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傭兵譚  作者: Lance
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ベルファウスト戦線再び

 ムッツイン伯爵が治政を始めるのを見届けて三日後、赤鬼傭兵団は城塞都市クワンガーへと引き返した。

 クワンガーの荒野は静かに一同を出迎えた。

 ブリック王と聖雪騎士団長ミティスティ、聖銀騎士団長ギルバート、クロノス傭兵団長バトーダ、それに赤鬼と、何故かブリック王から指名を受けたローランドが総督府の会議室に顔を連ねた。

 卓は円卓だった。まるで騎士になった気分だな、と、ローランドは思いながら、軍議が始まるのを待った。

 聖雪騎士団副団長ジョバンニが遅れて現れた。

「遅参御無礼致します」

 恐れ入るように人の良い顔を少々蒼白にしながらジョバンニは続けて言った。

「良い。軍議を進めよ」

 ブリック王が言うとジョバンニが司会進行役を務めた。円卓には地図が広げられ、ここクワンガーに、バッファリオ城、バッフェル城の場所が描かれ、大きな赤の駒が敵の両方の城に一つずつ置かれた。

「斥候の報せですが、両城共に後方から補充を受けて兵力だけは戻ったようです。各おおよそ二千の兵力が戻っています。一方のこちらは正規兵一千、聖雪騎士団三百五十、聖銀騎士団三百、クロノス傭兵団二百八十、赤鬼傭兵団五百」

 小さな青い駒がクワンガー城塞に並べられた。

「兵力だけでは負けてはいるが、小規模な分、統率を取りやすい」

 ギルバートが言った。

「陛下、もう一度、攻めましょう! 敵は足並みは揃ったと言えど、城を空にはできますまい。打って出て来る数は千五百ほどかと。正規兵と赤鬼を基点に兵を分けましょう。以前の戦は予期せぬ寝返りがあったため全てが駄目になってしまっただけです。本来、ロイトガルの兵はベルファウストの兵に引けを取ることはありません。赤鬼、お主も何か申し出よ!」

「そうじゃな、ギルバートの意見に賛成だ。守りに徹しているだけでは勝ってるとは言えまい」

 赤鬼の言葉に回復したミティスティが頷いた。

 ローランドは挙手した。

「ローランド殿」

 ジョバンニが素早く見止めて名を呼んだ。

「皆さんはお忘れですか、今のベルファウストには鬼神がいることを」

「テトラ」

 ブリック王が呟いた。

 ローランドは頷いた。

「文字通り一騎当千の猛者です。先の防衛戦で嫌と言うほど思い知ったはず。これを相手にできるのはうちの赤鬼団長か、団員のカイしかない。バッファリオ城、バッフェル城を攻めるなら二人は別にする方が無難でしょうね」

 ローランドが言うとギルバートは喉を唸らせ、ミティスティは難しい顔をし、バトーダは頷き、赤鬼はニヤリと笑っていた。

「陛下」

 司会進行のジョバンニが尋ねる。

「そうだな、赤鬼とカイは分ける。兵は正規兵隊をバッファリオ城に向ける。ブロークン・バッファリオには良い様にやられてきたからな。これに聖銀、聖雪をつける。バッフェル城は傭兵隊に任せよう。数では圧倒的に不利だが、彼らは修羅の道を潜って来た者達だ。実力ならば後方から補充された雑兵など相手にもならぬ」

「フレデリカをバッフェル城に向けるのですか?」

 ミティスティが遠慮がちに尋ねた。

「カイが抜けた今、少数精鋭には師の力が必要不可欠だ。何かあるのか?」

「いえ」

 ミティスティが引き下がった。

「出立は明後日。各軍、万全にしておけ」

 こうして短い軍議は終わった。



 2



 フレデリカは屋内演習場でカイと手合わせしていた。

 カイの斬撃はもはや言うことは無い。

「カイ、私にもしものことがあったら、お前がサーディス流の伝道者になるのだ」

 剣を置き、フレデリカは言った。

「分かってますよ。だから師匠は傭兵辞めてペケ村に帰って待っていて下さいよ」

「この歳で隠遁生活を送るつもりはない。それにもしもの時の話だ。それまでは、ルクレツィアとリョウカクとを鍛えねばならない」

「だったら、何でそんなことを言うんだい?」

 カイの言葉にフレデリカは喉を詰まらせた。

 今頃、総督府では攻めの戦の軍議が行われているだろう。我々は勝ちに来たのだ。アナグマのままではいられない。リョウカクだってそう思っているはずだ。聖雪聖銀両騎士団がこれ以上数を減らす前に、あとは赤鬼傭兵団とクロノス傭兵団がほぼ全快なのを見れば、こんな機は見逃せない。リョウカク、いや、陛下はバッファリオ城に興味を抱いている。両騎士団と正規兵隊を連れて攻略に出るだろう。残されたのは我が赤鬼とクロノス傭兵団だ。カイはきっと対テトラのためにバッファリオ城へ赴かされるはず。こちらの対テトラ役は赤鬼団長自らだろう。悔しいが私では勝てない。テトラがどちらにいるか、それも問題だが、もう一つ……。本当に斬れるのか、兄を。

「サーディス……」

「何か言いましたかい?」

 カイが尋ねる。

「いや、カイ。お前は此度の戦、対テトラ対策として赤鬼とは別行動を取るだろう」

「そんな気はしてた」

 カイが神妙な顔で応じた。

「奴に勝てるかはわからねぇが、止められるのは俺か、赤鬼団長ぐらいなもんだ」

 そこまで察していたか。

 フレデリカはさすがは一番弟子だと思った。もっとも免許皆伝を告げてはいるが、結局、師弟関係は変わらない。

「ローランドのおっさんとカティアさんがいるから、どうにかなる。ただ師匠、あんたの顔色が心配だ。何を隠してるんだ?」

 図星を衝かれフレデリカは心臓がどきりとした。言うべきか、自分がバッフェルの人間なのだと。カイにそんなことを告げてどうする。彼は大役を担うのだ。余計な心配などさせたくはない。

「お前が予想以上に腕を上げたからな、改めて、洞察力の方も鋭くて驚いただけだ」

「俺だって傭兵長いからね。ま、師匠を驚かすことができて嬉しい。師匠、戦場は違うけど、死なないでくれよ」

 カイの真剣な目がこちらを射貫こうとするのを感じる。フレデリカは笑った。

「誰に言っているのだ、生意気だぞ。それ、もう一本付き合え」

 フレデリカはそう言いながらも、内心ではサーディスに尋ねていた。

 本当に同じ血のつながった兄を斬れるのかと。だが、サーディスからの答えは当然ない。もし彼が言ったとしても、「甘ったれるな、フレデリカ!」と、一喝されるだろうとも思った。サーディスの幻影がこれほど恋しいのは始めてだが、フレデリカはかぶりを振った。そうだ、甘ったれるな、フレデリカ!

「カイ、来なさい」

「いくぜ!」

 弟子の膂力溢れる一撃が刃越しに肩を背骨を首を揺らしたのだった。

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