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傭兵譚  作者: Lance
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敗北

 援軍の大将としてローランドは声を張り上げた。傭兵だというのに、正規兵らもついてきてくれている。疲労困憊の身体に鞭打ち、味方を救出すべく命を懸けている。

 ドムルは責任を感じたのか、無謀な荒々しい戦い方をしていた。

「ドムル、落ち着け!」

「俺に人徳が無いばかりに、こんな敗戦を」

 ドムルの槍が甲冑を突き破り二人を貫いた。

「責任を取るつもりならまだ死ぬ時じゃない!」

 ローランドはそう言い、押し寄せて来るバッファリオ城の援兵をこのままやり過ごすべきか考えていた。考えながら剣を振るう。挟撃の挟撃という形になっている。先頭のバッフェル城側の兵がどれほどのものか確認しようがない。また先遣隊は手酷い痛手を被っている。早く助け出したい。だが、敵を逃がせばまた襲って来る。今度はクワンガーを攻めてくるだろう。これを機として数を減らしてしまうか。

 だが、撤退を指示されたバッファリオ城の援兵らは鬼気迫る勢いだった。血路を開いて何としてでも脱出する。そう言う気概のある時は迂闊に手を出すものではない。文字通り、必死だからだ。

「道を開け!」

 ローランドはやむなくそう指示を出した。

 正規兵らもくたびれていて素直に両端に寄った。

「この屈辱、忘れぬぞ! 貴様の顔、忘れぬ!」

 バッファリオ城側の援兵の指揮官が馬上でローランドに向かってそう言った時だった。

 薄緑色のワンピースを着た女性が亡霊のようにふわりと現れ、物凄い跳躍力で指揮官を地面に蹴り落とした。

「ギャーッ!」

 男の断末魔が木霊し、馬の向こう側に行くと、指揮官は喉を掻き切られて息絶えていた。あの女性はいなかった。

 いつの間にか外に出ていたペケサンが、ローランドの脚を伝い腰の皮袋に入った。

「反転! 赤鬼団長達を救い出せ!」

 ロッシ中隊長の枯れ果てた声が轟き、ローランドは急いで兵を率いて合流した。

 そこは酷い有様だった。死屍累々。赤鬼の同僚もたくさん死んでいた。

 フレデリカは!? カティアは!? キンブルは!? 無事だと良いが。

 ローランドは最前列へと駆け、驚かされた。

 二人の巨漢が巨大な武器を使って、敵を次々薙ぎ払っている。

「三百八十七!」

「三百八十六!」

 剣とメイスの分厚い風の音と断末魔が響くだけだった。

 赤鬼と聖銀騎士団長ギルバートだ。

「老人達を消耗させるな! 若人の意地を見せろ!」

 ロッシ中隊長が叫んで騎馬で先頭で飛び込んだ。

「お二方、潮時ですぞ! 後は我らにお任せあれ!」

 ロッシ中隊長の隣にはフレデリカとカティア、聖銀騎士団達がいた。百戦錬磨の赤鬼の方が痛手が大きかったらしい。かつて七百人いた同僚達はどこまで減ってしまったか。傭兵団として持ち直せるのか。

 考えている暇はない。

 ローランドは聖銀騎士団長ギルバートの脇を通り抜け、剣を振るった。

「ローランドに続け!」

 キンブルの声が轟いた。

 ドムルが隣で槍を突き出し、敵陣を崩そうとしている。赤鬼、ギルバート、両団長は下がり、ここに新たな陣列が完成した。

「援軍の弓隊準備しろ! 斉射!」

 ロッシ中隊長の声が響き、矢が空を染め敵陣へと降り注ぐ。

 必死さではこちらが優っていたらしい。敵は及び腰になり、やがて指揮官が叫んだ。

「撤収!」

「追撃するな!」

 聖銀騎士団のおそらく副団長が言った。

 息を弾ませ、去って行く敵勢の背を見送ると、現実との御対面だ。

 赤鬼傭兵団、聖銀騎士団、共に、多大な犠牲者を出していた。大地を染める血と亡骸を見てローランドは天を仰いだ。


 2

 

 激しい戦いだった。

「フレデリカ」

 彼女は剣を地面に突き刺し呼吸を整えていた。

「ローランド、あなた達が来なければ我々もまた骸の仲間入りをしていた」

「陛……じゃなかった、リョウカク殿の命令だ。途中でルクレツィアにも会ったよ」

 すると、黒い影が現れ、フレデリカに跳び付いた。

「フレデリカー! 良かった、無事で良かったよ!」

 ルクレツィアが声を上げて泣いていた。それだけ悲惨な戦いだったということだ。師弟を見つつ、カティアが聖銀騎士団の男と抱き合っているのを見た。

 赤鬼も無事だった。ただ、腰をどっかり下ろして激しい呼吸を繰り返していた。

 ロッシ中隊長は騎兵で目立ったためか、矢が鎧に幾本か突き立っていた。やるせない顔で同胞の亡骸を見下ろしている。

「無事な者はタグの回収を頼む!」

 ロッシ中隊長が言い、ローランドは動いて、同胞の凄惨な亡骸のベルトに括り付けてある名前が書かれたタグを吊るしている紐を剣で切って回収した。隣でも同僚らが時には涙を流しながら仲間の死を悼んでいた。

 馬蹄が木霊し、カイが戻って来た。

「くそ」

 大剣を担いだ若者は状況を見てそう呟いた。

「赤鬼、戻ろうぞ。死者の埋葬は一度クワンガーに戻ってからだ」

 聖銀騎士団長ギルバートが声を掛けると赤鬼は大きく息を吐いて立ち上がった。顔は悔し気で無念そうな表情している様に見えた。

「分かった。赤鬼傭兵団、クワンガーへ引き上げるぞ」

 無事な者達が並んで二列縦隊を作る。誰もが同僚の亡骸を振り返っていた。

「また戻って来て回収する」

 赤鬼は厳かにそう言った。



 3



 城塞都市の門前に陣を構えていたのは心許ない数の兵とリョウカクだった。

 リョウカクは門を開けさせ、傷ついた兵を先に迎え入れた。

 赤鬼とギルバートが残る。そこにドムルが駆け付けたのでローランドも慌てて後を追った。あれだけ自責の念に苦しんでいたドムルのことだ、自らの喉を刺しかねない。

「リョウカク太守殿!」

 赤鬼とギルバートがリョウカクと話し合っている間にドムルは声を上げて割り込んだ。

「何の用だ、ドムル?」

 リョウカクがただ問う。

「この戦、敗戦の責任はこの俺のせいでございます! 打ち首にして獄門に晒してください!」

 ドムルが言うとリョウカクは再び問う。

「その方は此度の戦は負けだと言うのだな?」

「残念ながら負けでございましょう! 敵に良い様にやられた! 太守殿が俺やローランドを援軍にしなければ、赤鬼殿達だって全滅していたに違いありません」

 ドムルは捲し立てるように述べた。

「というわけだ。此度の戦、負けで一致したな」

 リョウカクが言った。

「リョウカク殿! ドムルを責めるのは筋違いです!」

 ローランドが追いついて言うとリョウカクは頷いた。

「その通りだ。この度の敗戦の責は全て、この私にある」

「そんな、俺が!」

「くどいぞ、ドムル。そこまで悔やむのなら、今後は我が兵となって精々励むが良い。歓迎する」

「は、ははあっ!」

 ドムルが平伏した。ローランドは安堵した。ドムルほどの者ならすぐに一兵卒から居るべき地位へ這い上がって来るだろう。

「戻るぞ。聖銀、赤鬼、各隊の犠牲者の数を後程詳しく聞かせに参れ。私には行かねばならぬところがある」

 リョウカクの言葉にギルバートと赤鬼は頷いた。

 こうしてベルファウスト戦線、攻めの第一線は大激戦を制することができず幕を閉じたのであった。

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