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傭兵譚  作者: Lance
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テトラと亡国の主従2

「待ちなよ」

 槍を研ぎ終わり、年代物の長剣を貰い受け、征伐に出発というところで声を掛けられた。

 そこには皮のドレスに鉄の胸当てをした茶色の髪の女性の姿があった。

「ああ、ええっと」

「マディアだよ」

「そうだ、忘れていた、マディア殿、その格好は一体?」

 するとマディアは健康的な身体をくねらせ背から長弓を取り出した。

「ついてくるというのか?」

「そうだよ」

 マディアが微笑んだ。

 テトラはふと胸が痛んだ。

 こんな落ちぶれた私を慕う女性がいるとは、それにまさに美しい、我が戦女神だ。だが、テトラは気持ちを偽って言った。

「危険だ、何があるか分からぬ」

 するとマディアは笑みを更に深めた。

「百人斬りぐらい大した事無いんでしょ?」

「ああ、無論だ」

「なら、あたしはあんたの背後を見張るよ。弓には自信があるからね」

 マディアの言葉にテトラはしどろもどろになった。こんな女性が共に来てくれるとは。ギュイには渡せぬ。

「あなたは私がお守りします、マディア殿」

「頼もしい騎士さんだ、行こうか」

 マディアが馬を進める。テトラは慌てて追い抜いた。



 2



 寂れた街道は明らかに異変を感じさせた。気を引き締めるテトラだが、隣のマディアは物見遊山のような態度であった。

 そのままマディアの案内で街道を歩んで行くと、彼女は進路を脇道に逸らした。ここも広い通りだが、山の中へ続いているようだ。言わずとも分かる。山賊のねぐらがこの先にある。

 テトラはマディアを連れて行くべきか迷った。

 マディアはニヤリと笑って背中をバシリと叩いた。傭兵らによってボロボロにされた鎧の破片がボロボロと落ちる。

「そういえば、騎士さん、どこかからか落ち延びて来たのかい?」

 そう言われ、テトラは現実を知る。今の自分は恩あるダイン・バッフェルを殺され、傭兵どもに駆逐されたのだ。再び放浪の戦士へ戻ってしまった。ベルファウストのために命を捨てることはできなかった。何故だろうか。あの黒衣の傭兵、そして三人の傭兵。彼らに殺されると恐怖したからだ。

「私は死ぬのが怖くて逃げて来た」

「自然なことだよ。だけど、騎士さん、いや、テトラ、あんたは私達のために命を懸けてくれるんだろう?」

 テトラは頷いた。

「勇者だよ」

 マディアは笑いかけてくれた。

 結局彼女を連れて行くと、放置された砦が目の前に現れた。木造の建物だ。門扉の前に一人の男が座っている。

「あれが四悪党の一人クラウザーだよ」

 クラウザー、金色の髪を短くし、顔は悪くなかった。こちらを見詰める目は静かな殺意に満ちているのが武芸者のテトラには分かった。農民や町民というわけでもあるまい。あれは元々身分ある者だな。

 同じ没落者のテトラには分かった。

「四悪党! このテトラが成敗しに参った! いざ、尋常に勝負!」

「我が名はクラウザー。敵対する者は殺すのみ」

 クラウザーは立ち上がって太刀を抜いた。

 クラウザーはテトラに負けぬほどの偉丈夫だった。

「貴公、元は貴族の出だな?」

「過去は捨てた」

 クラウザーがゆっくり歩んで来る。

「四悪党の中でも奴だけは別格だから注意して」

 マディアが言った。

「承知。行くぞ!」

 テトラはストームを走らせた。

 振り回す槍をクラウザーは次々受け止めた。テトラは舌打ちし、馬上では体勢が不利と判断し、跳び下りた。

「これでも喰らえ!」

 テトラは頭上で槍を旋回させ、頭上から一撃を見舞った。

 膂力溢れる一撃はクラウザーの太刀に食い込み、捻じ曲げようとしていた。

「らあああっ!」

 それまで静かだったクラウザーが咆哮し、テトラの槍を跳ね上げた。

「しまっ!?」

 クラウザーが太刀を薙ぎ払う。凄まじい風の音色をテトラはどうにか槍先で受け止めたが、槍があまりに貧相過ぎた。これではもう何度ももたぬ。

 四悪党と小物だと侮っていた己に気付いた。それがどうだ、ここまでの力を持つ者がいる。

 テトラは間合いを取るが、クラウザーが詰めてくる。太刀が胸元を過ぎった。

 いつの間にか門扉が開かれ、山賊どもが見物に現れていた。その顔はまるで楽観視していた。クラウザーの腕前がどれほど信頼、いや、あてにされてきたのかの証だろう。

 マディアは言った。こいつだけが別格だと。

 間合いが不利だと悟ったテトラは槍から手を放すと腰にある村から寄贈された年代物の長剣を抜き放った。

 刃が衝突する。

 クラウザーは鬼のような形相で歯を剥き出していた。テトラもまた同様だった。

「頑張って、騎士さん!」

 マディアの声が届いた瞬間、テトラの身体の中を力が駆け抜けた。

 守らなければならない人がいる!

「今度は死なせない。死なせるものかぁっ!」

 テトラは竜のような咆哮を上げてクラウザーを押し返した。

 そして素早く剣を突き出し顔面で止めた。

 山賊どもの顔が強張っている。

 クラウザーは自分に向けられた切っ先を見詰め、得物を落とした。

 その潔さにテトラはやはりと認識を改めた。

「貴公、貴族の出だな? 私は亡国東方連合のテトラ」

「私はボルスガルド王国、元騎士クラウザー」

「ボルスガルドって!」

 マディアが飛び出て来た。

「私達の元故郷だよ! あんたそこの騎士さんだったのかい!?」

「ああ」

 クラウザーは頷いた。

「ここは元々ボルスガルドの領地だった。元領主様が元民から狼藉を働いていたというのかい!?」

 マディアが責め立てる。

「すまぬ」

 クラウザーはそう謝罪した。

「呆れ果てたね」

「若を責めないでやっていただきたい!」

 マディアが言うと門扉の向こうから三人の影が現れた。

「来たね、四悪党!」

 マディアが言い、テトラは手で制し敵を諭した。

「貴公らも苦労したようだが、道を間違えてはいけない」

 その言葉に四悪党は揃って肩を落としたのであった。

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