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傭兵譚  作者: Lance
82/161

サーディス

 戦斧に気合いを入れた刃を叩き込む。

 敵の斧の刃は割れ飛散した。

 ローランドは瞠目する敵との間合いを詰めて全力で薙いだ。

 首が飛ぶ。首を失った胴体が血を噴き上げながら斃れる。

「これで十人目か、ベルファウストの兵はさすがだな」

 乱戦の繰り広げられる中、一度息を整える。

 その時、腰の皮袋が動き、ペケサンが飛び出した。

「どうしたペケサン?」

 だが、ペケサンは一目散に小さく細長い体躯で戦場を駆けて行ってしまった。

 ロイトガルの守護獣に見放されたか?

 新手が立ち塞がり、ローランドは相手をした。



 2



 テトラの絶叫は続いた。

 涙をぼうだと滴らせ、馬上でフレデリカを睨んだ。

「貴様だけは許せん! ダイン殿の正義は私が受け継いだ! 女と言えどこの所業容赦はせん、喰らえ!」

 目にも見えない速さで槍が突っ込んで来る。

 フレデリカは辛うじて剣で受けたが、敵の力が強く押されていた。

「このおっ!」

 脇からルクレツィアが斬りかかる。

 テトラは刃を薙いで、フレデリカを弾き飛ばした。

「また女か! この戦場は女が多すぎる!」

 ルクレツィアの重い一撃を物ともせず。逆に押し潰して行く。ルクレツィアの片膝が地面についた。

 途端に若武者は槍を素早く戻し、ルクレツィアの頭に斬りつけようとした。

「ルクレツィア!」

 フレデリカは必死の思いで立ち、駆けて飛び込んだ。ルクレツィアとの前に割って入り、槍を受ける。だが、何が起きたのか分からなかった。風切り音と共に手が飛んだ。

 左手の感覚が無い。見て驚愕した。自分の左手は肘から先が失せ、真っ赤な鮮血が噴き出していた。そして襲う言いようもない凄まじい激痛にフレデリカは呻きを上げて膝をついた。

「今、楽にしてやる」

 テトラの声が頭上から聴こえた。

 ここで終わりなのか。そう思った時だった。

 鉄と鉄がぶつかり合う音が聴こえた。

「立て、フレデリカ! 右腕が残ってるだろうが! お前はまだまだ戦える!」

 懐かしい叱咤に痛みを忘れて前方を見ると、黒衣の戦士がテトラと壮絶な打ち合いを演じていた。

「ぬわっ!?」

 テトラが落馬する。

「生きるのを諦めるな! それともお前は死にたいのか?」

 サーディスが振り返って言った。

「私は生きたい!」

 フレデリカは応えた。

「あと十秒だけ時間を稼いでやる。ルクレツィア! 助けを呼べ!」

「あなたがサーディス? どうしてあたしの名前を」

 ルクレツィアは茫然自失としていた。

「いつも一緒だったからさ。さぁ、呼べ! 急げ! 残り八秒!」

 サーディスは剣を掲げ、テトラ目掛けて振り回して風を次々巻き起こした。荒々しい剣技だった。まるで彼が怒っているようだとフレデリカは思った。

「誰か助けてー! テトラが出たわー!」

 ルクレツィアの絶叫が戦場に響き渡る。

 前方では凄まじい影の剣技が嵐のようにテトラの槍を叩いていた。

「フレデリカ!」

 声がし、振り返るとローランドとカティアが駆け付けてくれていた。

「フレデリカ、あなた」

 失った腕を見てカティアが口元を押さえた。

「おい! 戦友! それと姉貴! 力を貸してくれ! 後、四秒!」

 サーディスがこちらを振り返って声を上げた。

「サーディス!」

 ローランドが驚いたように声を上げた。途端にカティアは目を見開いていた。

「あなたがサーディス? でも、死んだんじゃ」

「良いから手を貸せ!」

「行こう!」

 ローランドが促し、カティアと共にサーディスに加勢した。

「探したのよ、サーディス! こんなに立派になって!」

「悪かった、姉ちゃん。そら、テトラボーイ! 現世最後の一撃だ!」

 サーディスが叫んで躍りかかった。

 大上段から振り下ろした剣はテトラの槍を圧し折り、羽織を破り、鎧の破片を散らばせた。

 サーディスはローランドとカティアをそれぞれ振り返って言った。

「時間だ。後は任せた」

 そう言った瞬間、サーディスの姿は煙のようにふわりと消滅した。

 そこにはペケサンが仰向けに倒れていた。

「ペケサン! 何で」

 ローランドはすっかり消耗した様子のペケサンを抱き取ると腰の皮袋に収めて、敵を睨んだ。

「ルクレツィアちゃん、フレデリカの傷口を布で押さえて止血して!」

 カティアも敵を見ながら言った。ルクレツィアが駆け寄り、フレデリカの腕の傷口に布をきつく押し当てた。痛みを忘れていた。何だったのだ今のは。サーディスが来てくれた。

「ルクレツィア、もう良い。私も戦わなければ」

 両手持ちの重い剣を右腕一本で操らなければならないが、フレデリカにはできる。それでももう、この剣を握る機会は無いだろう。

「フレデリカ!」

 ルクレツィアが名を呼ぶが、フレデリカは振り返らず剣を振って応じた。

「ローランド、カティアさん、御助勢に感謝する」

 長剣を抜き放つテトラを睨みながらフレデリカは言った。

「おのれ、まやかしなど使いおって! 陰険な!」

 テトラが斬りかかってきた。

 ローランドが剣を受け止め、カティアが側面から襲うが、テトラは間合いを離した。フレデリカが踏み込み、感激と痛みに激昂し溢れ出る力を乗せて斬りつけると、テトラの割れ残った甲冑を強かに打ち、亀裂を入れた。

 三人が迫ると、テトラはそれぞれを注意深く見て馬に飛び乗った。

「勝負は一度お預けだ!」

 そう言ってバッフェル城の方角へ逃走して行った。

 三人は揃って溜息を吐いた。

「フレデリカ」

 カティアが気遣うように言った。

「まだ右腕があります。戦える」

「そうは言ってもその武器を片手で扱うには限界があるわ。あなたはもう休んでなさい」

「出血が酷い! ルクレツィア、フレデリカを頼むよ!」

 ローランドが言うとルクレツィアは駆け出しフレデリカの背中に抱き着いた。彼女は泣いていた。

「ごめんなさい、フレデリカ。あたしのせいであなたの腕が」

「良いんだ。傭兵も辞めるつもりはないが、赤鬼団長次第だな」

 フレデリカは無意識に左腕を伸ばしていたことに気付いて苦笑した。激痛は今でも走っている。血はボトボトと零れ落ちている。

「あたしに止血させて」

 ルクレツィアが涙でぐしゃぐしゃになった顔で見上げて言った。

「分かった」

 フレデリカは頷いた。ローランドとカティアも頷いた。

「ローランド、敵の総大将ダイン・バッフェルは私が討った。その旨を」

「分かった」

 ローランドは言うと息を吸って叫んだ。

「敵総大将ダイン・バッフェルは我々が討ち取ったあああっ!」

 ローランドの声が響き渡り戦場の色が変わった。

 傷口にルクレツィアが再度布をきつく押し当ててくる。

 兄殺しの罰か。これから私はどうなるんだろうな。

 フレデリカはふと、そう思ったのだった。

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