講和
後方のムッツイン伯爵が動く。再び突撃態勢だ。追いつかれるまでが勝負だった。
ブリック王の軍勢は十五段構えの敵の騎兵隊を勢いのまま突破する。
馬上の兵が吹き飛び、主亡き馬が虚しく彷徨う。
貴族らは泡を喰って逃げようとしたが、背後は石壁、門扉まで遠い貴族はたちまちのうちに捕縛された。
ローランドは豪著な鎧を着たブラーケン公爵が門の中へ逃げて仲間を見捨てて門を閉ざすのを見た。
「おのれ、ブラーケン!」
ローランドの隣でブリック王が声を上げる。
素早く馬を反転させる。
ムッツイン伯爵はもはやヤケクソ気味で突撃してくる。
「伯爵! 降伏するなら認めよう! これ以上は無駄な血が流れる!」
ブリック王が声を大音声で呼びかけると、ムッツイン伯爵の騎馬隊は動きを遅くし、やがて止まった。
「王よ、二度に渡る反逆を何卒お許し下され」
ムッツイン伯爵が歩んで来ると地面に平伏した。
他の捕縛された貴族らも命乞いをした。罵詈雑言を吐く者もいなければ骨のある奴は一人もいなかった。ローランドはこの国の危うさを覚えた。留守を任せられる人材がいないということだ。
赤鬼らが合流してきた。軍勢は中央の門扉の前に集った。攻城兵器も用意され、ラムは早くも門扉を衝こうとしている。
「叔父上! もはや、勝負は着きました! 大人しく門を開けて下さい!」
ブリック王が呼びかけると、城壁上に一つの影が現れた。
「黙れ、父君を蔑ろにした簒奪者! 貴様にくれてやるのはこれだ!」
「陛下!」
聖雪騎士団副団長ジョバンニが身を挺する。
矢が一本飛んで来たがジョバンニが剣で叩き落した。
「大陸は荒廃しております! 民のために今こそ我がロイトガルが立ち上がる時! 父は臆病にもそれを承知しませんでした! 防衛戦で消耗してゆく兵らの命のことなど何とも思ったことも無いのです! 叔父上、大陸に平和と安寧を齎すには貴方の力が必要不可欠! 何卒、門を開けて互いに納得ゆくまで話し合いましょう!」
「貴様と話し合う舌など持っておらぬ! この分厚い城壁を貴様らに突破できるか!? ハッハッハ!」
「リョウカク、じゃなかった。王様、俺の矢で射落として御覧に入れましょう」
カイが長弓を手に歩んで来た。
「それではいかん。降伏はしたが貴族どもの心は未だ私へは向いておらぬ。誰に任せても反乱を起こすだろう」
「奴だって反逆するかもしれないぜ?」
カイが言うと、王は表情を歪めた。
「一族を信じたいのだ」
苦悩する声に応じる者は誰もいなかった。
「叔父上! 何卒、ご開門を! 私は大陸を心から救いたい、そう思っているのです!」
「ブリック! 誰が貴様など信じるか!」
「信じる者ならここに!」
ジョバンニが声を上げた。
「聖雪騎士団は王と共に運命を共にします! ブラーケン公爵、聖銀騎士団のギルバート団長だってそうです! あなたが思っている以上に、王の意志に賛同する者は多いのです! さぁ、門を開けられませ! 陛下は貴方様を信じたいと思っております。ですから、これまでも代わって首都の太守の任と言う大事な役目をお任せになられたのです!」
ジョバンニが言うと、頭上のブラーケン公爵はしばし黙した。
「分かった、ブリック王を我らが正式な主として認めよう」
はっきりした声では無かったが聴こえはした。
程なくして門が開かれ、一人の男が兜を抱え、片膝を付いて平伏していた。
「立ち上がられよ、叔父上」
ブリック王が言うと、ブラーケン公爵はゆっくり立ち上がった。身体は肥えておらず引き締まっていた。豪著な鎧姿がまるで厳めしく似合っていた。
「王は私を許すと?」
「許すも何も、私のやり方が叔父上や諸侯らの反感を買っていることに気付けませんでした。他にやり方があったかもしれませぬが、父王は腰が重い上に、民の苦しみ、兵の命はもとより、大陸自体が悲鳴を上げていることから顔を背けておりました。私も何度訴えたことか。赤鬼、諸侯の縄を解いてやれ」
ローランドは手近の貴族の縄を切った。
集まった鎧兜姿の貴族らは頼りない雰囲気だった。なるほど、これならブラーケンの堂々とした姿の方が当てにできる。王はそのカリスマ性で貴族を一つにまとめ上げられることに期待しているようだ。そして重要な首都防衛を任せたいのだ。
「叔父上、我がロイトガルの諸侯、初めて頼むが、私と共に戦って欲しい、民と大陸の平和のためにも」
ブリック王の言葉に諸侯らの目の色が真剣なものへと変わった。ローランドには彼らから初めて覇気というものを感じた。まだまだ頼りないが、それでも王の言葉に胸を打たれた様子ではあった。
ブラーケン公爵と諸侯が揃って跪いた。
「我が王よ、何なりとご命令を下され! 我らロイトガル貴族一同、最後まで貴方と運命を共に致します」
ブラーケンが代表して言った。
「うむ、皆、ありがとう」
ブリック王が笑みをたたえて応じる。
こうしてロイトガルの地盤は今初めて固まったのだとローランドは思った。
王とジョバンニ、赤鬼がブラーケン公爵と貴族らと共に王城へ入って行くと、赤鬼傭兵団は一足先にクワンガー城塞へと戻ることになった。
今頃、クワンガーはどうなっているだろうか。攻められていなければ良いが。
誰もがそんな顔をしていた。
「辛気臭い顔をするな! 聖銀騎士団と共にいるクロノス傭兵団は頼り甲斐のある傭兵団だ。拳で語り合った我々だからこそ分かることだろう、違うか? んん?」
ロッシ中隊長が言い、一同はそれもそうだと頷き、クロノス傭兵団との殴り合いの時のことを語り始めた。
こうしてその実不安定だった後顧の憂いは無くなったのであった。