援軍
フレデリカは文字通り、阿修羅の如く剣を振るった。隣にルクレツィアの気配を感じながら、鎧の壁を肉壁を切り崩して行く。
ロッシ中隊長が必死に血路を開いて各々脱出するように伝えていた。
「援軍は来ないの!?」
ルクレツィアが肩で息をし、言った。
「バッファリオ城で何か敵に有利な事があったからこそ、バッフェル城の敵は総出で城を空にして打って出ている。最悪リョウカク殿は敗走してしまっただろう。良いか、ルクレツィア、生き延びることこそ勝ちと心得よ」
フレデリカはそう言うと疲れ切った僚友を庇うべく前に進み出て剣を振るった。
私はどうなっても良い。だが、この子だけは絶対にやらせはしない。フレデリカは並んできたルクレツィアを横目で見ながら決意を固めた。もはや、バッフェルが生家でその人間と手合わせするのが心苦しいなどと言ってはいられない。こちらは散々に犠牲を出している。もう、生家と言えども許せない。情けは無用だ。
バッファリオ城の援兵を切り崩しながら少しずつ歩みを進めるが、敵は多かった。
バッフェル城側はカイと赤鬼団長、ギルバート騎士団長が単騎で防いでいるのだろう。その体力が尽きる前に脱出しなくては、身を挺した各々に申し訳が無い。
フレデリカは無心に剣を薙ぎ、縦に裂いた。血の雨が彼女をそれこそ赤鬼の如く染めている。
リョウカクはどうしているだろうか。やはり手堅くクワンガー城塞の守りに就いているのだろうか。だが、敵の援兵の多さを見る限り、バッファリオ城は殆どの兵をこちらへ向けてきている。クワンガー城塞がそう簡単に落ちないことを知っているだろう。と、いうことは、クワンガー城塞に兵は向けていない。ここで自分達を全滅させるつもりだ。
「ルクレツィア!」
「何、フレデリカ!?」
「血路を開いてやる! 脱出してクワンガー城塞のリョウカク殿に援軍を乞いに行ってくれ!」
「でも! あたしだって」
「頼む!」
フレデリカが言うとルクレツィアは頷いた。
「しっかりついて来るのだぞ」
フレデリカはそう言うと地を蹴った。
覚醒したが如く渾身の一撃を次々見舞って行く。一人目の胸を貫き、二人の両腕を断ち切り、三人目の顔を貫く。四人目は――。道が開いた。
「行け!」
「うん! 死なないでね、フレデリカ!」
ルクレツィアは駆け出した。だが、その背を見送る間もなく阻まれる。
フレデリカは気勢を張り上げ新たに斬りかかった。
2
ローランドは歩兵隊千を引き連れ、ドムルと共にバッフェル城へ向かっていた。強行に次ぐ強行軍。兵は疲れ切っていたが、行かなければなるまい。大切な仲間達が今頃は窮地に陥っている。ローランドは顔を上げた。
「見事援軍に間に合えば、二倍の給与を出す!」
正規兵にこのような鼓舞が通用するかと思ったが、兵達の目の色が変わった。
「傭兵みたいだな」
ドムルが隣を駆けながら言った。
「通用して良かったよ」
ローランドは笑った。
その時、前方から一人駆けてくる影を見つけた。
それが甲冑を脱ぎ、剣一本のルクレツィアだと気付いたときには、ローランドは絶望していた。
「遅かったか」
ドムルが愕然として言った。
フレデリカも、カティアも、キンブルも赤鬼も、傭兵団も騎士団も全てが併呑された。
「反転し、クワンガー城塞に戻ろう」
ローランドが言った時、ルクレツィアがふらふらになりながら縋りついてきた。
「待って! まだ終わってない! みんな、援軍を待ってる!」
息を継ぎながらルクレツィアは言った。
ローランドはその言葉を聴き、俄然燃えた。
「みんな急げ! 落伍している暇はないぞ!」
ローランドはそう呼びかけ、ドムルと共に先頭を駆けた。
3
カティアは隣にオズワルドがいることに安堵感を覚えた。そして思った、彼にもっと良いところを見せたい。
旋風の如く敵勢に押し入り、二つの剣を薙ぎ払う。幾つかの首や腕が飛んだ。
オズワルドも負けじと敵陣へと押し入る。彼はきっと甲冑と鉄仮面の下で汗だくだろう。二人で疲弊した互いの身体を慰め合いたかった。
キンブルが咆哮を上げて槍を振り回している。彼は敵を寄せ付けない。その後ろに負傷したが戦える兵達が束の間の呼吸を整えていた。
ロッシ中隊長の声は絶えず届いている。叱咤激励、鼓舞し、声はガラガラになっていて痛々しかった。
「カティアさん」
「何、オズワルド?」
「好きだと言って下さい。そうすればまだまだ戦える気がする」
「あなたも私にそう言ってくれるかしら?」
「勿論。カティアさん、好きだ!」
「オズワルド、私もあなたを愛してる! 好きよ!」
カティアが言った瞬間、オズワルドが咆哮を上げて剣を大きく薙ぎ払い、怯んだ敵陣へと飛び込んだ。鎧が肉片が飛び散る。オズワルドの咆哮は止まない。攻撃も止まない。
「私だって!」
カティアも飛び込み、ソードブレイカーで敵兵を殴りつけた。
その時、角笛の音色が鳴り響いた。
動揺するのは敵も味方も一緒だった。どこの軍勢が現れたのだろうか。
敵勢の中に背を見せる者がいた。
「我が方の援軍か!」
オズワルドが吼えた。
「みんな、もうひと踏ん張りだ! 全軍で敵を叩いた後、赤鬼団長らの加勢に向かう!」
ロッシ中隊長の枯れた声が轟いた。
「ギルバート団長!」
「赤鬼団長!」
オズワルドとカティアはそれぞれの尊敬すべき頭領の名を叫んだ。
味方勢の援軍を背後にし、敵は浮足立っていた。注意散漫で叩きやすかった。
敵の合間からローランドが剣を振るっているのが見えた。
ドムルと言う他の傭兵団の団長も槍を薙いでいる。従う徒歩の兵らは疲労困憊の顔をしながらも力強く声を上げて敵を切り崩していた。
バッファリオ城の指揮官の姿が見えた。
「おのれ! 敵の増援はアリのようなものだ、踏み潰せ!」
「オズワルド、短剣を頂戴」
カティアはオズワルドから短剣を受け取ると刃を人差し指と中指に挟んで投擲する体勢に入った。
「上手くいくかしら」
カティアは馬上で忙しく動く指揮官の動きを見極め、止まったところに投げ付けた。
刃は真っ直ぐ飛んだが、指揮官の首ではなく兜に当たった。
命は奪えなかったが、バッファリオ城の指揮官は己が予想を上回る勢いで兵を失っていることに気付いたらしい。
「退けえっ! 血路を開いて逃げのびよ!」
その言葉を聴けるとは思わなかった。果たして戦場の後方は勢いが逆転したのであった。