バッファリオ城攻防戦2
歩兵隊の背負う矢筒の半分まで油が入っている。そこに矢が浸してある。敵の盾を焼き尽くすまでは相当な矢が必要となるだろう。そこにバトーダが一計を案じた。
翌日の戦いも敵は消極戦法を取った。並べ重ねられる盾に後方からは矢が降り注いで来る。
歩兵隊は弓兵隊となり三機のカタパルトを率いてきた。乗っているのは木造の脆い構造の樽で、中には油が満載されていた。
敵は守りを崩さない。
「放てー!」
歩兵大隊長ドムルの声で三機のカタパルトは勢い良く身を起こし、樽を敵陣営へ投げ付けた。
弓兵は二人一組となり、矢を射る者、矢に火をつける者となっている。
カタパルトから飛んだ油は敵の盾にぶち当たった。
「弓兵放てー!」
火を纏った矢が次々真っ直ぐ飛んで行く。
油で濡れた盾に次々矢が突き立った。そして次々煙を上げ、炎上させて行く。その頃には敵側から矢は飛んで来なかった。
ドムルはすぐに弓を捨て槍を構えさせた。
盾がボロボロと倒れ落ち、鬨の声が敵側から上がった。前方を長槍を構えた歩兵として、敵は火を跨いで突進してきた。
「応戦しろ!」
ドムルが声を上げる。
ブリック王は馬上で騎士団と共にその様子を見ていた。
乱戦になると、王は声を上げた。
「縦列隊形、騎士団行くぞ! クロノス傭兵団は先行し道の確保をせよ!」
バトーダがクロノス傭兵団を率い、正規兵と共に敵兵を掃討して行く。
王と騎士団は少しずつ進み、ついに乱戦の中から抜け出した。
ブリック王は見た。ブロークン・バッファリオが騎士団を横並びにし、突撃隊形を取っているのを。
「横並びに整列! 突撃を仕掛けるぞ!」
聖雪、聖銀騎士団が王を中心に並んだ。
ランスを抱えた敵同士が遠くで睨み合う。
「王は後ろに」
ミティスティの言葉を副団長のジョバンニが告げに来たが、ブリック王はかぶりを振った。
「これは何度も苦汁を舐めさせられたブロークン・バッファリオを討ち取る機会。見れば敵は大将自ら出ている。その気概と覚悟を背負った挑戦を受けぬとは騎士にあらず! 全軍位置に着け! 敵の騎士団を壊滅させ、城を奪い取る!」
ブリック王の声に騎士らが大音声で鬨の声を唱和した。
「突撃!」
ブリック王は言うや、一番目に飛び出た。ほんの少し遅れて騎士団が王の左右に生えた翼の如く追走する。
敵側も突撃してきた。土煙を上げ、地鳴りは地獄で鳴り響く太鼓のようだった。
「喰らえ!」
ブリック王はブロークン・バッファリオとぶつかった。
馬を返す。狙ったつもりだが、双方ともに外れた。今の一戦で死んでいった者達が地面に転がっていた。動ける者は朦朧としながら這う這うの体で戦場から離脱した。
王は少々疑念を感じた。ブロークン・バッファリオは騎兵の名手だ。そしてこのブリックも騎兵戦を得意としている。どちらかが倒れなかったのは変だと。
「まぁ、良い、次の一撃で見極める。突撃!」
再び馬蹄を響かせ、ランスを抱え、騎士団同士がぶつかった。その際にブリック王の狙いすましたランスがブロークン・バッファリオの鎧の胴を拉げさせ、抉った。
ブロークン・バッファリオが地面に落ちる。
「ブロークン・バッファリオ! 何処だ!」
王は声を上げた。
「王、その者がバッファリオでは?」
ギルバートが言った。
「騎兵の名手ブロークン・バッファリオがこうもあっさり倒れるわけはない! それにランスの扱いも大したことが無かった。ブロークン・バッファリオ! 出て来い! 貴様は臆病者では無いはずだ!」
するとその声に呼応する雄叫びが上がった
「ロイトガルの王よ、我はここよぉ!」
城側から一騎が猛然と駆けて来た。
「太守殿!」
「騎士団長!」
敵の騎士団が驚いた声を上げる。おそらく、ブロークン・バッファリオは籠城の準備に入っていたのかもしれない。しかし、生来の清廉潔白な騎士が目の前の神聖なる騎士同士の戦いを見過ごすことはできなかったのだろう。
「勝負だ、ロイトガルの王よ! 貴様が我を恐れぬならば!」
「望むところ! 各隊ギルバートの指揮で動け! お前達も神聖なる騎士の突撃を制して見せよ!」
声が返ってくる前に王は馬腹を蹴った。
大きな軍馬に跨った軽装のブロークン・バッファリオが出て来る。着の身着のまま勝負に逸ったのだろう。だが、ランスだけは持っていた。切っ先が煌めく。
「いくぞおおっ!」
王は咆哮を上げランスを掲げて抱えた。死ぬのが惜しくない。この一戦は何故かそんな気分にさせた。相手が生粋の騎士だからだろうか。戦があれば犠牲になった死者をまとめて快く返してくれた。
師よ、俺はブロークン・バッファリオの胸を借りつもりでぶつかり合うのだな! 王は己の気持ちをそう観察した。
敵影が迫る。
「ロイトガル王、御覚悟!」
「行くぞ、バッファリオオオオッ!」
肉薄する。その一瞬一瞬、それぞれが目を見開き己が得物を繰り出した。
ランスが手から抜けた。
ブリック王は馬を返した。
ランスはブロークン・バッファリオの腹から生えているようだった。
「お見事!」
ブロークン・バッファリオはそう声を上げると、馬から落ちた。
ブリック王はブロークン・バッファリオのもとへ馬を進めた。
「神聖な一騎討ちだった」
ブリック王はそう声を掛けた。ランスは敵将の腹部を突き破り反対側に出ていた。もう助からない。
「言い残すことはあるか?」
「……大陸に平穏と安寧を」
「確かに聴いた」
ブロークン・バッファリオはしばらく痛みで呻いていたが、その声も動きも止んだ。死んだのだ。
「陛下!」
ミティスティの声が聴こえた。
見れば、敵の騎士団がこちらへ猛然と迫って来た。ブリック王を相手にする者はいない。籠城の準備に入ろうというのだろう。王一人ではとても相手にできなかった。百騎ほど逃し、門は閉ざされた。聖雪、聖銀は追いつけなかった。
「籠られたか!」
ギルバートが忌々し気に声を上げる。
「たかが百名前後だ。クロノス傭兵団に牽制させ、我々は先へ進むぞ」
「はっ!」
ギルバートとミティスティが声を揃えて応じる。
ブリック王は振り返った。
「バトーダ、敵の騎士の亡骸は丁重に扱え。城門の前にでも届けておけ。受け取りに出て来た際には素直に譲ってやれ。それで貸し借りなしだ」
「分かりました」
バトーダが頷き、部下に指示を出す。
バトーダが部下とブロークン・バッファリオの遺体を持ち上げた。
貴様の願い確かに聞き届けたぞ。
ブリック王は勝負に身を捧げた誇りある騎士の亡骸を見てそう胸の内で言ったのだった。