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傭兵譚  作者: Lance
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フレデリカ戦線離脱

「本当にすまなんだ」

 そう言って赤鬼団長は何度も謝罪した。本来ならば自分が対テトラの相手をすべきと決まっていたからだ。

「私が未熟なのが悪いのです」

 バッフェル城の前方を固めて援兵の出陣を防いでいる。城には残り五百ほどの兵がいる。赤鬼と同等だが、相手は籠城を選んだ。クロノス傭兵団はバッファリオ城の援軍に向かった。

 失った左手には包帯が巻かれている。血が染み出ていた。フレデリカは思い切って言った。

「赤鬼団長、私はまだ傭兵を続けたい。まだ右腕が残っています」

「うむ、お主のその心意気と実力のほどは知っている。是非ともこちらから願いたいものだが」

 赤鬼団長は間を置いて言った。

「どうだろう、フレデリカ、義手を探してくるのは?」

「義手を?」

 兄を失い左手を失くしフレデリカは正直そこまで考えが回らなかった。

「もう一度、この剣を握れるようになれるでしょうか?」

「うむ。近頃の義手は進化している。レバー一つで手が平手から握り拳に変化することも可能だ。問題は義手職人の居場所が分からぬことだ」

「戦を続けながら地道に探しますよ」

 フレデリカは赤鬼の罪悪感に悩んだ顔を見ておられずに明るくそう言って退けた。

「団長、敵に動きはありません」

 ロッシ中隊長が戻って来た。馬から下り彼はフレデリカを見た。

「義手の話は決まったか?」

「いえ、それがまだ」

「ロッシ、あてがあるのか?」

 赤鬼が驚いて問う。

「ええ、ローランドの奥方ならどうかと」

「しかし、サリー殿はただの鍛冶師ではないか?」

 赤鬼が尋ねるとローランドが戻って来た。

「うちのカミさんなら挑戦したがりだからね。義手にも興味を持ってくれると思うよ。鋼鉄の義手にはなるだろうが」

「もう一度この剣を握れるなら木でも鉄でも何でも良いわ」

 フレデリカが応じるとローランドは頷いた。

「団長、これで話は決まりました。うちのカミさんに賭けて見ませんか?」

「フレデリカが頷いたのだ。ワシに異論はない。だが、奥方には手紙を書かせてくれ。フレデリカは我が傭兵団の大事な仲間だ」

「赤鬼団長、よろしくお願いいたします」

 フレデリカの心は歓喜と義手と言う未知への探求心でいっぱいだった。一時、彼女は腕の痛みを忘れていた。

「分かりました。代わって指揮を取ります」

 ロッシ中隊長が言い、馬に跨り戦場へ戻って行った。

「一人で大丈夫か?」

 二人きりになるとローランド言った。

「心配はいらない。例え不安でも今は一兵でも多く必要だ。それにこんな形だが久々に故郷へ帰れる」

 フレデリカが微笑むとローランドは頷いた。

「うちのカミさんによろしく伝えてくれ」

「分かった」



 2



 右手で手綱を操り、腰に剣を差し、懐には赤鬼団長の手紙を携えフレデリカは一人、ペケ村へと向かっていた。

 途中野宿を何回か挟んだ。人里は食料と飼料を買う以外、長居はしなかった。以前の経験がある。飢え切った村人に牙を剥かれる可能性を考えた。それだけ大陸は荒んでいた。腕一本で両手剣を掴んで操って切り抜ける自信が無かったし、無駄な殺し合いをしたくは無かった。

 そうして懐かしいペケ村へと辿り着いたのは早朝だった。

「お前さん、何用でこの村へ訪れた?」

 老人が槍を立てて尋ねてきた。フレデリカの知らない住人だった。

「私は赤鬼傭兵団のフレデリカ。私の身分ならプラティアナが確認してくれるだろう。とは言っても早朝。この手紙を御覧ください」

 フレデリカは赤鬼団長の手紙を老人に渡した。

「赤鬼団長殿からか。会ったことはないが、なるほど、サリーに義手をな」

 老人は手紙を返した。

 一番鶏が鳴いた。

「行きなさい。ワシはアルバート」

「フレデリカと申します。では」

 フレデリカは馬を下り、右手で手綱を引いてカイとプラティアナの家を訪ねた。

 扉を軽く叩くと応じる声がした。

「どちら様ですか?」

「プラティアナ、私だ、フレデリカだ」

 途端に扉がゆっくり開かれ、銀色の髪に赤いバラの飾りを着けた若い女性が姿を見せた。

 その目が大きく見開かれ、涙に歪んだ。

「御師匠様! お懐かしゅうございます!」

 プラティアナはフレデリカの胸に飛び込んだ。

 フレデリカは嬉しく思い右手で彼女の頭を撫でた。

 ふと、プラティアナの目が左手を見た。

「御師匠様! 腕、どうなされたのですか!?」

「戦でな」

「そんな……」

 愕然とするプラティアナにフレデリカは言った。

「ローランドの奥方のサリー殿に義手を作って貰おうと思ってな。土産も無くすまない」

「お土産なんていいんです、ただ、御師匠様が生きて下さってて本当に良かった」

「そうだな、腕一本で済まない場合もある。私にはまだ希望が残されている」

「うちを滞在先にお使いください。子供がうるさいかもしれませんが」

「ありがとう。世話になる」

 プラティアナは涙を指で払って頷いた。

 カイとプラティアナの子、フレデリカが名付け親のキラはプラティアナが食事を作っている間、フレデリカの膝の上で剣の人形を振っていた。フレデリカは盾の人形で受け止めて相手をした。

「カイは頑張っているよ。もう私以上だ。赤鬼団長と対等に渡り合えるまでに力を付けた」

 食事の席でフレデリカは言った。パンとスープとサラダだった。パンはプラティアナが千切ってくれた。

「誇らしいです。でも、今度から手紙を寄越すように言って下さいね」

 と、言ってプラティアナは、ハッとして自分の口元を押さえた。フレデリカは軽く笑った。

「義手さえできれば戦線復帰する気だ。安心しなさい」

「御師匠様、ここでサーディス流の指導者として残りませんか?」

「そういう道もあるが、私はまだまだ傭兵を辞めるつもりはない」

「そうですか」

 プラティアナが少し寂しそうに言った。

 棚に飾られた懐中時計が十時を示した時、フレデリカは立ち上がった。

「サリー殿を訪ねてくるよ」

「御師匠様、きっと大丈夫です、サリーさんなら素晴らしい義手を作ってくれます」

「ありがとう、プラティアナ」

 プラティアナに抱かれたキラが腕を伸ばした。

 フレデリカは愛しく思いその頬を撫でた。

「じゃあ、行ってくる」

 フレデリカはサリーに会いに彼女の家へ向かったのであった。

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