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傭兵譚  作者: Lance
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二つの城の結末

 五日過ぎた。

 バッフェル城を牽制する赤鬼傭兵団にもバッファリオ城の戦いに勝ったことが伝えられた。

 傭兵団は近付くが、城からは矢が未だに降って来る。騎士や兵士は寝ずの番をしていることだろう。本国から援軍が来ることを願って。だが、バッファリオ城の陥落が伝えられ、赤鬼傭兵団は離れた位置で声を揃えて叫んだ。

「バッファリオ城は落ちたぞ!」

 敵の士気が下がれば良いが、ローランドはそう思った。

 敵の動きは早かった。

 固く閉ざされていた城門が突然開き、徒歩の兵と騎士らが混ざって突撃してきた。バッファリオ城が落ちたということは、本国への道も寸断されたも同然なのだ。奇跡を信じて干殺しになるよりは、名誉を求めて出陣してきたのだ。いわば、玉砕である。

「気を付けよ! 死を覚悟した戦士は強い! 我らがよく知るところであろう!」

 赤鬼が声を上げた。

 馬を並べ赤鬼傭兵団は勇敢なる敵兵の姿をしばし眺めた後、突撃した。

 ランスで貫かれる者、馬にぶつかり死ぬ者、バッフェル城の騎士と兵士は意地と誇りと勇気を見せて滅んだのであった。

 そんな中、一人勇躍し馬を乗り回し、長剣を振るってこちらの兵を仕留める者がいた。

「テトラだ! テトラが出たぞー!」

 赤鬼傭兵団はグルリと飛将を囲んだ。

「次の相手は誰だ!? 我が名はテトラ、ダイン・バッフェル殿に恩ある者なり!」

 若者が咆哮を上げた。

 ローランドの目の前で一人、足を踏み出す者がいた。

「ワシだ」

 赤鬼団長がその役目を果たすために巨剣を担いで愛馬黒獅子を進ませた。

「赤鬼、東方連合とハイバリー、そしてダイン・バッフェル殿の仇をここでとらせてもらうぞ!」

「そこまで大義を背負い込んでいたか。見所のある若者よ。だが、お前に殺され、傷けられた同胞の仇をこちらこそとらせてもらうぞ」

 赤鬼が両手で巨剣を握った。

「いざ、勝負!」

 テトラが馬腹を蹴った。

 長剣を両手に持ち巨剣を押し返すテトラだが、赤鬼もまた声を上げて踏ん張った。

 囲む傭兵らはテトラがここまで武辺者だと改めて思い知った。

 ローランドは共にサリーによって打たれた兄弟剣の打ち合う様を見届けていた。槍はサーディスに折られている。優しいサリーはその時のためにと長剣まで流浪のテトラに渡したのだった。それがどちらにとって幸を招くかは分からないし、招かないかもしれない。

 火花と旋風の音は続いた。

 テトラは普通の者なら見ただけで縮み上がる巨剣に怯む様子もなく積極的に打ち、隙を窺っている。

「良い剣を使っておるな!」

 赤鬼が言うとテトラは応じた。

「この剣には打ち手の魂が籠っている!」

「それはこちらとて同じ、そろそろ決めるぞ!」

 両方の剣がぶつかり合う。一際甲高い音を上げた。見ている者の背骨と首を揺らすかと思うほどの衝撃が伝わって来た。

 テトラの剣が折れ、赤鬼団長は背後に落馬していた。

 ローランドらは何が起こったのかまるで見当もつかず、戦っていたテトラの方が冷静であった。

「赤鬼、勝負は預ける! いずれ仇を討たせてもらうぞ! ハアッ!」

 テトラの馬は乗り手を背に傭兵らの囲みを跳び越えて北へ疾走した。

「逃がすな!」

 正気に戻ったロッシ中隊長が声を上げ、ローランドらは追走したが、テトラの馬は速かった。距離は近付くばかりかどんどん離れて行く。やがて馬が疲れ果て、追討は中止となった。

 そして戻ると出迎えたのは赤鬼団長と勇敢に戦い死んでいったバッフェル城の騎士と兵士の亡骸だった。

「騎士の遺体は本国へ送り返す。兵士の死体も粗末に扱ってはならぬ」

 赤鬼団長は立ったまま死者へ念仏を唱えた。



 2



 バッフェル城も落ち、本国への道も遮断されている。

 バッファリオ城に籠る百名の騎士達もまた覚悟を決める時が来ていた。

 バトーダは若い小隊長エドガーに再三に渡る降伏勧告をさせたが、始めは突っぱねていた敵も、うんともすんとも言わなくなっていた。

「このまま飢えるのを待ちますか?」

 エドガーが尋ねた。長い茶色の髪を一つに纏めている。目は不敵でそれが示す通り、任務遂行のためにはどんな困難なことにも文句を言わずバトーダを信じて尽力してくれている。

「兵糧が尽きているのでしょうか?」

 一人の傭兵が尋ねる。バトーダはかぶりを振った。仮にも城だ。兵糧なら貯め込んであるだろう。

 騎士達の亡骸を渡しに行った際には敵もまた慇懃に応じた。ベルファウストとという国は悪くはなかった。だが、バトーダはロイトガルにこそ大望と信義を見出した。

 しかし、大陸に太陽が二つあっては駄目なのだ。対立する者がいない平和と言う一つの言葉に纏められなければならない。ベルファウストは残念ながらその障害となったのだ。

「まだ勝負は着いていないがな」

 バトーダはそう言うと百名と共に前進した。

 普通なら城壁上の騎士がこちらを見つけて仲間を呼んだり、矢を射かけたりするが、その様子が無かった。

 城門に近付く。開かなかった。

「いつまでも時間をかけているわけにもいくまい。ブリック王の後方を脅かしていることに変わりはない。我々で攻城戦を仕掛ける」

 ブリック王が置いて行ったラムを引き、長梯子を抱えて二百八十の傭兵らが城に再度迫る。

 梯子を掛けるが、抵抗が無い。

 バトーダはラムを打つのを止めた。

「エドガー」

「見てきます」

 エドガーは梯子を昇って城の中へと消えた。

 程なくして門扉の閂が動く音がし、扉が開いた。

 エドガーが立っていた。

「死んでます。おそらく全員」

 若い小隊長はそう告げた。

 バトーダらは城へ踏み込んだ。

 城の至る所で騎士らは自ら喉を貫き、あるいは同僚同士、刃で貫き合って自決していた。

「誇りある死だ。ベルファウストは滅ぼすには惜しい国だった」

 バトーダは思わず言った。

「まだ終わってませんよ」

 エドガーが言う。

「そうだな、よし、百名残して残りは王に合流するぞ!」

 こうして二つの城はベルファウストの歴史に幕を閉じたのであった。

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