ベルファウスト戦線
フレデリカは馬を駆り、ルクレツィアとリョウカクと共にチャージランスの訓練をしていた。
リョウカクは馬上戦では見事だ。姿勢を正しランスを抱え込み、取り寄せた藁人形を貫いても尚、形を崩さず、新手を突いて行く。
一方のルクレツィアは二撃目で体勢が乱れた。
「二人とも御疲れ様」
フレデリカは二人の弟子を労った。
「どうしても、身体が動いちゃうのよね」
ルクレツィアが嘆くように言った。
「胴構えがなってないのだ」
以前、ルクレツィアに言われたことをリョウカクがそのまま返した。
「あんただって、下で戦う時は腰がなってないくせに」
ルクレツィアがムキになって言い返す。リョウカクとルクレツィアは睨み合い、まるで視線で火花を散らしているようだった。良きライバルになれれば良いがとフレデリカは内心苦笑いしていた。
すると、騎馬が一騎現れた。急いで飛ばしてきたのだろうが、白毛の馬はタフだった。息一つ乱していない。乗り手はミティスティだった。
「太守殿、敵勢に動きがありそうとの斥候からの報せです」
下馬したミティスティが言った。
「分かった。軍勢を興す。正規兵隊と聖雪聖銀両騎士団、各傭兵団の主だった代表者に総督府に集まるように報せよ。私も行く」
「承知しました」
ミティスティは駆け去って行った。
リョウカクがこちらを見た。バイザーを上げた顔は生真面目なものだった。
「御師匠殿、申し訳ありませんが、私は戻ります」
「分かりました」
フレデリカが言うとリョウカクは馬を飛ばして去って行った。
リョウカクの態度はここ数日で変わった。ただフレデリカが手取り足取り教えようすると、その胸の鼓動が早くなるのを感じる。だが、それでも己の欲望を払拭し武芸、サーディス流を継ぐ者として励んでいる。極めて高い戦闘力を内に秘めている。それを開眼させるのがフレデリカの役目だとも思った。
「フレデリカ! もう一本!」
ルクレツィアが声を上げる。
「あいつがいない間に上手くなってやるんだから」
ルクレツィアは言葉通り燃えていた。リョウカクの存在は良い刺激なのだなと、フレデリカは思ったのだった。二人の弟子を一人前にしてみせる。
傍らのサーディスにそう胸の内で言い、ルクレツィアがランスを抱えて藁人形を突き破って行くのを見届けたのだった。
2
もう、何度も抱き合った。だが、飽きない。何度唇を重ねても興奮は収まらない。町の宿のベッドで毛布をかぶって仰臥し、カティアは束の間、息を整えていた。年下の男オズワルドも息を乱していた。
「あなたの子が欲しいわ、オズワルド」
「カティアさん、私もだ。だが、今は戦が落ち着かない」
「大陸が平和になる頃には私は年増の中の年増ね」
「それでも愛している。剣に誓って」
オズワルドはそう言うとカティアと軽く口づけを交わした。
鎧に着替えを終えた二人は外へ出た。
「では、カティア殿」
「ええ、オズワルド」
二人は言葉少なにそう言いそれぞれの戻るべき場所へと足を進めた。
酒場に戻ると同僚の傭兵らが武装していた。
「戦?」
カティアが尋ねるとローランドが頷いた。
「赤鬼団長が呼び出された。フレデリカとルクレツィアを見なかったか?」
「いいえ」
「二人とも訓練場だな」
ローランドは立ち上がった。
「ちょっと出て来る」
ローランドを見送るとカティアも改めて武装のチェックをした。鉄の鎧に脛宛て、籠手、サーベルにソードブレイカー、そして兜。準備は万端だ。
戦前になると赤鬼傭兵団は静かになるのが特徴だ。今も黙っている。幾人かが刃に砥石を走らせる音が聴こえるだけである。
「カティアさん」
カイが歩んで来た。
「どうしたの、カイ君?」
問うとカイは声を潜めて言った。
「首にキスマークがついてます」
「え!?」
カティアは慌ててスカーフで首を覆った。
「よく分かったわね、カイ君」
「こう見えて妻帯者ですからね」
カイはニコリと笑って大剣を担いで外に出て行った。
入れ替わりにローランドとフレデリカ、ルクレツィアが入って来た。
「みんな、聴いてくれ」
ロッシ中隊長が声を上げる。
「団長不在故、よくは分からんが、今回我々が攻めるのは南西のバッファリオ城か、北西のバッフェル城を攻めることになるだろう」
カティアはフレデリカの顔色が険しくなったのを見逃さなかった。
バッフェル。フレデリカの実家の名前が出ている。彼女の一族が守将を務めている可能性が高い。
「守りに徹さないんですかね?」
傭兵の一人が言った。
「リョウカク殿が来ている。ロイトガルが宣言通り攻めの戦に転じる時が来たと言っても過言ではない。俺の予想ではリョウカク殿は攻める」
「中隊長、勘だけは良いですからね」
「勘だけとは失礼な。俺だって、強いんだぞ」
ロッシ中隊長が言い返すと、他の傭兵が言った。
「でも中隊長が訓練しているところ見たことありませんよ」
「それはな、お前達に代わって事務仕事をしなければならないからだ! 俺の本気が見たい奴は、書類の束を持ってこーい!」
ロッシ中隊長が爆発すると、傭兵らは笑顔を浮かべるところを逆に引っ込めた。赤鬼が戻って来たのだ。
「全員揃っておるな?」
「カイが外に」
傭兵が言った。
「分かっとる。ロッシ、説明の方は?」
「攻めの戦になるだろうことは伝えました。それで二つの支城の内のどちらを攻められるんですか?」
ロッシ中隊長が問うと赤鬼が言った。
「我々は聖銀騎士団と共にバッフェル城の足止めに向かう」
その声に落胆する者が大勢いた。
「リョウカク殿が総大将となり、正規兵隊二千と、聖雪騎士団、ドファン傭兵団と共に南西のバッファリオ城を落とすまでの辛抱だ。簡単には落ちぬだろうが、我らは居城を空にする。その備えの任を我らは受け持っているようなものだ」
赤鬼はそう言うとローランドを見た。
「ローランド、お主はリョウカク殿の側に居れ。太守殿直々の御指名だ」
「そういうことなら分かりました」
ローランドが頷く。
「以上、出陣じゃ!」
赤鬼の号令に傭兵らは声を上げた。カティアはフレデリカがやはり浮かない表情をしているのが気になった。愛してくれた弟をサーディスを殺め、今度は血の繋がりのある者をその剣にかける。神は残酷だとカティアは思った。今はまだ掛けられる言葉はない。戦場で注意深く彼女を見ていようと決めたのだった。