ハイバリー陥落
外も内も制圧したというのに王城前に集った兵士達は強固な抵抗を崩す様子は見せなかった。
こちら側は馬から下り、一戦交えている。ローランドは負傷した正規兵らと入れ替わり、前線へ飛び出した。
「守れ守れ! 一歩もここを通すな!」
敵陣の中軍、といっても五十人にも満たない。その鬼気迫る軍勢を指揮しているのが一人の老兵だった。凄まじいハルバートの唸りにこちらの兵は臆し、地団太を踏んでいる。
フレデリカとルクレツィアがどうにか討とうと足掻いていたが、後方から飛ぶ狙い撃ちの矢に苦戦していた。
老兵は名はあるのだろうか。ここまで勇猛な男を死なせるには惜しい。ハイバリーにも人物は居たのだ。本当に惜しい。
「これは時間稼ぎだな。各隊、城の外を見張れ! 王が脱出しているかもしれない!」
リョウカクの声に老兵が目を見開いた。図星だ。
リョウカクは歩んで行くと、一人目の兵士と剣を交えたが、凄まじい横合いからの斬撃に敵兵は首を失い、よろよろと血を噴き上げて斃れた。
「王陛下は中にいる!」
老兵が声を上げるが、兵士を次々斬り殺しながら迫るリョウカクと剣を交えた。
「中だろうが外だろうが、必ず見つけ出して始末する」
「ぬうううっ! させぬ! させぬぞおおおっ!」
老兵がハルバートを突き出す。リョウカクは身を避け、老兵の懐に飛び込んだ。
あっと思った瞬間には老兵の首は空高く舞い上がっていた。
唖然とするのは残る五名まで減った敵兵だった。周囲を見回し不利を悟ると喉を斬らずに剣を投げ捨てた。単に老兵に扇動されただけに過ぎないということだ。無駄な血が流れた。ローランドは次の指示を待った。
「城へ突入せよ。王やその家族が隠れ潜んでいるやもしれん。それと隠し通路の存在も片隅に留めて置け」
兵らは返事をして城の中へと飛び込んで行った。
「リョウカク殿、王族をどのようにするおつもりですか?」
ローランドは城へ赴く前に聖雪騎士団に守られたリョウカクに尋ねた。
「上から下まで始末する」
リョウカクは底冷えするような声と眼光で言った。
ローランドは頷き、城へと入った。
2
真紅の絨毯には金色の刺繡が施されている。それがずっと伸び、両脇にはいくつもの扉があって、正規兵や赤鬼傭兵団員が確認していた。
ローランドは侍女に乱暴を働こうとした正規兵を三人見つけた。
「何やってんだ?」
ローランドが問うと正規兵らはうっとうしそうに応じた。
「お前には関係無いだろう」
正規兵の一人が応じた。
侍女は金色の長い髪をしていた。歳は十六ぐらいだろう。まだ大人になったばかりじゃないか。
「その娘を渡しな」
ローランドが言う。正規兵らは剣を抜いた。
「無駄な血が流れるが仕方が無い」
ローランドは踏み込んだ。そして力いっぱい剣を薙いだ。抵抗する間も与えず三つの首が飛んだ。
「キャー!」
侍女が声を上げたのでローランドはその口を押さえた。
「みんな殺気立ってるんだ。そういう魅力的な声は上げないほうが良い。城から出ようか」
「は、はい」
侍女は頷き、ローランドの後に続いた。
城から出るとそこにリョウカクらはいた。
「ローランド、その娘は何だ?」
リョウカクが問う。
「あんたの躾のなってない兵士に襲われかけていた。この子は関係ない。逃がしてやっても良いだろう?」
ローランドが問うとリョウカクは馬から下り、サーディスの紛い物を思わせる黒い甲冑を鳴らして近付いてきた。
「女、名は?」
リョウカクの問いに侍女は答えない。
リョウカクは平手打ちした。
「何するんだ!」
ローランドは驚いて女を背に庇った。
「ローランド、お前の雇い主は?」
リョウカクが冷めた声で尋ねた。
「ロイトガル国王陛下だ」
「その国王陛下の代理として私は赴いている。私の邪魔をするということは王命と契約に背くことになるぞ。傭兵」
「分かっている。だが、乱暴しないでくれ」
ローランドが退くと、リョウカク、いや、ローランドは、彼の正体を知っている。ブリック王は剣先を侍女に突き付けた。侍女は震えていた。
「綺麗な身なりだ。侍女の姿がまるで似合っていない。女、お前、姫だな?」
その問いにローランドは寒気が走るのを感じた。
「止めろ! リョウカク!」
だが、遅かった。リョウカクの剣は疾風の如く動き女の首を刎ねていた。
たった今まで生きていた首と胴体が無造作に倒れ転がる。
「ミティスティ、この首を市井へ晒せ」
姫の首を足で押さえてリョウカクが言った。
「はっ」
腰を下げ首を掴んだミティスティは部下に命じて町へ走らせた。
「ローランド、甘いな」
「くそ!」
ローランドは膝を屈し、無念で石畳を叩いた。
「これが王者の道だ」
背後から言われた。ブリック王のやったことは正しいのだ。敵の恨みを買わぬために王族は全て処刑する。または姫と婚姻を結んで、ハイバリーの血を残して民を慰撫する。リョウカクは、非情なるブリック王は王者として前者を選んだ。
そして戦も総仕上げだった。城の中に隠し通路はあったが、姫同様に変装していた国王や王族を土壇場で裏切った貴族らが捕らえて差し出してきた。
ローランドは故郷の一つの終わりを見届ける義務を感じた。
翌日、市井には台が設けられ、王や王族の無念や恐慌をきたした表情の首が並べられた。
太守には土壇場で裏切った貴族が就くことになった。その貴族がどんな奴なのかは興味はない。ただ、ハイバリーの長い歴史が幕を閉じた。ローランドにはそのことと、助けられなかった姫への無念が心に残ったのだった。
そして最後まで抗ったテトラは解放された。あれからずっとカイと死闘を演じていたのだ。自らの馬に跨り再び流浪の将となるだろう。姫を助けずテトラを助けた。何故だろうか。王は戦を半分遊びだと考えているのでは無いだろうか。自分を脅かす脅威が少しだけ、良いスパイスとなって胸を躍らせるのだろう。アナグマがこうも調子に乗って良いものだろうか。いつか痛い目を見る。俺も、王も。
ローランドは首を見物に来ていた民衆の背後から去って行った。