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傭兵譚  作者: Lance
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浪将

 銀に磨かれた甲冑はさながら鏡を着ているかのようだった。その上に錦の羽織を重ね着し、長身の偉丈夫は狭い客間から廊下へ出た。

 騎士らが流れて行くように城門前を目指して歩んでいる。テトラもまた歩んだ。新参者には騎士らは厳しい態度で挑んで来る。ベルファウストを救うために来たというのに何故ここまで歓迎されないのか彼には分からなかった。

 メイドらが足を止めテトラに見入っている。騎士らは舌打ちした。たかが一人の傭兵相手に全てを懸け、討ち取って手柄を上げたわけでも無いのに、城主バッフェル卿からは称賛の言葉を貰った。あの相手、あの小僧の実力を知っているのはダイン・バッフェル卿のみだ。ダイン・バッフェルは四十を過ぎたほどの男だが、金色の髪に白いものは無く、身体は鍛えられ、両手剣を使いこなす。実力はテトラの方が上だろうが、指揮官自身、実力があることが誇らしい。それが騎士らを兵らを無言で鼓舞している。

 嫌な一瞥を向けてくる騎士らと共に外に出るとテトラは駆け出す。遅れを取ってはいけない。愛馬ストームを厩舎から連れてくると、騎士らは再び不満気な顔をする。ストームが黄金色で見事な馬だからだ。バッフェル卿も褒め称えた。

 小姓もいないため、テトラは急いでストームに装具を着けて行く。これもまた太陽によく輝いた。

 バッフェル卿が出てきた。ダイン・バッフェルは騎士団長として馬上で声を上げた。

「皆、これより、ロイトガルを攻める! クワンガー城塞との因縁も今日で終わらせる! ギルバートの老骨めを討った者には特に褒美を何なりと取らす!」

 その言葉に騎士ら、兵らが色めき立った。テトラはバッフェル卿を少々残念に思った。まるで傭兵を焚きつけているようでは無いか。それに、バッファリオ城からの援軍も毎度のことで、合力してもクワンガーの守りは崩せなかった。

 否、と首を振る。私がいる! 我が働きで勝利をもたらすのだ! 聴けば赤鬼傭兵団はロイトガルの謀反を鎮めに出向いているという。あの小僧さえいなければ何百だって槍の錆びにできる。

「進軍開始!」

 ダイン・バッフェル卿が声を上げ、歩兵を先頭に行軍が始まった。



 2



 断崖を背後に後は広大な原野地帯。戦に塗れた怨念も因縁もある大地だ。敵の大将ギルバートは城門前に軍勢を展開させていた。堅陣を組んでいる。ギルバートもまた自信が無いのだろうか。いや、守りの神将を侮ってはならない。総勢、千と、三百ほど。数に置いては同等だ。バッファリオ城の援軍が来れば三千ぐらいにまでにはなるだろう。

 テトラは武者震いしていた。勝てるのではないか? 今日こそ、勝利を掴めるのではないか?

「援軍は待たぬ! 歩兵隊突撃!」

 地鳴りが響く。前方から長弓による矢が鋭い唸りを上げて飛び、歩兵を射貫く。

「ダイン殿!」

 テトラは逸りながら出番を求めた。あの程度の矢、私とストームなら当たりはしない。小賢しい弓兵ども蹴散らし己らの血の中に沈めることなど容易い。赤鬼が居ぬ今こそがその機会。ダインと視線を合わせ、テトラは力強く懇願した。

「行かれよ、テトラ殿!」

「おおっ! 畏まった、ダイン殿!」

 テトラは勇躍し、腰に長剣、右手に槍を掴み馬腹を蹴った。

 矢が次々テトラの頬を掠めて行く。矢じりの先端が見えたと思った瞬間に首を身をかわす。テトラの鍛えられた心眼は安々と矢の餌食になることを良しとしない。

 歩兵隊同士がぶつかっていた。敵には弓兵の援護もある。

 テトラは空を見上げ大音声で名乗りを上げた。

「我が名はテトラ! ベルファウストの兵なり! いざ、参らん!」

 ストームが駆ける。テトラは長槍を振り回し矢を次々叩き落とし、横から敵の弓兵隊に回り込んだ。騎士と歩兵に挟まれる格好になるが、斬って斬って斬りまくれる功を上げる機会と考えれば願っても無い配置。

 テトラは吠え猛り、弓兵を蹴散らし股で鞍を挟むと、両手で槍を持ち、敵の脳髄を槍で叩き割り、顔を貫いた。

 テトラは次々弓兵を討ち取り、壊乱させた。前方の歩兵隊が意気を上げる。

「奴はワシが討つ! 指揮を頼むぞ!」

 堂々とした声の後に地響きをさせ、同じく日輪に祝されたとも思える輝かしい銀色の鎧を身に纏った一騎が駆けて来た。手には太いメイスを持っている。

「来たな、ギルバート!」

 ギルバートはバイザーを上げて突進してきた。

 槍とぶつかる。一撃、重々しい手応えが肩を背骨を揺すり、通り抜けて行く。

 ギルバートが馬を返して襲い来る。

 この一騎討ちさえ制すれば、勝ちは見えたも同然。重責と歓喜に心が震えた。

 ギルバートが咆哮を上げてメイスを叩きつける。

 鋼の槍が軋む。

 テトラは押し返し、突くが、メイスで弾かれる。同じく手綱を持たず両手で得物を握っている。

「でええいっ!」

 テトラは老将の顔面目掛けて槍を突き出した。

 老将は辛くも追いつき、テトラの槍を撥ね退けると、頭上高く掲げメイスを振るってきた。

 暴風が左右に吹き荒れ、鋼と鋼がこれでもかというほどぶつかり合う。

 テトラは槍が折れ曲がるかと冷や冷やしていた。だが、この槍には打ち手の魂が籠っている。テトラはメイスを避け、今度はこちらが頭上から一撃を振り下ろした。

 老将は受け止めたが、体勢が乱れた。

「さらばっ!」

 テトラが槍を戻し突こうとした時だった。

 老将の背後で土煙を上げて一騎が駆けて来た。長剣を抜き放ち、バイザーを下ろしている。

「ギルバート殿! ここはお任せください! その馬の骨は東方連合以来の縁あるしつこい狼です!」

 女の声だった。

 ギルバートの隣に並び、布で覆った下で喋った。

「我が名は聖雪騎士団長ミティスティ! 敵将テトラ、今日こそ討たせて貰う!」

「ミティスティ殿、お身体は良いのか?」

 ギルバートが隣で問う。

「問題ございません! さぁ、早く指揮を! 私は簡単には倒れません!」

「すまぬが、任せたぞ!」

 ギルバートが去って行く。

「待て! ギルバート、卑怯! 逃げるか!?」

 そこにミティスティが立ち塞がる。

「邪魔立てしおって!」

「邪魔をするのが今の仕事だ! さぁ、どこからでも打って来い! 私とて騎士団長、首の値打ちは大きいぞ!」

 ミティスティが剣を悠然と掲げた後、構える。

 テトラは一声天に向かって吼えると、ミティスティに向かって槍を斬り下げた。

 ミティスティも負けじと受け止める。

 剣と槍がぶつかること何合目か、背後で鬨の声が上がった。

 見れば、ダイン・バッフェルの左右から敵が斬り込んで来ていた。風景に似せた巧妙なシーツをかぶって敵は伏せていたのだ。

 総大将を討たせるわけにはいかない。

「ちいっ! この勝負、一旦預ける!」

「待て!」

 ミティスティを振り返ることなく、テトラは馬首を巡らせダインの元へと急いだのであった。

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