戦に向けて
屋内演習場では赤鬼傭兵団が新参、古参、入り混じって、鍛錬を積んでいた。
新参の方はロッシ中隊長とカティアが受け持っている。
年は若いがろくな力仕事もしなかった者達も多く、素振りでの脱落者が相次いでいた。
「コラー! 立たぬか! 根性を見せろ! さもなきゃ死だ! 死がお前達を待っているぞ!」
ロッシ中隊長が檄を飛ばす。何度も何度も、意識を失い倒れる者もいた。そんな時、カティアは頭に血が上り過ぎたロッシ中隊長を止める。ロッシ中隊長の気持ちも、ここにいる古参の者達の気持ちも分からなくもない。それだけ多くの同胞が散ったのだ。もう、あの時の、いや、これまでの赤鬼傭兵団は存在しない。その虚しさを埋めるために戦士達は声を上げ剣を振るう。
「ロッシ中隊長、少し御厳しいのでは? まだまだ傭兵になったばかりです」
カティアの言葉を聴き、半ば当たり散らすような己の態度をロッシ中隊長は改め、訓練の終了を告げた。新参の者達は大の字になって荒い息を吐いては吸って、立ち上がらなかった。
2
ローランドは一人の男と出会っていた。
綺麗にヒゲの剃られた少しだけ面長な顔には、生真面目さと厳しさが宿る。
「バトーダ!」
「ローランド、久しいな」
二人は微笑み合って握手を交わした。
「同志はどれぐらい集まったんだ?」
「三百五十ほどだ。まだまだ小規模だが、私はロイトガルにこそ正義を見た。正義など安っぽい言葉だが、この国を信じている」
「と、いうことは」
「ああ。昨日、リョウカク殿と雇用契約を結んだ。クロノス傭兵団だ」
「おお! マジか!」
ローランドは心の底から笑った。この緊急事態に頼れる人間が増えるのは嬉しいことだ。赤鬼も各騎士団もまだ立ち直りには時間が掛かる。それは敵であるベルファウストにも言えることだが。
「アンタと肩を並べる事が出来て嬉しい」
「私もだ」
二人は再度感激の握手をした。
バトーダは自分の傭兵団を赤鬼に見せに行くつもりでこれから演習場へ行くと言う。ローランドも同行することにした。
3
フレデリカは演習場の片隅でルクレツィアとリョウカクを鍛えていた。
リョウカクの戦闘能力と適応力は目を見張るものがあった。もう、徒歩でぶつかってもルクレツィアに馬鹿にされないほどになった。実際、凄まじい斬撃を彼は放つ。投擲も上手かった。更には騎兵となるともうフレデリカに教えることはない。
ルクレツィアは相変わらずチャージランスが苦手だった。
そんな中、演習場が騒がしくなった。
徒歩の者がたくさん歩いてきた。
「アンタの部下?」
ルクレツィアがリョウカクに問う。
「いや、違うな。あれはクロノス傭兵団だ」
「クロノス?」
「団長はバトーダと言う中年の男だ。二刀流の使い手で師よりも強いかもしれない」
その言葉を聴き、フレデリカはいつぞや出会った男のことを思い出していた。各地を奔走してここまで大きくした。凄い男だ。
赤鬼傭兵団がまとまり隊列を組む。クロノス傭兵団も隊形を変えた。正面からぶつかり合う気だ。
「ちょっと!? 喧嘩する気!?」
「ただの鍛錬の一環だろう。心配するな」
フレデリカは言い、果たしてバトーダが赤鬼にどこまで言わせるか楽しみだった。
ラッパの音色が鳴り、両軍が躍りかかった。
何をしているのかと思えば、得物も無く、ただただ殴り合いや投げ合いをしているだけだった。
あれなら、赤鬼のみんなの鬱憤も晴れるだろう。多少、怪我人は出るかもしれないが。
4
ラッパが鳴り両軍、潔く立ち止まった。
カティアは戦いが始まる前の敵の団長の言葉を思い出す。
「赤鬼傭兵団殿、我ら志を共にするクロノス傭兵団! 今日は拳で親睦を深めに参った!」
カティアは相手が女だとして手を抜いてくれているのを感じたが、そういう奴には金的をお見舞いして本気にさせた。クロノス傭兵団、各小隊長は的確な指示を飛ばしていた。
先日のドファン傭兵団の裏切りから傭兵団に懐疑的だった者達、特に騎士らにも堂々と頼れると言えるほどの頼もしい仲間だった。
中でもバトーダという男は、体格には恵まれていたが、それを凌駕する赤鬼団長に挑み掛かるほどの胆力の持ち主だ。彼が団長だというなら尚のこと心強い。
組み手をし、互いに歯を剥き出しにして、吼え、そしてバトーダが押され始める。そこはさすがは赤鬼だ。カティアは安堵していた。ロッシ中隊長がそんな戦場で余所見をしているカティアを庇うようにあちこちたん瘤を作りながら戦っているのをカティアはしばらくしてから気付いた。
「カティア姐さん」
「ご、ごめんなさい、ロッシ中隊長!」
「いえ、カティア姐さんを守れるなら、このぐらいの怪我、惜しくはありません。名誉の勲章ですよ」
笑ったロッシ中隊長だったが、敵の小隊長でエドガーと呼ばれる身軽な若者に飛び蹴りを食らい倒れたのであった。
エドガーはこちらを向いたが、ロッシ中隊長が足に縋りつき、立ち上がった。
「聴けクロノスの小僧! カティア姐さんを相手にするなど十年早いわ!」
渾身の右ストレートは空を切り、変わりに腹部に痛烈なジャブを見舞われた。
だが、ロッシ中隊長は呻くが倒れない。カティアは思った。優しさだけならこの人こそ赤鬼傭兵団最強だと。
こうしてラッパが鳴り親善試合は終わった。
その夜、酒場は中も外も赤鬼とクロノス、両傭兵団に溢れた。互いに木杯をぶつけあい、麦酒を、ワインを飲み、チーズを食べる。カティアはそっとその親睦の場を離れ、愛する人との密会に向かったのであった。