バッファリオ城侵攻戦
リョウカクは先頭の騎兵隊にいる。ローランドも傍らにいた。
粛々と行軍が続き、三日後には街道を抜け、原野地帯に生える様に立つ聳える城壁が見えてきた。その前に待ち構えている敵兵の姿も、静まり返った影の海となって見えている。
こちらが腰を落ちつける前に敵の騎兵隊が地鳴りを上げて挑んで来た。横並びになり一列。五百は固い。
「面白い。騎兵隊行くぞ、最前列、我に続け!」
リョウカクが漆黒の兜の下で声を上げランスを抱えて馬腹を蹴る。
同じく五百の騎兵隊が大地を踏み鳴らす。
ローランドもリョウカクの傍を離れず、ランスを抱えて突進した。
敵勢とはあっという間にぶつかった。
ランスの鋭利な先が敵の騎兵の顔を突き破る。勢いに任せて突撃する。馬を返そうとするとその前に敵の第二陣が馬蹄を響かせ現れた。
「あれを破るぞ!」
リョウカクが声を上げる。ここまで来たら退けない。ただし、この騎兵隊をやった後は馬を返して打ち漏らしを片付ける必要がある。
敵勢とぶつかった時であった。リョウカク目掛けて敵の騎兵が縄を投げ付けた。縄は先が広がり網となった。
「リョウカク!」
ローランドが叫んだ時にはリョウカクは網に捕らわれ、地面に落ち、引きずられて敵陣営へと運ばれようとしていた。
「しまった!」
後を追うローランドだが、この新手の騎兵がなかなかの曲者で通してくれなかった。ローランドはランスを捨て剣を抜いて斬りかかった。
ふと、ローランドは物凄い速さでリョウカクを追う影を見た。薄緑色のワンピースを着たいつぞやの女性の後ろ姿だ。だが、その足の速さは尋常では無く、あっと言う間に騎馬に追いつき乗り手の後ろに跨り首を掻き切っていた。
ローランドが苦労して敵を片付けると、網から脱出したリョウカクと女性が駆け戻って来た。
「ローランド、すまぬ、不覚を取った」
「俺の方こそ、守れませんで」
と言った時には女性の姿は消えていた。
リョウカクも不思議そうに周囲を見回していた。
いつの間に外に出ていたのか、ペケサンが馬の脚を伝いローランドの身体を回って腰の皮袋に入って行った。
「陛下、馬へ」
ローランドが促すとリョウカクは馬に跨った。打ち漏らした騎兵はミティスティが聖雪騎士団を率いて斃していた。
「陛下、騎兵の役目は終わりです。我らの勝ちです。後は、速やかに歩兵隊を仕掛けて総攻めを」
「陛下は止めてくれ。だが、分かった、そうしよう」
その時だった。
敵陣から狼煙が上がった。
「あれは?」
リョウカクが言った。
何かの合図だ。だが、何の合図だ。
その答えはすぐに分かった。
徒歩のドファン傭兵団が命令も無くこちらに駆け、聖雪騎士団を襲った。
「ドムルめ! 裏切ったか!?」
リョウカクが憤怒の顔をする。ローランドは冷汗が流れるのを感じた。挟まれている。ドファン傭兵団千と、敵防衛隊大多数に。
「我らの負けだ! 退くぞ! 退きながら聖雪騎士団を救出する!」
リョウカクは速い判断を下した。
「騎兵隊行くぞ! 裏切り者どもを片付けるのだ!」
その時には鬨の声が上がり、城門前の敵勢も突っ込んで来ていた。
裏切り者のドファン傭兵団が聖雪騎士団を襲っているのをローランドとリョウカクらは素早く割って入って、剣を振るった。
「陛下!」
ミティスティが呼んだ。
「ミティスティ! 撤退する!」
「はっ! 殿軍は聖雪騎士団が引き受けます!」
だが、ドファン傭兵団は千人もいる。斬っても斬っても次々湧いてくる。そんな中、リョウカクが声を発した。
「ドムル!」
「太守殿!」
騎馬の傭兵団長は槍を振るい、部下を次々突き殺していた。
「申し訳ありません、私の知らぬ間に内密に寝返りの事が進んでいたようです!」
ドムルは詫びると、槍を振り回し、血路を開いた。
「さぁ、あなたはお逃げを!」
「ドムル!」
「私は裏切りの責任を取ります。正に私の不徳の致すところ! 嗚呼、無念なり!」
ドムルはそう叫ぶと馬を返して聖雪騎士団を襲う元部下達を殺しにかかった。
「ミティスティ!」
リョウカクが叫んだ時には聖雪騎士団は挟み撃ちに合っていた。
「私だけおめおめ逃げられるか! ミティスティ、今、助けるぞ!」
馬を返そうとするリョウカクの肩をローランドは掴んだ。
「なりません!」
「何を言う! ローランド、貴様なら知っているだろう、私がミティスティをどう思っているかを!」
「ミティスティ殿も同じ気持ちです! だから、あなたを逃がすために踏みとどまっている! ここでグズグズしていたらいつまで経ってもミティスティ殿は動けません! さぁ、逃げるのです!」
徒歩の正規兵らが待機していた。
「攻城兵器は捨てよ! 隊列を組め撤退するぞ!」
リョウカクが言うと歩兵達は慌てて陣列を組んだ。
「ミティスティ……」
戦いが行われている方を見てリョウカクが無念そうに声を上げる。
「太守殿、号令を!」
「分かった。我について参れ!」
リョウカクはそう言うと馬を走らせた。
2
必死の撤退戦だった。騎兵隊は逃げに逃げ、歩兵隊は遅れていった。
昼夜を徹してクワンガー城塞が見えた時、リョウカクもローランドも疲れ切っていた。
「ここで備えを」
「ええ」
ローランドは頷いた。騎兵隊が周囲に展開する。時間が経つにつれてヨロヨロの歩兵隊がまばらに姿を見せた。疲れながらも防衛の任に就く。
ボロボロの聖雪騎士団が戻って来たのは更に一日経ってからだった。
銀色だった煌びやかな外装は薄汚れ、凹み、割れ、矢が突き立った者もいた。
「ミティスティは?」
リョウカクが戻って来る面々を見ながら落ち着かない声を出す。ローランドも内心焦っていた。ミティスティが戦死したかもしれない。
嫌な予感がする。外れてくれ、こんな予感!
ドムルの姿が見えた。ローランドは声を掛けようとした。だが、ドムルの引く馬の手綱の先にはミティスティが乗っていた。鎧の上からとはいえハリネズミのように矢を受け、酷い有様だった。
「ミティスティ!」
リョウカクが馬で駆けつけた。ローランドも後を追う。
「陛下、急いで聖銀騎士団らの救援に。敵の狙いはあなたの首の他にもう一つ、聖銀騎士団長ギルバート殿の首です。難攻不落の城塞都市クワンガーもギルバート殿がいたからこそと敵も気付いておりましょう」
「分かった、ミティスティ。誰かあれ!」
「太守殿!」
聖雪騎士団員が来た。
「ミティスティを診療所へ! 急げ!」
「はっ! さぁ、団長」
部下に連れられ、ミティスティは去って行った。
心配げな顔しているのは仕方が無いが、いつまでも打ちのめされたままではミティスティの犠牲を無駄にするだけだ。
「太守殿、ご指示を!」
ローランドは声を上げて言った。
「あ、ああ」
リョウカクは我に返ったようだった。
「現状を整理しましょう!」
言いながらドムルが駆け寄ってきた。
「それがしの処分はいつでも。逃げも隠れも致しませぬ。それよりも、この都市を防衛するか、赤鬼らの救援に行くか、選ばねばなりません」
ドムルが必死な顔で言った。
リョウカクは頷いた。
「両方採る。私は正規兵千と聖雪騎士団とで此処を守る。ローランドを大将、ドムルを副将とし、正規兵残る千を連れて聖銀と赤鬼との救援に向かってくれ」
「はっ!」
ローランドとドムルは声を揃えて応じた。