束の間の休息
死者の遺体を運び出しに赴いた際に、ベルファウスト側の兵とも鉢合わせたが、戦いにはならなかった。お互い戦死者の亡骸を粛々と回収し、そして背を向けてそれぞれの身の置く場所へ戻った。また、ベルファウストのバッファリオ城主、ブロークン・バッファリオはわざわざこちらの戦死者の遺体を集めておいてくれた。その旨、書状で知らされ、罠では無いかと訝る家臣を一笑に付し、リョウカク自ら五百人を連れて出て行った。
清廉潔白な国だ。何故、このような素晴らしい国と争わねばならぬだろうか。
ローランドはクワンガー城塞都市の路地裏へ続く階段に座ってぼんやり天を仰いでいた。
答えは簡単だ。大陸に二つの太陽は必要ないからだ。だが、あっても良いんじゃないか、太陽が二つあっても。それぞれの平和と安寧を享受できるならそれで良いんじゃないか。
だが、そうなると死者達が浮かばれない。敗北はしたものの両軍揃って多数の死者を出した。
赤鬼傭兵団は三百八十人近く失った。それでもリョウカクは赤鬼を傭兵団と認め雇い続けることを明言した。他、聖雪騎士団、聖銀騎士団共に百五十程。正規兵の死者はさほど前線の立たなかったためか極少数だった。
ローランドは溜息を吐いた。
2
訓練場では兵約二千が調練を受ける中、端っこに、フレデリカとカイ、ルクレツィア、リョウカクがいた。
四人は並んで素振りをしている。先の戦でテトラを破れなかったカイは軽口も飛ばさず熱心に基礎訓練を受けていた。この弟子三人の中で真っ先に音を上げるのはルクレツィアだ。彼女の使っている特別製の剣のせいだ。刃が厚く重い。
休憩中に弟子らが集まった。と、言っても一人孤独に佇むリョウカクをカイが気を利かせて無理やり連れて来た。話題は互いの武器のものとなった。
ルクレツィアの剣をそれぞれが試し、瞠目していた。
リョウカクの剣も誰が打ったのかは不明だが、見事な鋼の剣であった。
そしてカイの大剣はフレデリカと出会う前から抱えていたものだ。まさか使いこなせるまでに成長するとは思わなかった。カイは言った。武器の行商が村を訪れ、その際にこの剣に一目惚れしたことを。父にせがんでせがんで買ってもらったという。
「リョウカク殿と同じで誰が打ったのかは分からないけどな。だが、頑丈な剣だ」
カイが言った。
すると、ルクレツィアが顔をしかめて、剣の柄の根本付近を凝視していた。
「ここ、何か書いてあるよ」
カイとリョウカクが身を乗り出す。
「貸せ」
リョウカクが剣を取り上げた。
「ヴァン・イイル。ヴァン・イイルだと!?」
彼が驚きの声を上げた。
「何騒いでんのさ」
ルクレツィアが尋ねるとリョウカクは熱っぽく語った。
「ロイトガルの王宮鍛冶師だった男に同じ名前の男がいた。私が生まれた時には他界していたが」
「へぇ、それじゃあ、俺の剣はれっきとしたロイトガルの剣なわけね」
「決まったわけじゃない、可能性の話だ」
カイにリョウカクが言った。
「でもさ、ヴァン・イイルだなんて名前そういないんじゃない。ヴァンって名前は多いけど、イイルなんて名字は聴いたこと無いよ」
ルクレツィアが応じる。
フレデリカは弟子三人が夏の暑さを忘れ固まり合って、熱心に剣について仲良く吟味している姿を見て師を務めて良かったと思った。
そして、彼女自身、先の敗戦で吹っ切れていた。バッフェルの家族同士当たったとしても迷わず斬る。情には流されない。もう袂は別ったのだ。今は、ロイトガルの未来を見るために戦い、弟子を一人前にする。私に課せられた使命であり運命だ。フレデリカは手を叩いた。
「再開するぞ」
三人の弟子は弾かれたように立ち上がった。
「あんた達、くっつき過ぎよ。暑苦しい」
「お前が騒ぐからだろう」
ルクレツィアが言い、リョウカクが冷ややかに反論をして、カイは笑った。
3
カティアは酒場でロッシ中隊長と共に、住所が分かる戦死者の家族への手紙と、見舞い金を、算出する仕事に忙しかった。本当ならオズワルドと一刻も早く会いたかったが、オズワルドは騎士だ。そう簡単には都合はつかない。今頃彼は何をしているだろうか。訓練でもしているのだろうか。
「たくさん死にましたね」
ロッシ中隊長が肩をグルグル回して一息吐いた。
「そうね。まだ話したことも無い人もいたのに残念だわ」
カティアが言うとロッシ中隊長は頷いて書き物に戻った。
色んな仲間が、死んでいった。金のため、志のため、家族のため、カティアは束になった戦死者の遺族への手紙を見て、赤鬼はしっかりした傭兵団と感心してもいた。他の傭兵団ならわざわざ死者のために筆を取ることも無い。遺体だって後日改めて回収したりもしない。大地の養分と死した証として骨となって残るだけだ。
惜しい仲間達をたくさん失った。やるせなさが今更になって襲って来る。私がもっと強ければ。
年長者として、「戦鬼」の異名を持つ者として不甲斐なさを感じる。
不意に子供達が酒場を訪ねてきた。
木剣を手にした男の子と女の子達だ。
「こら、子供がくるところじゃないぞ」
酒場の主が言った。
「どうしたの?」
カティアが進み出ると子供達が言った。
「おばちゃん、傭兵?」
「そうよ」
「俺達を赤鬼傭兵団で雇って! 聖銀騎士団じゃ断られたんだ」
子供達の言葉にカティアは不意に胸が篤くなった。子供達の背に失った仲間達の微笑み佇む幻影が見えたのだ。背筋が震えた。流れそうな涙をどうにか堪えて笑顔を浮かべて言った。
「もう少し大きくなってからね。それにね、大人にはたくさんの道があるものよ。もっともっとお勉強頑張って、そしてから気持ちが変わらなければ訪ねてくれば良いわ」
カティアが言うと子供達は頷いた。
「さぁ、行きなさい。暗くなる前には家に帰るのよ」
カティアは子供達を見送った。
「カティア姐さん、さすが、優しいですね」
ロッシ中隊長の声が背中に聴こえた。
だが、カティアは振り返れなかった。涙が頬を伝い落ちている。
良い仲間をたくさん失った。子供達は彼らの意志を引き継いできたのかしら。
カティアは涙を振り払った。
「姐さん、大丈夫ですか?」
「ええ、少し感慨深く思っただけ。さぁ、続きをしましょう」
カティアはイスに座りロッシ中隊長と向かい合い作業を再び始めたのであった。