募兵
先の戦いから二日、悲しみに暮れる赤鬼傭兵団も立ち直り、それぞれが鍛錬などに動き始めた。
だが、カティアはフレデリカとルクレツィアと共に笛太鼓を持った傭兵らも合わせて、ロッシ中隊長に頼まれてクワンガーの町の中心部へ移動していた。
外からの脅威などどこ吹く風という呑気な民を見てロッシ中隊長は呆れていた。
「それで何するの?」
ルクレツィアが尋ねた。
傭兵の一人が踏み台を持ってきた。ロッシ中隊長はそれに上がると、声を上げた。
「演奏開始!」
そこには旋律など全く皆無の、ただうるさく鳴らされる笛太鼓の音が響いた。人々が足を止める。
ロッシ中隊長は咳払いした。
「さぁさぁ、我らこそが赤鬼傭兵団! ロイトガル王国の信任厚き傭兵団なり!」
人々が好奇の目を向けてきた。
「ああ、この度、我が赤鬼傭兵団は傭兵団員の新規志願者を募りに参った! 共にロイトガルを守ろうという気概のある者なら誰だって歓迎だ! さぁさぁ、どんどん名乗り出てくれ!」
笛太鼓が鳴らされる。カティアは気付いた。自分とフレデリカとルクレツィアは飾り物としてここにいるのだと。だが、傭兵団を増強するためだ仕方が無い。
「ほら、もっと派手に鳴らさぬか!」
ロッシ中隊長が言うと楽器を持った傭兵達は気が向かなそうに演奏を始めた。今度は曲になっている。激しい雷神のテーマだ。
町の若者達がひょっこり顔を出す。
「戦って武勲を上げれば上げるだけ給金は弾むぞ、若人たちよ! その手に剣を握って悪を斃し、こちらのような美女達に囲まれたいとは思わないか!?」
カティアは笑顔を浮かべた。
「美女ってもババアとガキじゃねぇか」
「阿保らし」
カティアの笑顔も苦笑いに変わった。
「貴様ら! うちのカティア姐さんとフレデリカとルクレツィア嬢を馬鹿にする気か! 貴様らのような平和ボケした奴に、世の女性が惹かれると思うか!? 剣を取り、武勲を上げてこその男では無いか! ええい!? 違うか!?」
ロッシ中隊長が熱を込めて演説する。
「というかさ、頭目のアンタが弱そうに見えるんだよね」
集まった若者の中からそんな声が届いた。
「うぐっ、言ってくれるじゃないか! 見た目は紳士だが俺は強いんだぞ! 見よ、数々の戦場で敵を打ち倒した鉄砕棒を!」
だが、カティアは思う。ロッシ中隊長が鉄棍の使い手でも、その武器自体が平凡過ぎるものであった。
「そんな物、俺だって扱えるよ。ただ振り回せれば良いんだろう?」
「な、何だと!?」
ロッシ隊長が言葉を失う中、集まった人々は感心も失せ去ろうとした。このままでは募兵に失敗してしまう。カティアは一肌脱ぐことにした。
「ねぇ、実際持ってみる?」
カティアが誰となく声を掛けた。
去りかけた者達が足を止め彼女が差し出すサーベルとソードブレイカーを見た。
「貸してみな」
若者の一人が言い、ソードブレイカーを受け取る。
「何だこれ、ノコギリみたいだ」
「そこに敵の剣を挟んで圧し折るのよ」
カティアが言うと若者らは訝し気にこちらを見た。
「誰か、犠牲になっても良い、剣を持って無い?」
カティアが問うと楽隊の一人がロングソードを差し出した。
「ロッシ中隊長、後で新しいの買ってあげてね」
「カティア姐さんがそう言うならば」
カティアは剣を若者に差し出した。
「剣をしっかり握ってなさい」
カティアはソードブレイカーの荒いノコギリ状の刃の間に剣の半ばぐらいの場所を挟んだ。
そして思いきり引っ張った。カティアの力の前に剣は圧し折れたが、若者の握力が足りずすっぽ抜けた。
「見た?」
カティアが折れた刃と柄を掲げる。
「すげぇ、圧し折ったぞ」
「あのおばさん、綺麗なのに凄いパワーだ」
「カティア姐さんありがとう! さぁ、どうだ、こちらに並ぶ三人の女性、いずれも美しいが、強さも兼ね備えている。赤鬼傭兵団の女神達だ! この女神達が貴公らクワンガーの町を守っているのだ! さぁ、我こそも祖国のために頑張りたいという者! 一攫千金を狙いたい者、女にモテたい者、誰でも歓迎する、さぁ、来たれ、我が赤鬼傭兵団に! 支度金として前金で金貨十枚を渡そう!」
ロッシ隊長が畳みかけると、若者が言った。
「でもなぁ、やっぱり団長が優男じゃなぁ」
「ぐぬぬ、俺のせいなのか?」
ロッシ中隊長が唸る。
「ロッシ、どのような具合だ?」
そこに赤鬼団長が現れた。真っ赤な板金鎧に身を包み、二メートルもある太く長い剣を担いでいる。その顔には人懐っこさも威厳も垣間見えた。
「さぁ、さぁ、こちらの方こそが、我が赤鬼傭兵団の団長、赤鬼殿だ!」
人々がざわめき始める。
ロッシ中隊長が悪いわけでは無いけど、やっぱり屋台骨がしっかりしている印象の方が兵は集まるわよね。カティアはそう思っていた。
「左様、ワシこそが、団長の赤鬼だ。ワシらと共に来ないか? 共に戦場で大暴れしてくれようぞ」
赤鬼は大声を出したわけでは無いが、その声は良く聴こえた。
途端に若者らが進み出る。
「前金で金貨十枚って本当だろうな?」
「本当だとも」
ロッシ中隊長が応じると、若者、中年の者らが集った。中には視線で分かるがカティアの大きな胸を見ている者もいる。
「俺は傭兵になるぜ!」
「俺も!」
次々人々が名乗り出た。
音楽隊が激しいテーマを奏で始めた。まるで吸い寄せられるように人が次々集まる。
「いつまで立ってれば良いの?」
ルクレツィアが苛立たし気に言うとフレデリカ応じた。
「もう少しだ。あなたの魅力のおかげでこんなに人が集まったのよ」
「ふーん。おっさんどもはカティアの胸ばっかり見てるけど」
その言葉を聴きカティアは再び苦笑した。
名簿に記名した者は七十人ほどだった。即、前金を受け取り、興奮したように去って行く。
まさか、赤鬼の姿を見て持ち逃げする者はいないだろう。こうしてクワンガーでの募兵は終わったのであった。




