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傭兵譚  作者: Lance
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武神テトラ

 ダイン・バッフェルを囲む敵兵が、次々騎士達を突き落とす。

 テトラは疾駆した。拾われた恩に報いるために、主を死なせてなるものか!

 愛馬に鞭打ち距離をぐんと詰める。歩兵隊が救援に出ようとする。

「動かすな! 攻めて攻めて攻め続けろ! 後ろは私に任せてくれ!」

 テトラは大音声を上げるが、歩兵大隊長は新参のテトラ一人に任せて置けぬと思ったのか兵を返した。その途端に無防備な背にロイトガルの兵が殺到する。テトラは舌打ちした。隊は壊乱し、あとはもう逃げるしか道はない。

「どけええいっ!」

 テトラは近衛騎士を襲う敵兵を斬り下げた。血飛沫が散った。

 槍を振り回し、振り回し続け、敵を次々切り裂く。敵は傭兵だった。それが軟弱な傭兵とは違い、避け、受け、攻めて来る。テトラの剛槍も中々斬り込めなかった。

 ダイン・バッフェルの姿が騎士達の影で見えない。

 テトラは自分の格好があでやかなことを知っている。なので叫んだ。

「バッフェル城主、総大将ダイン・バッフェルはこれにあり! 我が首欲しければかかって来い!」

 敵勢がこちらに注目した。

「良い度胸だ! 討ち取ってくれる!」

 斧を振るい敵が襲い掛かって来たが、テトラは槍で突き殺した。血に染まった紅の槍を再び頭上で派手に大袈裟に振り回す。

「どうした!? このダイン・バッフェルがただの貴族だと思ったのか!? 我が兵はやらせん! 喰らえ!」

 テトラは長柄を生かし敵を牽制しながら、少しずつ下がって行く。敵は逸り、目の色を変えて駆けて斬りかかって来る。総大将だと信じた証だ。

 ダイン・バッフェルが傷ついた騎士と共に戦場を離脱するのを見届けると、テトラの周りは敵だらけになった。

「我が名はクロノス傭兵団団長バトーダ。もはや、逃げ切れまい、丁重に扱う故、降伏なされ」

 体格の良い男が言った。生真面目さが際立つ顔をしている。礼節を弁えているのは他の傭兵隊長とは違うところで尊敬する部分だった。

「誇り高きダイン・バッフェルは降伏などせぬ! この命尽きるまで戦うのみ!」

 テトラは馬に鞭を入れた。

 愛馬は飛んだ。まるで飛翔するように。そして敵の背後へ回った。すぐに囲まれるだろうが、敵は手柄欲しさに焦っている。傭兵団長が有能でも飢えた部下はそうもゆくまい。

 傭兵らが掛かって来た。

 テトラは槍を旋回させたちまち五人を血の海に沈めた。

 歩兵隊が攻め寄せてくる。挟まれるが、テトラは我武者羅に槍を動かした。血煙が幾つも立ち上り、断末魔が後を絶たない。兵も傭兵も等しく死んでゆく。テトラの槍の刃は鈍くなるのを知らないようだった。

 汗が額から流れ落ちる。

 あるいは自分が武神になった気分であった。

 もしも神が、武神がこの身体に憑依したならばこの場を切り抜けられる。

 己を武神と合致したと信じた若者の咆哮と槍の風は止むところを知らなかった。

 テトラの顔も錦の羽織も血を浴び、地獄の悪鬼さながらの姿になっていた。

 槍を振り下ろす。敵兵の肩から腹部まで切り裂いた。内臓が飛び散る。繰り出し顔を貫いた。叩きつけ兜と脳髄を割った。

 テトラは戦場を振り返る。自分を幾重にも囲む敵だけしかない。味方の将兵は離脱した。

 テトラは含み笑いを漏らし、それが段々大きな笑い声へと変わった。

 やった、大任を果たした。ハイバリーでは恩を返せなかったが、ここでは返せた。

「そやつはダイン・バッフェルではない」

 老いた威厳ある声がし、聖銀騎士団のギルバートが進み出てきた。

「何だと?」

 傭兵団長のバトーダが驚きの声を漏らす。

 ギルバートが馬上でこちらを凝視し言った。

「若者、お前は良く戦った。だが、退き時は過ぎた。もはや斬られるか、虜囚となるしか道はあるまい。どちらを選ぶ?」

 テトラは笑った。

「我は武神。武神テトラなり! 老人に言葉を返す! 斬られるか、虜囚となるか選ぶがいい!」

「狂ったか」

「狂ってなどおらぬ、不可能だと思えばそれまでだが、私はまだ道を命を諦めたわけでは無い! 貴公らを撃滅するのだ!」

 テトラが言うと四方から敵が掛かって来た。

 槍を旋回させ、十幾つもの首を刎ねる。首は空を高々と舞い地面に落ちた。

「ギルバート殿、こ奴は後の憂いと災いとなるでしょう! 大人げなくとも総力戦でその命を奪ってしまいましょう!」

 バトーダが言うとギルバートは頷いた。

「全軍、かかれ! このあっぱれな命知らずを討ち取るのだ!」

 ギルバートが声を上げるや、鬨の声が唱和される。凄まじい声だった。だが、テトラは笑うだけだった。

「面白い、そう来なくては!」

 愛馬を走らせ、一方に突っ込んだ。槍を振るいに振るって刃は血を吸い、血肉を降らせ敵は死にあるいは呻く。

「逃がすな!」

「逃げるものか! 私は武神なり!」

 テトラは馬首を返して兵の列に突っ込んで槍を薙いで薙いで薙いだ。幾つもの首が飛ぶ。

 そのうち、兵らは、テトラから距離を取るようになった。恐怖と言うのはでんばするものだ。傭兵らはさすがだが、正規兵らは完全に僚友の無惨であっさりとした死に際に恐慌を来たしていた。

「かくなる上は私が!」

 バトーダが左右に剣を持ち馬上で勝負を挑んで来た。

 だが、テトラの槍を片腕だけでは受け止められない。左右の剣を合わせて受け止めている。

 テトラは右から左から打ち込んだ。バトーダは順応し捌いてくる。

 勝敗は傾かなかったが、ギルバート自らが打ち込んで来た。バトーダも剣を振るう。

 左右の強敵を渾身の薙ぎ払いで一閃した。バトーダの左手の剣が折れ、ギルバートのメイスが大きく逸れた。

「はあっ!」

 間髪入れず今度は聖雪騎士団長ミティスティが打ち込んで来た。

 長剣はハヤブサに様に動くがテトラは全て槍で受け止め、頭上から斬りつけた。

 ミティスティの兜が割れた。頑丈な兜だったらしくそれだけで済んだ。

 体勢を立て直したギルバートが打ち込んで来た。バトーダも剣一本で向かってくる。ミティスティも恐れる様子もなく得物を突き出す。

 だが、テトラは馬上で跳躍しこれらを空振りさせると、馬腹を蹴った。愛馬はミティスティを押し退け、兵士の囲みへ向かう。

「手を出すな! お主らでは勝てまい!」

 ギルバートが言った。

「しかし!」

 ミティスティが言うと、ギルバートはかぶりを振った。

「手合わせして分かった。あれは戦うために生まれてきたようなものだ。到底我らでは討てぬ」

 テトラは鼻で笑った。用意されてなかったはずの潮時が来てくれたのだ。

 テトラは跳躍した際に見たのだ。援兵が来たのを。だが、騎士団だけのようだった。ダイン・バッフェルはテトラを見捨てなかったのだ。

「テトラ殿! お早く!」

 騎士らの大音声が重なり戦場に響き渡り名を呼ばれた。その心意気に感動した瞬間、武神の魂は薄れ、テトラは逃げ延びることだけを考えた。

 そして道を開ける敵兵の間を疾風の如く駆け抜け、ダイン・バッフェルらと合流したのであった。

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