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傭兵譚  作者: Lance
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ロッシ中隊長物語

 俺の名はロッシ。赤鬼傭兵団の中隊長を任せられている。三十七歳。十七の頃から赤鬼傭兵団に属するこの道、二十年の大ベテランだ。

 なのに。

「勝負あり! ローランドの勝ち!」

「勝負あり! フレデリカの勝ち!」

「勝負あり! カティアの勝ち!」

「ロッシ中隊長は本当に弱いなぁ」

「中隊長、しっかりしてくださいよ」

 と、まぁ、模擬戦で新人どもに連敗する始末。挙句の果てには俺が何分でやられるか賭ける奴まで出て来る。俺は、俺は、決して弱くは無いのにな。あの新人どもも、他の連中も強すぎるんだよ!

 おまけに、赤鬼団長から、面倒な経理や雑務を色々命じられて、身体を鍛える暇もない。これじゃあ、どんどん他の連中に遅れを取るだけじゃないか!

「頼むぞ、ロッシ」

 赤鬼団長はこういう時だけ神妙な顔をする。ズルい。

 戦の時なんて、俺の命令をみんな聴き流すくせに、赤鬼団長の号令には背筋を伸ばす始末。こうして今日も俺はロイトガルに提出する書類を酒場でお茶を啜りながら一人処理して行く。書類の山が俺の仇敵だ。

「ロッシ中隊長、やり方教えてくだされば手伝いますよ」

 新人だが威厳たっぷり実力ばっちり、身体むっちりのカティア姐さんが顔を出した。

「さすが姐さん、頼みます」

 カティアさんを姐さんと付けるのは、年上であって実力もあるからだ。俺はそんな姐さんに憧れていた。

「ロッシ中隊長、ここは?」

「ああ、そこはですね、こうしてこう書いてくれれば良いですから」

「ありがと」

 カティア姐さんが微笑む。ああ、こんな奇麗なのに剣の鬼。高嶺の花だよな。

 時は改めて。

「だが、今日、俺は決意した。カティア姐さんに告白する」

「お、マジですか! 頑張って下さいね!」

 カイがいたのを忘れていた。

「ああ、頑張るぞ!」

 この日のために買うことになったエメラルドの首飾りを、カティア姐さんは喜んでくれるだろうか。

 カティア姐さんはカウンターで書き物をしている。

「隣よろしいですか?」

 俺はさり気ない風を装って尋ねる。

「どうぞ」

 カティア姐さんはいつもどおり微笑んでくれた。

「手紙ですか?」

「ええ」

 誰宛の手紙だろうか。カティア姐さんは故郷を失っているはずだ。俺の背筋をヒヤリとした汗が流れる。

「こ、恋人ですか?」

 問うとカティア姐さんは頬を紅くし、頷いた。

「そうでしたか。いやぁ、姐さんほどの美人を恋人にもてるなんて相手はどんな幸せな奴だろうか、本当に羨ましい。ハハハ。治安維持活動行ってきます」

 外に出ると昼過ぎの太陽が同情するように俺を照らしてくれた。

 良いんだ、世の中、女じゃない。俺には相棒の、鉄砕棒さえあればそれで良い。この棍棒と赤鬼団長だけが俺の二十年を知っている。

 俺は出番では無かったが、カティア姐さんの魅力に当てられ、変な気を起こす前に外へ逃げてきた。逃げた? そう、逃げたんだ……。

「逃げてばっかりの人生じゃないのになぁ。いつだって俺は勇敢に敵へと立ち向かった。まぁ、神様なんか、どうせ俺のことをその他一人にしか思って無いんだろうよ」

 肩を落として歩いて行くと老人に出会った。

「こら! 兵隊がそんな気弱な格好で歩くでない! シャンとせい!」

「は、はいっ!」

 俺は慌てて背を正した。

 老人は満足そうに去って行った。くそぉ、俺はロッシ様だぞ、中隊長だぞ。

「兵隊さん、大変です!」

 歩いて行くと、俺を正規兵と勘違いした若者に出会った。若者は酷く慌てている様子だった。

「どうしたんだ?」

「酔っ払いです! 酔っ払いが暴れてます!」

 何だ、その程度で。と、思ったが、治安維持に出てるんだった。

「面倒だが行くか」

 若者に案内されて行くと酔っ払いが大きな身体に似合う手斧を振り回していた。

「酒だ! 金だ! どっちも持ってこい!」

 酔っ払いはそう叫び、左手で抱えている人質を見せ付けた。可愛そうに年の頃は二十歳ぐらいだろう。だが娘は泣いてはいなかった。

「皆さん、私ごとこの愚か者を討って下さい!」

 娘が叫んだ。

 その言葉を聴き、俺の正義の傭兵魂に火が着いた。

「酒も、金もやらん! 今なら禁固五日で留めて置いてやる! 大人しく娘さんを放せ!」

 俺が叫ぶとギャラリーはヒソヒソ話し合っていた。

「あの人で大丈夫かな」

「あの人斬られるんじゃねぇか」

 ええい! そんなに俺が頼りないか、皆の衆!

 その時、悪党の手を噛み、娘が脱出したと、思ったら転んだ。

「このアマ!」

 悪党が斧を振り下ろす。

 神速の動きで俺は間に合った。武器と武器がぶつかり合う。傭兵やってて良かったよ。最近雑務で練度不足だけど。

「おおっ! 飛び込んだぞ!」

 ギャラリーが湧き出す。

「黙らんかあああっ! これは見世物ではない!」

 俺は一喝したが、ギャラリーは白熱するばかり。何で誰も俺の言うことを聴いてくれないんだろう。トホホ。

「この野郎、ぶっ殺す!」

「うるせぇ! 傭兵を舐めるな!」

 俺は鉄砕棒で軽々と大きいだけの男を押し返すと、その腹めがけて殴りつけた。

「うぐおおっ!?」

 男は倒れて泡を吹いた。

「現行犯だ。貴様を逮捕する!」

 俺が言うとギャラリーから拍手が送られてきた。ちょっと嬉しい。

 縄で男を縛っていると人質だった娘がやって来た。

「危ないところをありがとうございました」

 茶色の髪を首もとで切り揃えた可愛い娘だった。つぶらな緑色の瞳に通った鼻筋、薄い唇。更に可愛くなれる素質が充分にある。もう八歳ぐらい大人だったら俺は求婚を申し込んだろう。世の中そういかないのがまさにこの俺なんだけどな。彼女は他の賢く勇敢な男に譲ってやろう。

「お名前をお聞かせ願えませんか?」

 娘が言う。

「なぁに、名乗るほどの者じゃありません。お怪我が無いようならこれで。仕事なので。そら、立て! 詰所へ連行する!」

 正気を取り戻したが後の祭りだ。男は渋々俺に従い連行されたのだった。

 俺の名はロッシ。赤鬼傭兵団の中隊長。よく覚えて置くように。

 エメラルドの首飾りもいつか渡せる相手ができれば良いなぁ。何て締まりのない終わり方をするのも神に憎まれている俺らしい終わり方だ。

 アデュー!

「完!」

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