兄妹
フレデリカ達、団長抜きの赤鬼傭兵団が到着した時には全ては終わっていた。
原野に広がる味方勢の屍はまさしく死屍累々。疲れ切った顔のギルバートが出迎えた。
「一戦、交えたようですな。しかも大きな戦だったようで。遅れて申し訳ありません」
ロッシ中隊長が苦々し気に言った。それもそうだ。亡骸は味方勢のものが圧倒的だったからだ。
「戦死者は騎士には出なかったが、正規兵が六百。バトーダの傭兵が五十人ほど。恐ろしい小僧だった。たった一人で戦場を圧倒しておった」
「た、たった一人にそれほど!? 一体どこの剛の者でしょうか?」
ロッシ中隊長が尋ねるとミティスティが馬を進めてきた。兜は割れていた。
「テトラだ」
「テトラ? あの東方連合の?」
「ええ」
ロッシ中隊長の言葉にミティスティが頷いた。
遺体の回収作業に赤鬼傭兵団は加わった。
フレデリカはルクレツィアと作業をしていたが、亡骸は腸が飛び出ていたり、脳が露出しているものもあり、強烈な姿に成り果てていた。
「酷いわね。リョウカクはハイバリーであいつを逃がさないで殺すべきだったのよ」
「過ぎたことよ。陛下自身、報せを聴けばそう思うでしょう」
二人は協力して遺体を持ち上げ荷馬車に丁重に置いた。
ルクレツィアはリョウカクの正体がブリック王だと知ってもリョウカクと呼んでいた。
不意に馬蹄と荷車の車輪が土を削るのが聴こえた。
西方からベルファウストの軍勢が現れた。
「フレデリカ! 敵襲!」
ルクレツィアが慌てて叫ぶ。フレデリカはかぶりを振った。
「遺体を引き取りに来たのだろう」
ギルバートが騎士団を率いて応対しに出向いた。
程なくしてベルファウストの軍勢三百は亡骸の回収作業に当たった。あの中にバッフェル家の者がいるのかは分からない。フレデリカはそちらを気にしたが、ルクレツィア始め、他の者達はテトラの存在の有無について話していた。
「もし、いるならやるなら今しかない」
「お行儀良いのは騎士だけで、傭兵はそうではないからな」
そんな不穏な言葉が赤鬼傭兵団とクロノス傭兵団から流れてきた。
「そうよ、リョウカクが戻ってくる前に攻め込まれたらおしまいだわ」
ルクレツィアがフレデリカを見上げて声を上げた。
「それでも、今は剣を振るう時ではない。両軍ともに死者に思い馳せる時間だ」
「そんな悠長なこと言ってるからやられるのよ!」
ルクレツィアが剣を抜いて駆け出した。
「ルクレツィア!」
フレデリカは慌てて後を追った。
聖銀騎士団は既に戻っている。敵の司令官は無防備だった。
グングン迫る二つの影を見て、敵が顔を上げた。
「条約違反だぞ!」
「礼節を知らぬのか!?」
慌てて敵の騎士達が抜身の剣を振り上げて司令官目掛けて突撃するのを見て駆け付けた。
ルクレツィアを大勢の騎士達が行く手を慌てて塞いだ。
「小娘だからといって許されると思うな。この件に関しては貴国に規約違反の損害賠償を請求するからな!」
騎士の一人が言った。
「うるさい! あたしは傭兵だ! テトラはいるか!? テトラあああっ、出てこおおおいっ!」
ルクレツィアが声を上げたところでフレデリカは追いつき、彼女の首根っこを掴んで引き戻した。
「うちの同僚が迷惑をかけた」
謝罪したがベルファウストの騎士達は応じない。
「前の戦で同様の場面があっただろう。我々ならあの時貴国を滅ぼすことなど可能だったのだからな」
その言葉を前にフレデリカは何も応えられなかった。
「許してやりなさい」
優し気な声がし、一人の体格の騎士が姿を見せた。金色の髪をし、同じくヒゲを伸ばしている。上品だが、威厳がある。敵の司令官だ。
「お嬢さん、テトラ殿はここにはいないよ」
「だったらあんたの首を取ってやる!」
剣が振るわれた瞬間、敵の司令官は、完全に剣を抜かずに刃に当てて受け止めた。
「バッフェル卿!」
騎士達が叫んだ。
フレデリカの心臓が跳ね上がった。バッフェル卿と騎士達は言った。
「もしや、貴方様がダイン・バッフェル殿ですか?」
フレデリカは静かに尋ねた。相手は頷いた。
「その通りです。私にも妹がいたが、出て行ってしまった。生きていれば貴女と同じ年頃だろうな。金色の髪をしていてあなたに成長した妹の面影を感じる」
フレデリカはルクレツィアを引っ張った。
「御無礼を致しました」
「構わない。続きは戦場で晴らせば良い」
「そうですね」
ダイン・バッフェルは微笑み、フレデリカは頷いた。
「何事ですか!?」
ミティスティが馬を飛ばしてやって来た。
「何でもありません。少しお話と宣戦布告をしていただけです」
敵の司令官が答える。
「作業に戻りなさい」
「はい」
ミティスティの言葉にフレデリカが背を向けた時だった。
「妹よ、立派になったな。貴族とは違う輝きをお前からは感じるぞ」
ダイン・バッフェルが言いフレデリカは慌てて振り返った。
「サーディス殿がお前に授けた剣が果たしてどのようなものか、知るときが来たようだ。願わくばお前と切り結びたい。運命の女神がそう仕向けてくれることを願っている」
「兄上、いずれ戦場でお目にかかりましょう」
フレデリカは笑顔の兄へそう応じることだけで精一杯だった。見抜かれていた妹だと。
ミティスティとルクレツィアが驚いたようにフレデリカを見ていた。
「あなたの出身はベルファウストだったの?」
ミティスティの問いにフレデリカは頷いた。
「ですが、祖国は捨てました。兄も今は私の敵でしかありません。戦場では手を抜くつもりはありません。兄もそれを承知しないでしょう」
フレデリカはそう答えると歩き始めた。ルクレツィアが追いついて手を繋いできた。
その顔が何か複雑な気持ちを負っていることを教えてくれた。
「大丈夫だ、ルクレツィア。私は赤鬼傭兵団のフレデリカだ」
フレデリカは妹分の頭を優しく撫でたのだった。