ドファン傭兵団
この城塞都市には屋内演習場が設けられていた。と、言っても設備は無い。ただの大きな大きな広場だ。騎兵で駆ける訓練もできる。
砂地を踏み締め、フレデリカとルクレツィアは並んで素振りをする。
「剣の重さに振り回されているぞ」
「分かってるわ!」
フレデリカの指摘にルクレツィアは根性を見せる。
新しい剣はまだまだルクレツィアとの相性は良くない。良くないわけでは無いが、それでも隙がある。ルクレツィアはこれを百回振るう前に音を上げる。使いこなすにはまだまだ筋力不足だ。
「女が傭兵の真似事してんのかよ?」
不意に嫌味な声を掛けられる。
「邪魔しないでいただきたい」
フレデリカは振り返らずに応じた。
「あいにくだが、ここはこれからドファン傭兵団が使用することになった。退くんだな」
フレデリカとルクレツィアは剣を止めた。
「何だ、ババアと小娘かよ」
相手は五人組だった。先頭の身体つきの太い、切り株のような厳めしい面構えをしているのがボスらしい。
「何ですって!?」
ルクレツィアがいきり立つがフレデリカが止める。
「使用許可は取ってあるのですか?」
「使用許可は取ってあるのですか?」
傭兵の一人がフレデリカの声を真似てふざけた。
「そんなものは無いね。とにかく、痛い目見たくなければ退けってことだよ」
切り株が言った。
「だったら関係無いね。あたし達は退かない」
ルクレツィアが頑として応じた。
「そうかい、痛い目見なきゃ分からんようだな。この俺がドファン傭兵団団長ドムル様だってことをよく覚えさせてやるぜ」
切り株はフレデリカほどの背しかなく、男としては小さな方だった。だが、露出している身体が鍛えられているのは着目すべき点だ。
「やれー! 団長!」
一人が声を上げると、ドファン傭兵団総勢千が周囲をあっという間に囲んだ。
演習場は国の持ち物のためフレデリカは総督府に赴き、使用許可を得ていた。木の札を見せた。
「使用許可証だ」
「そんなもの今更何だ。ビビったのか?」
周囲がやじるとドムルが笑った。
「良いわよ、あたしがぶっ殺す!」
「お、勇ましいね小娘」
「その代わり勝ったらあんた達退きなさいよ」
「良いだろう」
ドムルが笑いながら言った。
「待て」
だが、フレデリカは声を上げた。ルクレツィアが既に修練で限界なのを彼女は知っていた。
「私が出る」
「でも、フレデリカ」
「聴き分けて、ルクレツィア」
フレデリカは冷厳に言い、妹分の前に立った。
「良いだろう、ババアがどこまで強いのか見せてもらおうじゃないか。家で肉でも切ってた方がお似合いだったかもしれないぜ」
「言いたいことはそれだけか?」
フレデリカは隣に気配を感じていた。
「面白そうな展開になったな。負けんじゃねぇぞ」
「分かってるサーディス。あなたの名前に泥は塗らない」
フレデリカは剣先をドムルに向けた。
「調子に乗りやがって」
ドムルもまた両手持ちの剣を抜いた。
「やっちまえ! ドムル!」
「団長、やれー」
周囲が囃し立てるのがフレデリカの耳には届かない。ドムルをじっくり凝視し、相手と目が交錯した瞬間に踏み込んだ。
払った剣はドムルの甲冑に当たった。
「は、速い」
ドムルはそう声を漏らした。
「勝負ありだよ! 大人しく帰れ、切り株傭兵団!」
ルクレツィアが声を上げると、ドファン傭兵団を怒りが包み込んだ。
「野郎、調子に乗りやがって!」
「みんなで畳んじまえ!」
「やめろ、お前ら、俺の負けだ」
ドムルが言うがドファン傭兵団員達は手に手に得物を引き抜いて襲い掛かって来た。
フレデリカの隣でサーディスが笑い声を上げたような気がした。
「行くぞ、ルクレツィア!」
二人はドファン傭兵団を相手取り、勝負を受けた。
前方、片側から襲い来る本気の一撃をフレデリカとルクレツィアは剣で弾き返した。
「やめろー! やめろと言ってるんだ! ドファン傭兵団の名に泥を塗る気か!?」
ドムルが割って入って絶叫する。
「うるせぇ! あんたがだらしねぇからこうなったんだろうが!」
「そうだ! 引っ込め!」
傭兵達はドムルを押し退けフレデリカ達に殺到した。
不意にその隣に力強い足音が轟いた。
「何やら面白いことをしているようだな」
「俺達も混ぜて貰うぜ。良いな、師匠?」
「あ、赤鬼」
ドムルが声を漏らす。赤鬼とカイが来たのだ。
「ジジイとガキが加わったところでどうなる!? 殺せ! 殺せ!」
もはや、ここは戦場と成り果てたらしい。少なくともドファン傭兵団はそう認識している。
「団長、こいつら斬って良いか?」
「斬らずに切り抜けて見せろ、カイ。フレデリカ、ルクレツィア、敵は間に合わせのゴロツキどもだが油断はするな」
ドファン傭兵団が四人に襲い掛かって来た。
剣を叩き落し、刃の腹で顔を殴りつける。ルクレツィアはそれに苦労しているようで、打ち合いだけを演じていた。それだけでも彼女の剣は相手の剣を斧を槍を圧し折っていた。
赤鬼はさすがだった。一薙ぎで十人は吹き飛び、相手は呻いて起き上がらなかったばかりか、戦場から離脱しようともがくように砂の上を這っていた。
カイはもはやいうことが無い。一刀両断で剣を壊し、剣の腹や蹴り、拳を交えて敵を打ちのめして行く。
「や、止めてくれ! 赤鬼! 俺達が悪かった!」
ドムルが飛び込んで来て、両手を上げた。
「お主が団長か?」
赤鬼が問う。
「ああ、ドファン傭兵団のドムルだ。どうだろう、先ほどは失礼なことを言っちまったが、そこの女性、どうか、この場を我が傭兵団に提供してくれないだろうか。一流の傭兵団に育て上げたいだけなんだ」
ドムルが必死に弁明する。顔に嘘はない。
「確かに、あんたら訓練不足だ」
カイが嘲笑うように言った。
「カイ、止しなさい。ドムル殿、この許可証を」
フレデリカが差し出すとドムルはうやうやしく受け取った。
「申し訳なかった」
ドムルが言った。
「いいや、我々の方もたった二人なのに意地になってしまった。その点は謝罪する。自由に使うと良い、私達は場所を変えよう」
「ありがたい」
フレデリカの言葉にドムルが小さく笑みを浮かべた。
「良いのか、師匠?」
「良い。素振りならどこでもできる。赤鬼団長、迷惑をかけた」
「気にするな、大暴れ出来て楽しかった。さて、行こうぞ。ではな、ドファン傭兵団」
赤鬼が歩き出し、フレデリカらも続いた。
「いつまで寝てやがる! 起きろ、ドファン傭兵団!」
「でも、剣が折れて」
「だったら腕立て伏せでもやっていろ! 一つも時間は無駄にできないぞ!」
背後でドムルの叱咤する声が聴こえた。
「あれが、今回のお味方ねぇ」
歩きながらカイが呆れたように言った。
「だが、カイ、あれでもここまで生き残ってきた傭兵団だ。馬鹿にしたものではないぞ」
赤鬼が諭す。
「そういうもんですかね、師匠はどう思う?」
「赤鬼団長と同意見だ。少なくとも団長のドムルは必死に傭兵団を傭兵団らしくしようとしている。笑えたものではない」
フレデリカの隣でルクレツィアが溜息を吐いた。
「暴れたらパフェ食べたい」
「ワシも酒が恋しくなってきた。酒場へ戻るとするとしよう」
赤鬼が言い、四人は演習場を後にしたのであった。