武器探し
ハイバリーの首都に傭兵団は滞在した。聖雪騎士団とリョウカクもいる。フレデリカの手の届かぬところで政務をこなしているのだろう。いや、手が届かなくて当然なのだ。自分はただの傭兵でしかない。
カイが赤鬼団長に付きっきりになったため、フレデリカにはルクレツィアの存在がありがたかった。サーディスの居場所も作らねばなるまい。サーディス流をルクレツィアは受け入れた。何が何でも強くなりたい。弱い奴らに扱き使われて不幸にはなりたくない。それがルクレツィアの原動力であった。
仮の居場所として与えられた酒場ではロッシ中隊長とカティアが事務処理を行っていた。
「フレデリカ、ルクレツィアちゃん」
カティアが笑んで手を振った。
「カティアさん、御疲れ様です。ロッシ中隊長も」
「良かったよ、俺には御疲れ様は無しかと思ったぜ」
ロッシ中隊長が冗談を飛ばす。フレデリカは軽く笑ったが、ルクレツィアは仏頂面だった。
「ちょうど良かった。今回の給金の分配をしていたところだ。これがフレデリカ。ルクレツィアはこれだ」
膨れ上がった巾着袋の中身は金貨に溢れていた。東方戦線での全ての給料ということだろう。
「これで御役御免?」
ルクレツィアが問う。
「いいや、赤鬼はリョウカク殿の準備ができ次第、西へ移動する。今度の敵はベルファウストだ」
その言葉を聴き、フレデリカはこの日が来たかと思った。ベルファウストはフレデリカの生家がある。肉親や恩人、知人と剣を交える呪われた戦が始まるということだ。
「フレデリカ、あたし剣が欲しいんだけど」
ルクレツィアがこちらを見上げて言った。
「今の剣じゃ駄目なのか?」
フレデリカが言うとルクレツィアは愛用している両手持ちの剣を取り出した。フレデリカも納得した。刃こぼれは激しく亀裂まで入っている。
「しばらく動かないと思うし、ローランドの奥さんのところに行ってみたらどうかしら?」
カティアが提案した。
「ペケ村まで十日。往復して二十日か。カティア姐さんの提案に異議を申し立てるわけじゃないが、この城下に、もう一人腕利きの鍛冶師がいるぞ。元月影傭兵団の鍛冶師アンドリュー。従軍は拒否された。自分の道を探すとさ」
フレデリカは思い出した。元月影団長オースティンの戟が赤鬼の鉄の剣をボロボロにしたのを。そして他ならぬフレデリカの鋼の鞘を圧し折ったことも。サリーには申し訳ないが彼女以上に良い仕事をするかもしれない。
「アンドリューを訪ねてみよう。どうだろう、ルクレツィア?」
「あたしは、良い剣さえ手に入ればそれで良いさ」
話はこうして決まった。ロッシ中隊長が簡単な地図を書いてくれた。ここは元王都。広大で入り組んでいる。
「ありがとうございます、ロッシ中隊長」
フレデリカが礼を言うがルクレツィアは言わない。
「こら、お前もお礼を言いなさい」
「ありがとう、中隊長のおじさん」
「おじさんは余計だな」
ロッシ中隊長が笑って言った。
「あら、中隊長のおじさんって好意的に感じて良いと思いますよ」
カティアが言うとロッシ中隊長は顔を真っ赤にして頭を搔いて軽く笑っていた。
フレデリカとルクレツィアは外に出た。
処刑された王族の首が晒されていた中央広場にはもうそれらは無かった。民が行き交っている。中には赤鬼の仲間もいた。
髪の色は違うが、二人は年の離れた姉妹のように並んで鍛冶師アンドリューの工房へ足を進めた。
アンドリューの工房は奥まった表通りの東にあった。地図が無ければ工房だとすら分からなかっただろう。何も表札も無く、壁は薄汚れていてみすぼらしい建物だった。
フレデリカが扉を叩いた。
「アンドリュー殿、御在宅か?」
「何の用だ?」
中から面倒くさそうに男の声が応じた。
「剣を見せていただきたい」
「入りな」
フレデリカがドアノブを回して入ると、中は薄い煙が充満していた。煙草のにおいだ。
「ちょっと、臭いんだけど」
ルクレツィアが一歩引いて言った。
「悪いな、休憩中だったんだよ」
アンドリューはイスに座り、テーブルに脚を乗せていた。青いバンダナをし、無精ひげの生えた中年の男だった。不機嫌そうな面構えをしていた。
「そこらに展示してあるから気に入ったのがあれば持ってきな。と言っても、国が徴収していったから殆ど残って無いが」
「窓開けて良い?」
ルクレツィアも不機嫌そうに言った。
「仕方のない奴だ。ご勝手に」
投げやりにアンドリューが応じる。
フレデリカも剣の冴えを見るには煙が邪魔だと思っていたので、二人で店中の窓を開けて回った。
煙が薄くなる。確かにアンドリューの言う通り、展示されている武器は少なかった。剣に槍にハルバート、あのオースティンが持っていた戟もあった。ルクレツィアは目を輝かせて剣に跳び付いた。
フレデリカもオースティンの持っていた戟を見ようとしたが、アンドリューに呼び止められた。
「お姉さんの武器、見せてくれないか?」
「構わないが」
フレデリカがクレイモアーを見せると、アンドリューは受け取り、しげしげと眺めてやがて言った。
「サリーの作だな」
思わぬ言葉にフレデリカは驚いた。
「サリーさんを御存知か?」
「俺の妹弟子だよ。師はサリーの親父だがな。あいつ、なかなか良い仕事するようになったな。ありがとう」
急に機嫌を良くしてアンドリューは剣を返してきた。
「あいつは俺と違って真っ直ぐな奴だったからな、だから真っ直ぐな仕事をしてくれる。それは良い出来だ」
「おじさんと、今のサリーさんならどっちが良い仕事をするの?」
ルクレツィアが尋ねた。
「どっちもどっちってとこだな。俺が追いついたのかサリーが追いついたのかは知らねぇが。お嬢さん、両手持ちの剣をお探しかい? 若いが腕の筋肉がなかなかだ」
アンドリューはそう言うと、鉤のついた棒を取り出して、天井に向けた。フレデリカも今気づいたが、天井にフックがあった。
アンドリューが棒を引っ掻け、引っ張ると、狭い階段が下りてきた。
「上には並の戦士には扱えないものがある。趣味で打ったものだが、もしかすれば、お望みの品があるかもしれねぇ。ランタンだ。見て来て良いぞ」
アンドリューが火のついたランタンをフレデリカに渡した。
「あたしらを上に閉じ込めようだなんて考えて無いだろうね?」
ルクレツィアが用心深く言うとアンドリューは笑ってかぶりを振った。
ランタンを受け取ると、フレデリカを先頭に二人は階段を軋ませて上へと行った。
そこは勿論暗かったが、剣や槍などの影がランタンの灯りに照らされる度に動いた。なるほどと、フレデリカは思った。並の武器よりも極端に刃が長い物、重くどっしりした物が置かれていた。
「悔しいけど、ここのはあたしには持ちあがらないわ」
一通り化け物じみた武器の類を見物し終えた時だった。
「これ」
ルクレツィアがとある武器を抱えて来た。両手持ちの剣だった。グレイトソード系列の武器になるだろうか。
「あったろ、お嬢さん?」
下からアンドリューの声が聴こえた。
「うん! あった! あったよ! これなら良いよ、フレデリカ!」
渡されその手応えのある重さに僅かに圧倒されつつ上げ下げした。フレデリカの物よりも重い。刃が厚いのだ。赤鬼団長の物には遠く及ばないが、それでも女の腕でこれを扱えるというのは頼もしい。
ルクレツィアは上機嫌で階段を下って来た。後にフレデリカが続く。二人が下りると、アンドリューは両手で階段を放り返した。階段は引っ込み、そのままフック以外遜色の無い天井となった。
「おじさん、これ幾ら?」
「やるよ」
「は?」
ルクレツィアが間の抜けた声を出した。
「買い手が付かない品物だし、俺が趣味で打った物だ。値段なんか無い。俺が気に入った奴に譲る以外に渡す手段はない」
「良いの、ただで?」
「そう言ってるぞ。さぁ、もう行け、俺も仕事を始めなきゃな。サリーに負けない仕事をな」
アンドリューは煙草を灰皿に押し付けると、こちらを振り返らず奥の扉に向かって行った。
「おじさん、ありがとね!」
その背にルクレツィアが声を掛けると、工房の主は右手を上げて応じて扉の向こうへと消えて行った。
「フレデリカ! これなら、あんたから一本取れそうな気がする!」
いつになく楽し気で興奮気味にルクレツィアが言った。
「簡単には負けられないな。だが、良かったな、非売品を手に入れたんだ。大切に使うんだぞ」
「言われなくても」
ルクレツィアは鉄の鞘に収まった剣に頬ずりしていた。
フレデリカは苦笑し、そして二人はアンドリューの工房を後にしたのであった。