城塞都市クワンガー
都市は首都の如く広かった。南に門があり、ハイバリーの城壁を彷彿とさせる高く厚い防壁が町を覆っている。
幾つか傭兵団が駐留しているようで、用意された宿舎の数も膨大だった。そして赤鬼傭兵団が与えられた集会所は、「輝く粉雪亭」と呼ばれる酒場だった。
カティアはそわそわする気持ちを押さえきれなかった。先ほどさっそく伝令のオズワルドと偶然出会うことになった。二人は目を見合わせるだけで再会を喜んだ。ロッシ中隊長や他の同僚もいたので表だって喜べないのが残念だった。
リョウカクと聖雪騎士団が町に入ったと知らせが届いた。ここが次なる戦場だ。
夜、解散となり、カティアは町を歩いていた。中央の噴水広場を目指して。オズワルドに会いたいと思えば、何故か彼はここにいた。ここでリュートをかき鳴らし低い奇麗な声で歌っていた。
月明かりが照らす中、カティアの耳はオズワルドの声を捉えた。彼女は雰囲気が壊れるのにも関わらず駆け出した。
噴水の縁に座る大きな影を見つける。
「オズワルド!」
カティアはその胸に飛び込んだ。
オズワルドはカティアを微動だにせず受け止めた。
「カティアさん、また一緒に居られますね」
オズワルドの言葉にカティアは頬をオズワルドの左胸に当ててその分厚い鼓動を聴いた。これだけで眠れそうだ。
彼が立ち上がる。カティアは見上げた。
「あなたを抱きたい」
オズワルドが言った。
「ええ、抱いて」
カティアはそう答えた。二人は口づけを軽くかわし、知る者のいない町の宿へと向かって行ったのであった。
2
夏の日差しが眩しい。だが、さほど暑くはない。それでも普段は甲冑は脱がなければやってられなかった。
ローランドは赤鬼団長に頼まれ、リョウカクに書類を渡すべくクワンガーの町を歩いていた。総督府は丘の上である。ここからでも真っ直ぐその影は見ることができた。背後を切り立った崖とし、城のような総督府が聳え立っている。東方連合の総督府とは段違いにデカい。ここでそうなのだから、近くに行けば一目で見渡すことはかなわないほど大きいだろう。
ローランドは悠々と最前線の都市が如何に民を脅かしていないのか観察しながら歩みを進めていた。固い守備に百戦錬磨の騎士がいる。守るだけならここは有利だ。だが、これからは攻めの戦をしなければならない。あの血に飢えたリョウカクが、ブリック王が来たのだから。
馬鹿みたいにでかい総督府に入ると、兵士や給仕、文官の姿が目立った。
ローランドは手近の扉を守護する兵士に尋ねた。
「赤鬼傭兵団のローランドだ。リョウカク殿はどこに居られる?」
「太守様なら四階の執務室に居られるだろう。階段は真っ直ぐ行けば分かる」
若い兵士に言われ、ローランドは階段を上がって行く。
四階へ行くには一つの階段では行けなかった。各階離れた場所に階段が設けられていた。攻められた際の時間稼ぎだろう。そうじゃなきゃやってられない。
ローランドは息一つ乱さず四階へ辿り着いた。
姿を晒す前に廊下で声が聴こえた。
「リョウカク、いえ、ブリック。いい加減、玉座に戻りなさい。あなたは兵士ではなくこの国の王なのですよ」
ミティスティの声だった。
「その通りです、王よ」
もう一つ、どこかで聴いたような声が続いた。
「二人ともうるさいぞ」
リョウカクの不機嫌そうな声がした。
「何度でも諫言いたします! あなたは国王! 名と身分を偽って兵士の如く敵勢に飛び込み血を浴びる必要など無いのです。王都に戻って世界を眺めて指示を出しさえすればそれで良いのです!」
「それがしもミティスティ殿と同意見です、王よ」
どうしてこのような聴かなくても良いような場面に自分は出くわすのだろうか。ローランドは内心溜息を吐き、階段の壁に寄りかかった。
「ならば、ギルバート! 何故、私に剣を教えた! ミティスティ、何故、剣の相手を務めた!」
「覇者としての嗜みです」
ミティスティがいうと、凄まじい平手打ちの音が木霊した。
「黙れ連れ子め。我が剣は敵を駆逐するために授かりし剣だ。今後も前線へは出る。義姉上だろうと、忠臣ギルバートだろうと反論は許さん! ロイトガルは攻めの国に転じたのだ! 大陸を併呑するために我が剣はある! そこにいるネズミ、出て来い」
リョウカクにそう言われ、ローランドはひらりと姿を見せた。
「何者だ?」
ギルバートが問う。赤鬼団長に負けず劣らず太くがっしりとした身体をしていて迫力があった。
「ローランド」
ミティスティが驚いたように名を呼んだ。
「立ち聞きする気は無かったのですが、タイミングが悪かったみたいで」
ローランドが言うと、ギルバートがのしのしと近付いてきた。ローランドと同じぐらいの背で見下ろされはしなかったが、決然とした強い眼光がローランドを責めるように凝視している。
「ギルバート殿、その者は赤鬼傭兵団のローランドという者です。事情は既に知っています」
ミティスティが言うとギルバートは溜息を吐いた。
「ミティスティ殿にも言われただろうが、他言無用ぞ、傭兵」
「承知しております。これを提出しに参りました」
ローランドは書類を差し出した。
ギルバートは受け取り、ローランドから離れてリョウカクの方へ向かって行った。
「さぁ、もうお行きなさい」
ミティスティが言い、ローランドは頷いて背を向けた。
瞬間、剣を抜いて鉄を弾き飛ばした。
瞠目するミティスティとギルバートの間をこの地面に落ちた短剣が走ったのだろう。
「相変わらず、良い反射神経だ」
投げた格好から姿勢を戻しリョウカク、ブリック王が言った。
「傭兵、私はお前が羨ましいぞ」
王はそう言うと執務室に入って行った。
「あれを弾くとはお主さすが赤鬼のところにいるだけのことはあるな」
聖銀騎士団長ギルバートが言った。
「場数だけは踏んで来たつもりです」
「ふむ、頼りにしているぞ、傭兵」
ローランドは頷いてその場を去ったのだった。