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傭兵譚  作者: Lance
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アリーナの女王

 堂々としていれば良い。それがチャンプの務めだ。

 だが、緊張が身を襲う。

 チャンプになって二年。その座を死守してきた。危うい日もあった。

 ああ、ここはこんなに深いのに歓声が聴こえる。外に出れば眩しいほどの陽光すらも掻き消す声という声が聴こえるだろう。それらは合わさっていて何を言っているのかは分からない。だが、一つの熱狂的な音としてアリーナに木霊するのだ。

 しかし、それがプレッシャーなのではない。今日をまた生き残れるか。それが不安だった。騎士の位と家を捨て、傭兵の道を選んだ。サーディスの継承者として彼の剣を、技を伝えるに等しい存在に未だ出会っていない。

 戦場ではなかなか逸材を見付けるのは難しい。現れたと思った瞬間すぐに消えてしまう命の数々。だからこそ、アリーナの頂点に君臨しようと試みた。師と過ごした修羅の時を覆す程の勢いのある者はいるだろうか。

 師の技と教えを伝えるに相応しい者は現れるだろうか。

「フレデリカ様、お出番です」

 扉が叩かれ開かれ、使いの女が言った。

「分かった。ありがとう」

 使いの女が呆然としてこちらを見詰めていた。

「どうかしたか?」

 フレデリカが尋ねると女は慌てたようにかぶりを振り、「失礼します」と言い外に出て行った。

 扉は開けられたままだった。夏だというのにひんやりとした地下の空気がフレデリカを震わせる。

「よぉ、お嬢様。どうした、またビビってるのか?」

 黒い甲冑に身を包んだ、師にして愛していた男サーディスが声を掛けてきた。

 兜の下に見える口元がいつもそうあるように不敵な笑みを浮かべていた。

「心配要らない。大丈夫だ。だから消えろ、幻影」

 フレデリカは椅子から立ち上がりそう言った。

 サーディスの姿は無かった。

 不安になるとこうしてサーディスの幻は現れる。嘲笑っているのか、勇気付けてくれているのかは分からない。サーディスを殺したのは自分だった。フレデリカは自分でもわかるほど、精神に痛手を受けていた。その傷がサーディスをこうやって見せてくれる。

 フレデリカは胸当てと脛当てを付けると、もう何代目になるか分からない剣を手にし、外に出る。

 右と左に分れた地下道の先、アリーナの入り口はすぐにわかる。声援が導いてくれた。

 勝敗が賭博の対象になっている。純粋に応援してくれる者もいれば、無様に敗退、すなわち死ぬことを望む声もあるだろう。その声達に向かって彼女は歩き出す。その度に声援は大きくなり、ついに彼女は陽光の下へと出た。

 石造りの円いアリーナは観客席が百段以上も設けられていた。さすが都のアリーナだけのことはある。観客が邪魔に入るとするものならそれは自ら死を意味する。何せ、アリーナの一段目は高いところから始まっていたからだ。脚を折るだけで済めば御の字だろう。

 フレデリカは歩み行く。

 対戦相手が待っていた。

 片手剣を手にしている。間合いを取り二人は睨み合った。

「チャンプ、俺が不動の座から引きずり落してやるぜ」

 威勢よく、若者が言った。

 半身を露わにし、兜もかぶっていない。黒い髪をしていた。溌溂と生気が漲る瞳。

 良い度胸だ。

 私は今からこの未来ある若者を殺す。

 ドラが鳴った。

「はああっ!」

 若者が駆け出して来る。

 フレデリカは冷静に打ち込まれる剣を捌いていった。

 もはや声援など耳に届かない。やるか、やられるかの状況だ。

「くらえっ!」

 足元を狙った一撃をフレデリカは跳躍して避ける。

 刃は顔を狙って突き出された。

 フレデリカは避ける。

 さすが勝ち残っただけのことはある。

「だが、それだけだ!」

 フレデリカは剣を振るう。

 敵の刃が迎え入れる。

 鋼の音色が幾重にも轟き、腕を伝わり身体の中を駆け巡る。

 青年は苦し気な表情をしていたが、ここで回し蹴りを入れて間合いを離したと思った瞬間、刃を突き出しフレデリカを狙った。

 まさに必殺の一撃。その素早い攻勢にフレデリカは思わず度肝を抜かれたが、どうにか追いついて刃を受け止めた。

 そして一旦間合いを取る。相手は追撃を止めた。

「おう、やるじゃねぇか。なぁ、お嬢様」

 フレデリカの隣にサーディスの幻影が現れる。

 腕組みし、ニヤリと口元を歪めていた。

「こいつならいけるんじゃねぇか?」

「消えろ!」

 フレデリカは離れた間合いを一気に詰めて剣を突き出した。

 誰の目にも赤き影にしか見えなかったであろう。

 その常軌を逸する速さに相手の青年は避けようがなかった。深々と腹に突き刺された刃はすぐに背を破る。

「ぐわっ!?」

 相手の青年は眼を見開き自分の状況を見詰めていた。

 フレデリカは剣を引き抜いた。

 歓声が聴こえた。

 また殺した! 赤き残光がその座を守ったぞ!

 フレデリカ! フレデリカ! フレデリカ!

「俺、死ぬのか? 嘘だろ……」

 相手の青年はそう言い残すと己の血の溜まりの中に沈んでいった。

 罪悪感などは無い。師を殺めたときにそれは無くなった。この青年も今までの挑戦者も、戦場の傭兵も、兵士も、サーディスの死に比べれば安かった。

 フレデリカは剣を掲げた。

 観客の歓声と共に拍手が喝采される。

 フレデリカ! フレデリカ! フレデリカ!

 そうして戦場を後にし地下へと戻って行く。

 入口にサーディスが待っているのが見えた。

「惜しかったな。まだお前の待つ相手は現れなかった」

「黙れ幻影」

 フレデリカがそう言うとサーディスの影はなくなった。

 外からは自分の名を呼ぶ声がまだまだ轟いている。

 フレデリカは待ち続ける。師より受け継ぎし技を授けるのに相応しい強者の存在を。

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― 新着の感想 ―
[一言] 強すぎるからこそ業を背負い、また技を授ける者が見つからない歯がゆさを感じ続けなければならないのですね。
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