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傭兵譚  作者: Lance
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兄対妹

 今回の目的はバッファリオ城攻略である。フレデリカらの役目は空となったクワンガー城塞の防衛を兼ねたバッフェル城からの援軍阻止である。この赤鬼とクロノスの軍勢があるからこそ、敵は裏から回ってバッファリオ城への援軍に行くという選択肢が無くなっている。城の防衛を兼ねた援軍の合流が敵の目標だ。

 馬の足が一歩進むたびに心臓がドキリとする。もうすぐだ。もうすぐ兄と剣を交えなければならない。出立時、ミティスティが声を掛けてくれたが気丈に振舞うしか無かった。

「フレデリカ、あたしがいるよ」

 並んで歩みながらルクレツィアが声を掛けてくれる。

 余程、辛気臭い顔をしているのだな、私は。フレデリカは思った、兄は死ぬかもしれない。だが、必ずしも自分と衝突して死ぬとは限らない。他の傭兵仲間が兄の首を取って手柄を挙げるかもしれない。

 願わくばそうなってくれれば良い。

 原野を行く傭兵隊の遥か前方、丘陵の上に大勢の騎影が並んでいた。

「陣を調えよ! 敵は坂落としで我らを破るつもりだ!」

 バトーダが声を上げる。

 赤鬼傭兵団とクロノス傭兵団の混合隊の先頭にフレデリカは並んだ。ルクレツィアが隣に並ぶ。そうだ、この子を死なせてはならない。

 フレデリカは決意を固めた。ルクレツィアが兜のバイザーを下ろす。彼女も緊張しているようだ。

「サーディスがいてくれたら良いのに」

 ルクレツィアが呟く。

「そうだな。良いか、無理に敵を討とうとするな。これは私からの個人的なお願いだ。聞き届けてくれるか?」

「死なないって約束してくれるなら」

「しよう。私は死なない」

 二人は拳を合わせた。

「全軍突撃!」

 赤鬼の号令が轟いた。

 フレデリカもルクレツィアも傭兵らは馬腹を蹴った。

 馬蹄が幾重にも響くが、更にそこに地鳴りを上げて敵勢の大きな広い影が丘を下ってきていた。

 雷帝が降臨したかのように大地は鳴動した。

 ぐんぐん敵影の大きな壁が迫って来る。フレデリカはランスを抱え、目の前の敵を凝視していた。影から銀に輝く鎧が見え、馬の鼻面が鮮明になり、乗り手の戦士の姿も見える。向こうもランスを手にしている。切っ先が陽光で輝いている。地獄への刺突をどう捌き、逆にどう地獄へ突き落とすか。

「はああああっ!」

 隣でルクレツィアが吼える。

 騎馬が肉薄した突き出されたランスを身を捻ってかわし、体勢を崩したまま、お互い通り抜けた。

 地鳴りが遠くなる。

「弓兵が来るぞ!」

 誰かの声に反応して見ると丘の上から矢が降って来た。

「このまま丘を駆け上がれ! 弓兵を駆逐しろ! 乱戦に持ち込め、傭兵団連合!」

 バトーダの声が聴こえた。

 馬の勢いは坂を上る際に落ちた。矢が幾重にも真っ直ぐに飛び、こちらの騎兵の鎧に突き立つ。素早い連射で騎兵前列は針ネズミとなって丘を駆け上がった。フレデリカは一番乗りだった。

 それでも矢を飛ばしてくる弓兵目掛けて度胸の据わった馬を進ませ、散々に荒らしまくる。

 弓兵らは不利と悟り弓を捨て剣を抜く。

「それ、白兵戦だ! かかれー!」

 ロッシ中隊長の声がどこからか聴こえた。

 フレデリカは馬を下り、ルクレツィアを探した。

 隣にいた。矢が五本ほど鎧に突き刺さっていたが無事らしい。

 傭兵らとバッフェル城の援兵は互いに咆哮を上げてぶつかり合った。

 フレデリカも一人を斬り捨て、血の霞の向こうから襲って来る刺突を弾き返した。

「ルクレツィア!」

「平気!」

「よし!」

 敵を一刀の下に切り裂き、新手を探す。

「何とも見事な手並みよ。我が挑戦を受けて貰おうか」

 豪著な鎧に真紅の直垂を揺らした騎士が現れた。

「望むところ!」

 フレデリカは地を蹴った。

 騎士の剣が突き出される。フレデリカは思いきり弾き返した。剣が宙を飛ぶ。フレデリカはその側頭部に剣を放った。

 だが、足元が不意に崩れ、力が上手く入らなかった。それが彼女にとっての不幸だった。何故なら、側頭部にぶつかった刃は兜を飛ばした。その下から現れたのは、自分と同じ血を分けた金色の髪に、同じく金の気品ある顎髭、嬉しそうにこちらを見るのは、兄、ダイン・バッフェルその人の顔だった。

 今の一撃が決まっていれば、どこの誰とも分からず、兄を討ったことに気付けず幸せに生きて行けた。だが、神はそれを許さず、戦場で兄と妹を対面させた。

「私に少しばかり運があったようだな、フレデリカ!」

「兄上!」

「おっと、降りはせぬぞ。私は誇り高き騎士、貴公、誇り高き傭兵との果たし合いを所望する!」

 ダイン・バッフェルの目は笑ってはいなかった。力強い、自信に溢れている目をしている。好敵手に出会ったかのような目だ。

「フレデリカ!」

 ルクレツィアが飛び出した。

「良いだろう、汝の挑戦を受けよう」

 フレデリカが言うと、ルクレツィアが遮った。

「駄目だよ! お兄さんなんでしょう!?」

 目を潤ませルクレツィアが叫んだ。

「兄は死を覚悟している。この挑戦を受けねば、サーディス流の太刀筋を私を信じてくれた兄に披露する時が来たのだ! 退け!」

 フレデリカはルクレツィアを押しやって歩んだ。

「神には祈らぬ。実力で成敗するのみ、ゆくぞ、フレデリカ!」

 ダインが駆ける。フレデリカも駆けた。

「だめー! やめてー!」

 ルクレツィアの悲痛な訴えを非情にも無視し剣と剣はぶつかった。

 鋼の音色が鳴り同時に火花が散る。

 五合も打ち合うと兄がただ貴族のお飾りとして剣を嗜んでいたわけでは無いことに気付かされた。私は勝つつもりでいたが、これは本当に勝つつもりで挑まなければ私が危うい。

 フレデリカの感情を支配していたのはダインへの思いではなく、自らの死の恐怖だった。

 ルクレツィアも、リョウカクも育てなければならない。

「まだ死ねない」

「来い、傭兵!」

 二人は同時に跳んだ。剣と剣が再び激突する。だが、ダインの両手持ちの剣が耐えられなかった。刀身半ばから圧し折れ、刃が地面に落ちた。

「フッ。ふっはははは」

 ダインは笑った。

 フレデリカは兄の右肩に刃を置いた。

「降伏なされよ」

「誇りだけが私の矜持。それを捨て去ることは死よりも口惜しいことだ」

 ダインは短剣を抜いた。

「あ、兄上!」

 フレデリカは驚いて声を掛けた。全身の血の気が引いてゆく。

「サーディス殿にお前を託して正解だった。壮健にな、妹よ。はあっ!」

 ダインは自らの喉に短剣を突き刺した。

「兄上!」

 幼き頃の記憶がよみがえる。優しい兄だった。その兄は膝をつき、そして地面に倒れた。

 フレデリカは言わなければならなかった。

「皆聴け! 敵総大将、ダイン・バッフェルは――」

 そこに一騎の黄金馬が現れた。

 陽光を浴びた光り輝く鎧を身に着けた馬上の敵将テトラは茫然自失とした様子でダインの亡骸を見た後、目を覚ましたかのように叫んだ。

「ダインどのおおおおおっ! うわああああっ!」

 要警戒の若武者の登場にフレデリカは身を引き締めた。

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