ハイバリー攻略戦3
前進、薙ぎ倒し、斬り殺し、前進。
ロイトガルの兵らは陣形を崩すことなく、まるで規則正しい動きで一歩ずつ進んで行った。
この頃にはリョウカクの策略で、赤鬼にある言葉を叫ばせていた。
「傭兵団月影! この状況をどう見る!? 我らにつかぬか!? 今なら、多大なる恩賞を約束しよう!」
俄かに慌ただしくなったのは赤鬼傭兵団の目の前だった。攻撃の手が休まり、敵がそれぞれ顔を見合わせている。
士気はロイトガルが高い。勢いもある。月影に義理堅い者は前線に居座り、百名ほどがこちらへ背を向けた。
かつての仲間同士が打ち合っている。フレデリカの隣でルクレツィアは驚いていた。
「どうしてこんな簡単に裏切られるの!?」
「殆どの傭兵は金のために戦っているからだ。命も惜しいだろう」
フレデリカが答えるとルクレツィアは尋ねた。
「赤鬼は!? ねぇ、ここはどうなの!?」
必死な顔だった。それだけ大義がこの少女の域を抜けたばかりの女性には重要なのだろう。
「赤鬼傭兵団は、ロイトガル王国の大陸に平穏と安寧を齎すための挙兵に最初から最後まで付き合う。お前はどうする? 来るか?」
「行くわ! 戦いを終わらせる方法が戦いしか無いなら戦うだけよ!」
月影と元月影の戦いは熾烈を極めていた。今の今まで味方同士で、仲良くずっと歩んで来たのだ。この結末は残酷過ぎる。だが、おかげで兵力を広げることができた。
フレデリカとルクレツィアは中隊長ロッシの指示で元月影の隣に新たに陣列を繋げた。
そして剣を振るう。さながら半包囲状態の月影らは次々討ち取られていった。
ルクレツィアの強烈な大上段からの一撃が敵の傭兵の兜を割り顔を半ばで引き裂いた。
彼女の剣の才と膂力は大したものだ。こうして馬上でも戦っている。股で鞍を挟み、二つの手で剣を操っている。
押している。ロイトガルが押している。その証拠に城壁上の矢が勢いを落とさずに届いてくる。馬鎧に当たり跳ね返る。
「盾が欲しいか?」
「要らない! 必要ないもの!」
フレデリカが問うとルクレツィアは剣を振るって矢を弾き返した。
フレデリカは軽く瞠目し、思った。似たような場面を思い出す。
サーディス。居るな? 彼女はお前からの贈りものか?
フレデリカは咆哮を上げて次々敵を馬上で斬り伏せた。
「右翼の敵が降伏しました!」
伝令の声が聴こえた。その声に敵勢は色を失った。
「シャンとせい! オースティンの団長の意志を継ぐのは我々だ! 我々が生きている限り月影は不滅! 裏切り者どもを敵もろとも撃滅せい!」
気骨のある者もいるようだ。残り五十にも満たない月影の中で声を上げた男を見て、ルクレツィアが剣を鞘に収め、長弓を構えた。筋肉が弦をしならせる。しかし、彼女の音痴な腕では当たらないだろう。フレデリカはそう思った。
矢が真っ直ぐ、頭領代理へ飛び、その頭を兜ごと射貫いた。
「どうよ! 見た!?」
「見た。見事だ」
フレデリカは少々度肝を抜かれる思いだった。
新たな頭目になりつつある男を失い、月影は完全にロイトガルに鞍替えした。
ハイバリーの正規兵の横を背後を元月影と赤鬼の軍勢が包囲する。
凄まじいほどの矢が降り注いで来る。
「怖くないか?」
フレデリカが問うとルクレツィアは応じた。
「死ぬときは死ぬよ。今はまだそのときじゃないみたい」
実際、ハイバリーの兵を囲むために無防備な側面と背面を城壁上の弓兵に向けるのは勇気が必要だった。無防備な背に矢が突き立ち倒れる者も続出する。
「ラムはまだか!?」
誰かが泡を食ったように尋ねる。
「今、左翼側から回らせているらしい!」
その声を聴き、フレデリカとルクレツィアは頷いた。以心伝心。攻城兵器の護衛に向かうのだ。さもなきゃ戦は終わらない。
二人は馬を飛ばした。正規兵隊が車輪の付いたラムを引っ張っていた。後は長梯子がたくさん運ばれてくる。千人ほどの列だ。フレデリカとルクレツィアは矢面に立ちながら、自ら矢を射た。フレデリカの心眼は研ぎ澄まされ、一人、二人と、城壁上の弓兵を射落とした。ルクレツィアは先ほどの冴えはどこへやら、見当違いの方へ飛んで行った。
「ルクレツィア、胴構えだ。半身を動かさないようにしろ」
「分かった!」
ルクレツィアはそれだけ聴くと次に放った矢は城壁上の敵勢の中へ吸い込まれた。フレデリカは矢を放ちながらルクレツィア自身が弓矢の軌道修正を心掛けているのを見た。襲って来る矢に怯むことなく飄々と矢を構え、放つ。
ラムが門扉の前に着くと、兵士らは破城鎚を下げて動かした。力と勢いの乗った鎚は頑強な門扉を揺るがせた。だが、その間にも矢による狙い撃ちが続いていた。フレデリカとルクレツィアは、今度は剣で矢を弾き返し、ラムを動かしている正規兵を守った。
野戦に出ている敵勢はもう千五百ほどだ。聖雪騎士団が側面を衝いている。
ラムの衝突する低く重い音が轟く中、援軍も見込めない敵勢は意気を失い、次々降伏していっている。
「こんな国のためにあたしの家族は!」
ルクレツィアが矢を弾き返しながら吼えた。
「おおい! 門が破れるぞ!」
声が聴こえ、一際大きな音を上げて門扉が左右に開いた。
「それ、突入! 狙うはハイバリー王の首ただ一つ!」
正規兵らがラムを捨て中へと踏み込んでゆく。
中は城下町だった。人はいない。全てが家屋の中で身を縮めて戦争が終わるのを待っているのだろう。
ローランドは複雑な思いだろうな。だが、これでハイバリーとの争いも無くなる。
フレデリカとルクレツィアも馬で門を潜る。
城壁上の兵は既に制圧され、投降していた。
「城へ進め! 王侯貴族を縄で括って手柄とせよ!」
いつの間にかリョウカクがミティスティの聖雪騎士団を従えて入って来た。
「言われなくてもそうするわよ!」
ルクレツィアが言い返し、馬を駆けさせる。フレデリカも後を追った。