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傭兵譚  作者: Lance
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鎮圧戦1

 斥候が戻って来た。

「敵は内に籠っている様子です。城壁上に新しい軍旗と共に多数の影が見えます」

 カティアは思案する。籠っているということは勝算があるからだろうか。例えば東方連合が呼応するとか。

 その可能性を誰もが口にする。攻城兵器も無い。精兵五百足らずでは何も打つ手がない。ただただ騎馬で急いで来ただけなのだから。

 赤鬼が豪快に笑った。

「こちらの姿を見せてやれば良い。寡兵だと知れば、敵も打って出て来る気になるだろう」

 なるほどと、一同は大将の言葉に頷き、歩みを進めた。

 今は懐かしいハイバリーの厚い壁を見てカティアは感慨深く思った。遠目だが門扉は完全に修復されていた。破る手立てはない。

「どれ、適当に散らばれ」

 赤鬼が言った。

「しかし、それでは騎兵による突撃が殆ど、いや、完全に無意味ですよ。かつて我々がやったように」

 ロッシ中隊長が言った。

「これも油断を誘うためだ。そうじゃな、百騎出て参れ、残りは東方連合との呼応を寸断すると見せかけて、後方へ潜むぞ」

 赤鬼が更に提案する。だが、そうまでしても敵を引きずり出さなければ意味がない。こちらは遠征の軍であるが、糧道はクワンガーから続いている。そのため、ベルファウストが異変に気付き遮断するか、戦を行えば補給は途絶えてしまう。

「では、百騎残れ。残りは我について来い!」

 その言葉に誰もが色を失った。赤鬼は残らないのだ。

「何としても敵に外に出てきてもらうには何でもやらなければならぬ。ワシはワシ自身で言うのも何だが、強い。威圧感もあるし、名も知れている。おまけにこのローランドの奥方が打ってくれた見事な巨剣。これを見れば、俄か蜂起の連中は警戒を強くするだろう。それにだ、後方へ多く引かせることによって、東方連合が蜂起し呼応したと勘違いさせることもできる。ハイバリーの兵がどこまで強くなったかは知らぬが、折を見て我らも戦場へ戻る。というわけじゃ、ロッシを大将、カティアを副将とする。残りはこれに従うべし」

「はっ!」

 カティアの声はロッシ中隊長のものと重なった。

 赤鬼が北へ軍を率いて行く。自然とまばらなに位置に百騎が残った。

 カティアは勝利を疑わなかった。ロッシ中隊長もさすがに大任ということで顔色を今まで以上に引き締め、前方の壁を皆で睨んでいた。

 すると、門扉が開いた。そして出て来る出て来る、アリのようにうじゃうじゃと、全て出し切ってから攻めなければならない。勝ちは疑わなかったつもりでも、いつまで出て来るのだと思うほどの敵影を見ていると心配になる。

 ロッシ中隊長とカティアは同じ位置にいた。他は誰が残ったのかは分からない。フレデリカもローランドもいるのかさえ確認しようがない。

 軍馬に跨った騎将が最後に出て来ると門扉は閉じられた。

 逃げ場をわざわざ無くすほどの自信ということだ。敵勢は黒い塊となっている。

「五百、いや、七百ほどか」

 ロッシ中隊長が言った。カティアは頷いた。ロッシ中隊長が声を上げる。

「反逆など愚かな真似は止せ! 剣を収め、軍を引いて門を開けよ。我々とて無益な血を流している暇はない! 私の権限で陛下に頼み、お前達の、いや、貴殿らに何ら咎が無かったことを証明して見せよう! さぁ、返事や如何に!?」

 ロッシ中隊長の声に応じたのは笑い声だった。

「愚か者はどちらかな! 旧東方連合の者どもと挟み撃ちにして貴様らをあの世へ送ってやる! 雷獣行け!」

「おおっ!」

 一騎が馳せてくる。頑健な馬に跨ったこれまた頑丈そうな偉丈夫だった。

「貴様らの間抜けな点は、この雷獣カミュ様を生かしておいたことだ! ハイバリー一の豪傑と言われた我が斧を受ける勇者が、赤鬼抜きの貴様らの中にいるか!?」

 カティアが駆けようとするが、抜け出たのはロッシ中隊長だった。

「その一騎討ち、この私が受けよう!」

 メイスを腰から引き抜き、馬上でロッシ中隊長が声を張り上げた。

「はあっ!?」

 味方から驚愕の声が上がる。カティアも同じだった。が、ロッシ中隊長は敵の目の前だ。もう遅い。

「ハハハハッ! 人材難か! 貴様のような優男、しかも指揮官が自ら出て来るとは、赤鬼も落ちたものよ!」

「俺への悪口は良いが、赤鬼団長と我が傭兵団への悪口は許さぬ!」

 ロッシ中隊長が馬を駆けさせた。敵も突っ込んで来る。鈍器と斧がぶつかり合う。カティアはハラハラしていた。「ロッシ中隊長、逃げて!」と、叫びたかったが、これは戦士としての赤鬼傭兵団としての意地と誇りを懸けた一戦だ。無粋な声も真似もできない。隣でもう一騎の同僚も飛び出したいのを堪えているようだった。

 鉄の音が幾重にも轟き、ロッシ中隊長の身体が揺れる。

「ワハハハハ! 貴様のような軟弱者に我が斧を振るうとは逆に情けなくなってきたわ!」

 雷獣カミュが赤鬼のように声を豪快に轟かせる。

「お主のような武芸者を欲していたのだ!」

 ロッシ中隊長が応じて声を張り上げる。

「だが、先ほどの言で気が変わった。貴様は生かしては置かぬ! 喰らえ! ロッシ突きいいいっ!」

 主に受けに回っていたロッシ中隊長が突然メイスを突き出した。凄まじい炸裂音が響き、雷獣カミュの巨躯が揺れる。

「おおっ!」

 味方勢から感心と安堵の入り交じった声が上がった。

「おのれ! 軟弱優男めが!」

 カミュが斧を振るうが、怒りに燃えた力任せの一撃は荒々しく空を斬った。その瞬間、ロッシ中隊長の魂の咆哮が轟き、カミュの顔面をメイスの横腹が豪快に打った。首の骨の折れる音がし、雷獣カミュは馬から転落して痙攣していた。

 誰もが言葉を失う中、ロッシ中隊長がメイスを天へ掲げた。

「敵将、討ち取ったり!」

 一瞬の静寂の後、味方陣営から驚きと称賛の声が上がった。

 カティアと同僚が慌ててロッシ中隊長のもとへ行くと、彼は汗だくになっていた。

「いやぁ、冷や冷やしましたよ」

「そりゃあ、こっちのセリフですよ、ねぇ、カティアさん」

 同僚の傭兵に同意を求められカティアは微笑んだ。

「でも、中隊長、カッコ良かったわ」

「え? いやぁ、それほどでも」

 ロッシ中隊長が頬を紅く染める。

 敵陣から声が飛んだ。

「圧し潰せ! 敵はたかが百程度! しかもばらばらだ! 分隊を組んで確実に仕留めろ!」

「ほぉ、分隊を組んでか。赤鬼の恐ろしさを知ったのか、なかなか賢い選択だ」

 ロッシ隊長が喉を唸らせる。

 敵勢の影が放射状に広がり赤鬼の傭兵らを襲う。

 こちらにも三十騎程攻めてきた。

「来たわね、赤鬼にいるのはロッシ中隊長だけじゃないってことを教えてあげなきゃ!」

「その通り、いくぜ!」

 カティアと同僚の傭兵は共に駆けた。ぐんぐん、ぐんぐん敵勢の姿は明らかになって来る。

 カティアはサーベルとソードブレイカーをそれぞれ持ち、敵勢へ押し入った。

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