向けた傭兵達が敵勢へ突っ込んで行く。

 サーディスが駆けた。ローランドも続く。

 敵勢は二千はいるだろう。弩兵が剣に持ち変えて応戦してきた。

 ローランドは覇気を上げるように自ら鼓舞し、敵勢の中へと突っ込んだ。

 音、音、戦場の声がする。戦場が俺を呼んでいる。

 ローランドは我武者羅に剣を操り、敵を寄せ付けない。そこに槍が一本突き立てられた。

「そんな怯えた剣じゃ生き残れんぞ。幸運のお守りを持ってるんなら、運を天に任せろ! 斬れ! 突け! 貫け!」

 サーディスが大音声で叫び槍を頭上で旋回させ、次々敵兵を切り崩している。

「愛してる!」

 ローランドは剣の刀身にキスし、振りかぶった。

 大上段から放たれた一撃は敵の兜を打ち砕き、脳髄にまで達した。

 その途端、ローランドの心は躍った。「いける。いけるぞ、俺なら!」

 敵兵の槍が頬を掠め、凶刃を弾き返し、目の前の魔物どもを鎧ごと切り裂いた。だが、一方的に見えるローランドも何度か死にかけているのは事実だった。鎧に何度も敵の刃が衝突したのだ。それでも割れることが無いこの鎧も幼馴染が打ってくれたものだった。

 そろそろサイズが合わなくなってきたけど、俺はこいつを着続けるぞ!

「幸運のお守りだぁっ!」

 ローランドの気勢を上げた薙ぎ払いは、敵の刃を砕き、甲冑を割っていた。

 だが、休むも無く刃が陽光の怪しい光りを帯びてローランドへ向かう。ローランドは次々捌き、吠えに吠えた。咆哮が重なる。

 サーディスも吠えていた。

 と、他の傭兵達も同じように声を上げた。

 一つの鬨の声となり、百戦錬磨の輝きを取り戻した傭兵達の姿がそこにはあった。

「聴け! 俺達は戦場の狼だ! どんどん斬り込め! 飢えた腹を満たすために敵を切り裂け! そうやって生きて来たんだろうが!」

 サーディスの声が轟いた。

「喉笛に喰らい付けえっ!」

 ローランドも声を上げ、剣を次々振り回す。首を貫き、鎧を割り、敵を動揺させる。そこを他の傭兵が跋扈し、敵の命を奪う。

 士気が逆転しているのをローランドは感じた。サーディス、奴が戦場を支配している。

「だったらサーディス! この命、お前に預けた!」

 ローランドも何度目かの吠え声を上げて敵の層へ突っ込んだ。無我夢中だった。本当に飢えた狼のように剣を振るい血を浴びた。一人殺せばまた一人殺す。それの繰り返しだった。

 退却のラッパが鳴った。

 死体とそれと同様に横たわり呻く重傷者を残し、敵軍は引き上げて行った。

「やった!」

「やったぞ!」

「俺達は勝ったんだ!」

 傭兵達が互いに喜び合った。

「よし、みんな良く頑張ったな! 俺の権限で国軍に倍の報酬を請求する! 約束だ!」

 団長の男がそう言った。

 ローランドは戦場の先で独り陽光を浴びる黒い鎧兜の男を見た。

 最強の男だ。こんな奴を戦友に持てたらな。

 サーディスが戻って来た。

「サーディス、アンタ、すげぇな。あんなに興奮した戦いは初めてだ。しかも戦況を覆した。軍師か何かか?」

 そう言ったローランドの脳裏を一つの言葉が過ぎった。「戦神」いや、そこまでは言い過ぎか。だが……。

「生き残ったか。幸運のお守りが効いたんだな」

「そうかもな」

 ローランドは自然と右腕を差し出していた。サーディスが握り返した。

 この感触を俺は生涯忘れないだろう。最強の男と腐れ縁になれた腐れ記念だ。サーディスの背を追いローランドはそう思った。

 そして飯の支度が始まった意気軒高な砦の中へと引き上げて行ったのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 傭兵は誰も守ってくれない故、自らの強さのみが生きる術なんですよね。 ただそんな彼らも信頼のおける者と戦えることに喜びをおぼえているように見えます。
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