兵士の気持ち
クロノス傭兵団が追いついた頃には既に砦の建設の準備は始まっていた。
二つの城の結末を知らなかったブリック王だが、手中に収めたも同然である自覚はあった。敵が今後攻めてくる際に、バッファリオ城かバッフェル城を攻めて来るのかが判断が出来ず、迂闊に兵を割くことはできなかった。ならば、寸断する形で砦を立て、敵を迎え撃つというのが王の考えであった。
聖雪聖銀の両騎士団をカイを加えて牽制に向かわせ、ドムルを筆頭に砦建設は始まった。
王はバッファリオ城の結末を知り、彼らが自国の足枷になるのを嫌ったのだろうと考えた。そのために自刃した。誇りある崇高な死だ。
バトーダのクロノス傭兵団も援軍に向かわせ、王はドムルのもとへ向かった。
「陛下、まだまだ砦は完成しませぬぞ」
「分かっている」
一千の兵は木を切り出し、枝を落とし、削り、大忙しだった。
ブリック王はノコギリを見つけ、手に取った。
「一つ私も手を貸そう」
その言葉にドムルは驚いていた。
「お止めください、これは下っ端の役目でございます」
「最終的には私の館だ。発注しているわけでも無し、主たる私が士卒が汗を流すのを黙って見ていられるか」
「でしたら、私が!」
ドムルが道を阻むが、ブリック王はその肩に手を置き、頷いた。
「私が王であることは伏せよ」
一時後に現れたのは兵卒の身なりをしたブリック王だった。
王自身が手伝いに入ったと知れば士卒は更に励むだろう。だが、王は知りたかった。兵達の感じる空気を。
「そこの若いの! 手を貸せ! 柱を運ぶぞ!」
さっそく兵士に声を掛けられた。
夏も終わりに近いがまだまだ暑さが残っている。兵士達は上半身裸だった。中には下着一枚の者もいる。
これが兵士というものか。
ブリック王はそのまま柱を担いだ。
「わっしょい、わっしょい」
兵達の掛け声とともに重たい荷を抱え前進する。
そして削って尖らせた方を下にし、予め掘ってあった穴へと突き立てる。
重労働だな。
「どうした、若いの。次、行けるか?」
「ああ、行こう」
年配の兵士に従い王は倒れて枝を落とされ、先を削られた丸太を抱える。これが王に与えられた役目だ。
「しかし、王は何をお考えなのだろうか。こんな平地に砦を築くなんて。囲んでくれと言っているようなものだろう」
若い兵士が不審げに言った。
王は口を開こうとした。だが、年配の兵士が先に応じた。
「騎馬隊をいつでも展開できるようにだろう。王様自身騎兵隊の指揮を取っているらしいしな」
そこから歩兵が騎兵を如何に恐ろしく捉えているかの思い出話が始まり、王は兵士達の声に耳を傾けた。
例えば自分が槍一本で徒歩の兵となり、突進してくる騎兵を迎え撃つとなったらどう思うだろうか。想像はつかないが、それは恐ろしいのかもしれない。兵士らは少なくともそう言っている。
自らが考えと戦術で兵を駒のように操って来たが、その気持ちまで考えたことは無かった。
「若いの、鎧脱いだらどうだ? 見てるだけで暑苦しい。敵なら騎士様達が何とかしてくれるだろう」
年配の兵士が言った。
「そうするか」
休憩の声が流れ、ブリック王はその年配の兵らと共に原野に座った。そして仕方なく鎧を脱いだ。
「おお、なかなか良い身体してるじゃねぇか」
年配の兵士が感嘆するように言い、他の兵士も囃したり、あるいは自分のマッチョ自慢を始めたりした。兵士らは水袋を呷っていたが、王は携帯していなかった。汗は流れ、履いている下着はそれだけで湿っているのが分かる。下着一枚になれたらどれほど楽か。そう言う格好をしている陽気な兵らを見て、自らはそこまで披露する度胸は無いことを悟った。無知だと、恥知らずだとは思わなかった。兵には兵のやりやすい形があるということだ。
不意に水袋を差し出された。
「何だ失くしちまったのか?」
王は受け取ると軽く一杯呷った。体内を流れ行く水はぬるいが命が直接癒されるような思いだった。
「悪いな」
王が言うと年配の兵士は笑った。
「良いんだよ。無事に生きて帰って親父とおふくろに元気な姿を見せてやれよ」
年配の兵士はそう言った。王は思った。義母がいるがさほど愛情はなく、父は隠遁させ、自分の生還を喜んでくれる者などいない。
「俺に親はいない」
王は思わずそう呟いていた。
「悪いことを言っちまったな」
年配の兵士は言葉通り気遣うように言った。
「だったら、恋人でも作れ。お前さん、女みたいに綺麗な男前だ。孤独で生きるには勿体無さすぎる」
「思い人はいる」
「おお」
「向こうも私を思ってくれている」
義理の姉ミティスティのことを思い浮かべて王は応じた。
「何だよ。だったら、故郷に置いて来たその娘のためにも尚更死んじゃならねぇぞ。子供の作り方は分かってるよな?」
「当たり前だ」
答えると肩をバシリと叩かれ、年配の兵士は笑った。
王はその年配の兵士の名を尋ねそうになった。が、思い止まった。戦場で情が移ってしまったら勝てる戦も勝てなくなるかもしれない。
「あなたは、今のロイトガルをどう思う?」
代わりに王はそう尋ねた。
「悪くは無いな。強行続きで休む間もなく転戦はしているが、守ってばかりのアナグマじゃなくなった。俺はそうしてくれたブリック王に感謝している。見ての通り、俺達はここまでやって来れたんだ。ロイトガルは、王様は俺達の誇りさ」
「誇りか。恥じぬように働かなければな」
「何だよ、王様みたいな口調だが、様になってるな。恋人とたくさん子供を作れよ。家庭は賑やかな方が良い。うちにはカミさんと五人の子供が待っている」
「分かった」
ブリック王は頷いた。
作業開始の声が流れた。兵士らはやれやれと立ち上がった。王も同じ思いだった。だが、ロイトガルをこのブリックを誇りだと思ってくれている兵士らの本心を知り、彼らがやる気なのが何となく伝わって来た。
王は結局、赤鬼傭兵団がやって来る三日後まで兵卒として働いた。
土と汗にまみれ気持ち悪かったが、兵士の同僚らが一生懸命なのを見て闘志を燃やした。
子供か。ミティスティは何人欲しいのだろうか。
ドムルがさり気なく近付いてきて赤鬼傭兵団の到着を囁いた。
王は兵士から王へと戻り、王の役目を果たすことに専念することにしたのだった。一人でも多くの兵を生還させる戦を考えなければならない。彼らにも待っている者がいるのだから。
王は汗を拭き、ドムルに手伝ってもらい覇者の鎧に着替えたのだった。