西方戦線
赤鬼傭兵団は定刻通り出立した。先頭を地理に明るいロッシ中隊長とカティアとし、ローランドは最後尾だった。
回ってきたトマトを齧りながらペケサンに差し出すが皮袋の口でペケサンは顔を背ける。仕方なしに前もって準備していた殻を割ったクルミをやるとイソイソと袋の中へ消えて行った。
「そいつはリスか?」
ローランドと最後尾に着いた元月影傭兵団のキンブルが尋ねてくる。キンブルは背中に長弓と矢筒と背嚢を背負い、腰周りにはトマホークと呼ばれる小型の斧が八本並んで差さっていた。その中に太い槍が一本だけある。チャージランス用だろう。この機会に親睦を深めてみようと思いながらローランドは応じた。
「これはペケサン。我らがロイトガルでは神の化身だぜ」
「そんな身分あるペットだとは思わなかった。リスならひまわりの種も食うんだが、どうだろう?」
だんだん暑くなってきた。そろそろひまわりが見られるかもしれない。
「クルミしか与えたことがないから分からないが、機会があればやってみるよ」
「おう」
会話が終わる。このまま無言でも良いが、俺はこのキンブルと仲良くしたいと思っているんだ。同い年ぐらいだろう。面長の顔と言えばそうだが、長方形に見える。七色の派手な髪を逆立てていた。
「なぁ、キンブル、そのトマホークそんなにどうするつもりだ?」
ローランドから切り出すとキンブルは驚いたように言った。形相がいちいち大袈裟で愉快だとローランドは苦笑した。
「知らないのか? トマホークは投擲する武器だぞ、戦士の常識だ」
「知らなかったよ。じゃあ、そいつぶん投げるんだ」
「その通り」
キンブルは歯並びの良い白い歯を見せて微笑んだ。まるで歯まで光っているようだ。
「カボチャが標的だったらどのぐらい割れるんだ?」
「並の腕では深々と突き刺さるのが精々だろう」
その精々でも頭は割っているということだ。
「だが、俺ほどの腕になると、三つまでは貫ける」
「み、三つも?」
ローランドは予想だにしない答えに驚いた。トマホークがそこまで優れた投擲武器だとは思わなかったのだ。キンブルは再び歯を剥き出し、男らしい笑みを浮かべた。そして鎧を付けていない腕を見せ付けた。
「ぬぅん!」
キンブルの声と共に凄まじい筋肉の山ができた。こいつはカイや赤鬼団長とやり合える逸材だぞ。
後で二人に紹介することにし、ローランドはキンブルと談笑し、旅を続けたのであった。
2
途中、町や村もあったが、民に迷惑はかけまいと野営ばかりして過ごした。
二列縦隊の隊は歩み出すが、前方から急使が来た。
「赤鬼傭兵団とお見受けする!」
カティアと共に馳せ参じたのは古傷だらけの顔を持つ落ち着いた面構えの青年騎士だった。
「この先はクワンガー城塞のはずだな」
ローランドの隣でキンブルが言った。
「至急援軍をお願い致します! 城主聖銀騎士団長ギルバートの頼みです! 聞き届けを!」
「赤鬼傭兵団! 駆けるぞ! 街道から出たら広がれ!」
赤鬼の号令が木霊し、傭兵らは唱和した。元月影の連中も慣れたように応じた。
元月影だなんて失礼だよな。
「よろしく、キンブル!」
「おう、こちらこそ!」
傭兵団は次々疾駆した。
ローランドとキンブルの順番も来て並んで二人は駆けた。
そうして道が開いた瞬間見えたのは、大きな防壁に囲まれた城のような町だった。
「あれがクワンガー城塞」
「そう、ロイトガルの拠点だ」
ローランドが言い、キンブルが答える。どちらが新入りか分からないな、と、ローランドは内心吹き出していた。
クワンガー城塞の前に門扉を背に整然と列を整えた騎馬の一団がいる。それを斃そうとベルファウストの兵士どもが長槍を繰り出していた。
数で言えばベルファウストに利がある。だが、俺達は赤鬼傭兵団だ。
「どてっぱらから掃討に移るぞ!」
「一番槍はこのカイがいただくぜ!」
ベルファウスト側もこちらの様子に気付いたらしく、余った隊列を動かした。歩兵による槍衾を展開する。恐ろしい針の連撃だ。馬も乗り手も慄くだろう。だが、そこを叱咤激励し、ぶち破るのが一流の馬と兵、すなわち騎兵だ。
赤鬼傭兵団は次々敵を併呑する。圧し潰された亡骸が最後尾のローランドらの前に続いた。
「出番は無さそうだな」
「だな」
ローランドが言うと、キンブルが頷いた。
泡を食った形のベルファウストは軍を返して撤退して行った。
「カイ! 追うな!」
赤鬼団長の声が轟き、馬蹄は止んだ。
城塞の前に正規兵と銀色に輝く鎧を着けた騎士達が立っていた。
「我々は赤鬼傭兵団! 要請によりまかりこした!」
赤鬼が堂々と言うと、一騎の重装の騎兵に跨った騎士が歩みを進めてきた。
「赤鬼傭兵団、御助力感謝致す」
そう言って騎士は兜を脱ぐ。
「赤鬼! まだ死んではおらなんだか」
「ギルバート! お主こそ、健在とはな! これは頼もしい!」
兜を脱いだ騎士は白い髭を上品に刈り揃えた老人だった。だが、体格は良く、手には先の膨れ上がった鉄の棍棒を手にしていた。
二人の老人は互いに無事を讃え合っていた。
「こりゃ、凄まじそうなジジイコンビだな」
誰かが言った。ローランドも同感だった。
「西南部はこの通り、敵の良い様にやられておるわい」
「安心せい、ワシらが来た」
老人二人は再び声を上げて豪放に、あるいはカラカラと笑い合ったのであった。