鎮圧戦2
ローランドは百騎の中に残ろうかとも思ったが、覚悟を決めたやる気満々の同僚達に役目を譲った。今の彼は赤鬼を先頭に四百騎と共に窪地に身を隠していた。
ハイバリーは弱兵だが、数で押し切られる可能性もある。一刻も早く仲間を助けに行きたいというのが彼や赤鬼に追走してきた者達の望みだった。何せ、大将はロッシ中隊長だ。指揮官としてはそこそこだが、個の武勇となると疑念と不安を抱いてしまう。だが、赤鬼は言った。「ロッシもまた古強者だ。何、少しだけ間を置いて我らが合流すれば良い。ただし大将首はワシが受け取る。お前達に華を持たせてもやりたいが、馬力では我が黒獅子にかなうものは無い。この戦はとっとと首謀者の首を取ることこそ勝ちと心得よ」
斥候が戻って来た。
「敵軍散開し、前進を始めました」
「よし! 行くぞ! 赤鬼傭兵団!」
大将の声の後に鬨の声が唱和された。
2
カティアは敵を斬り下げ、息つく暇もないほどの敵兵の出現に神経を尖らせていた。
他はどうだろうか。フレデリカは残ったのかしら。
敵の首をサーベルで刎ね、新手の一撃をソードブレイカーで防御し、馬をぶつけて体勢を崩させる。五人、カティアを襲う敵兵の目の色は戦人のものではなかった。カティアを女として見ている。適当に痛めつけて玩具として遊ぼうと言うのだろう。
「いけない子達ね。そう言う子達にはお姉さんがおしおきしてあげる!」
カティアは二刀流で打ち込み、切り裂き、突き崩し、分隊を壊滅させる。
そこで大きく戦場を見渡す。自ら孤立した赤鬼達が多勢を相手に猛攻を仕掛けている。カティアは安堵の息を吐いた。
真っ直ぐ正面には近衛隊に守られた謀反の首謀者の姿がある。
不意に地鳴りが響いた。
敵味方双方とも雷でも鳴り始めたのかと思った。だが、違った。後方から声を上げて赤鬼傭兵団が駆けてくる。馬蹄が響き、味方は鼓舞される思いで敵に挑んだ。
自ら姿を消しておきながら援軍と言う呼び方もおかしいが、赤鬼の援軍は散開し、仲間の助勢にあたった。しかし、一騎だけ、物凄い音と土煙を上げながらこちらへ突進してくる。
歯向かう者を通り過ぎ無視しひたすらこちらを目指している。
「赤鬼団長!」
カティアはその大きな馬に負けない赤い板金に身を固めた乗り手を見た。
「カティアー! ついて参れ! 近衛を蹴散らすのだー!」
赤鬼団長は眼が良いらしいカティアの姿を遠くから見てそう叫んだ。
赤鬼団長が近付いてくる。カティアはいつでも並走できる準備をした。
「行くぞ!」
赤鬼が暴風と共に通り過ぎる。少し遅れを取った。カティアは馬を疾駆させた。
赤鬼が両手で二メートルの巨剣を頭上で掲げた。
近衛隊がざわつく。
「彼奴を討ち取れ! 全員で行くのだ!」
敵の首謀者が声を上げる。
カティアは赤鬼に追いついたが、赤鬼は下がっていろと言った。
近衛隊がぶつかって来るが、赤鬼の剣が薙ぎ払われ、衝突し、鎧を拉げさせ、身体を分断して大地に散らかした。一薙ぎで五人。赤鬼はそのまま駆けて行く。
「奴を追え!」
「そうはさせない!」
カティアは回り込んで敵とぶつかった。
「誰か! 戻って来おおい!」
首謀者の泣きそうな声が虚しく木霊する。
カティアは牽制し、敵を向かわせなかった。
激しく重い風の孕んだ剣の一撃が振り下ろされたことをカティアは背で感じた。近衛達もあんぐり口を開けている。
「首謀者は討ち取った! 汝ら、まだ無益な殺生を重ねたいか!?」
赤鬼の怒号が木霊する。
「武器を捨てなさい」
カティアが言うと茫然自失としていた近衛達が力無く得物を放り捨てた。
「俺達、死罪なのか?」
近衛らが恐々と今まで敵だったカティアに尋ねる。
「謀反に加担したとはいえ、ただの兵士。死罪にはならないわ。ただもしかしたらもっと恐ろしいところに送られるかもしれないけれど」
ベルファウスト戦線のことをカティアは言ったのだが、近衛だった兵士らはまるで本物の地獄に送られるものと勘違いしたようで、顔面を蒼白にさせていた。
「あなた達、仲間を一か所に集めてきなさい」
カティアが言うと兵士らは慌てて馬を走らせ、呼びまわった。
ローランドに守られ、新太守のムッツイン伯爵が並んで馬で歩んできた。
「見事よの。このような地獄の猛者どもを相手に我々はかつて反逆したのかと思うと、我らが無謀さが末恐ろしくなる」
ムッツイン伯爵は心底震えた様子でそう言い、ローランドと共に赤鬼のもとへ向かった。
ロッシ中隊長の声が木霊する。敵だった兵を集めている。
「姐さん!」
ルクレツィアが馬を走らせて来た。
「フレデリカは?」
「中隊長のおじさんのところ」
「そう」
カティアが言うとルクレツィアは軽く笑みを浮かべて言った。
「ここの兵士を前線に持っていけば兵力不足も解消できるんじゃないの?」
「そうね、それも一つの考えだけど、ムッツイン伯爵と一緒にここの治安を守ることも彼らの役目になるかもしれないわよ」
「それもあるよね」
ルクレツィアが少々残念そうに言った。
「どうしたの?」
「ううん、ベルファウストで戦いの怖さを知ったからもっともっと仲間が欲しいなと思って」
正直に答えるルクレツィアをカティアを馬上で抱き締めた。
「姐さんの胸、本当に大きく柔らかくて好き。鎧越しだけど何だかそんな感触がする。あたしが男だったら絶対に渡したくないな」
「うふふ、ありがとう」
カティアは恋人の姿を思い出した。何度も何度も好きだ綺麗だと褒め称えられたが、そんな彼にも一度は言われたいセリフだなとカティアは思った。
ロッシ中隊長が声を上げた。
「赤鬼傭兵団、集合!」
「行かなきゃ」
そう思いながら馬を仲間達のもとへと走らせる。こうして謀反を無事に鎮圧することができたのだった。