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傭兵譚  作者: Lance
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赤鬼の真骨頂

 ローランドは戻って来ない。今はどの辺りだろうか。カティアは彼が僚友として、弟と自分の戦友として好きだった。そんな中、戦は悠長には待ってくれない。今度は斥候が持ち帰った情報だが、ハイバリーの軍勢が国境から少し離れた場所に砦を建設しているという。

 リョウカクは赤鬼傭兵団に敵の砦を破壊するように命令を下した。挑発行為もあったがそれは相手にはしなかった。敵は業を煮やしたというところだろうか。

 勝算があるから駆り立てるのだ。ローランドもいない。カティアは不安を覚えた。

 正規兵は本国から送られてこられず、千にも満たない。聖雪騎士団が守備に就き、赤鬼傭兵団だけが出るという形になりつつあるが、その赤鬼傭兵団も先の月影傭兵団との戦いで十五名もの犠牲を払った。

「赤鬼傭兵団! 行くぞ!」

 怒号する赤鬼。その手には間に合わせの大きめのメイスが握られている。まずは先発隊として三百五十騎が出立する。残りは攻城兵器を引いて来ることになった。

 前線へ着くと、矢の雨が出迎えた。

「このまま突撃せい!」

 赤鬼が命令を叫び、馬上のカティア達はランスを脇に抱えるチャージランスをするように得物を突き出し、一直線に敵弓兵部隊へ迫った。矢が一直線に飛び、鋭い音を上げてカティアの隣を掠める。運の悪かった同僚らはここで矢玉を受けて落馬した。

 前方弓兵隊が慌てて散開する。二つに分かれ、尚も矢を射てくる。

「相手にするな! 砦を破壊しに行くぞ!」

 赤鬼の声が轟き、傭兵団はそのまま駆け抜け、原野の敵領へと踏み入った。

 やがて見えてきた。そこで赤鬼もカティアも誰もが瞠目し、声を上げた。

 砦は石組で強固な仕上がりだった。予想以上に本格的な造りで、これを破壊するには攻城兵器が必要であった。だが、まだ先鋒を蹴散らしていないので後続は追いついては来ない。おそらくは様子を見ているのだ。野戦の中、堂々と攻城兵器を運ぶことなどできやしない。そうこうしている内に、背後の弓兵と、左右から様子を伺っていた敵兵部隊が一気に襲って来た。

「団長、ご命令を!」

 ロッシ中隊長が声を上げ、一同は赤鬼を見た。敵はぐんぐん距離を狭めてくる。カティアには赤鬼団長が退却を叫べない理由が分かった。軍馬達だ。行軍で疲弊しきっている。左右の敵は騎兵だ。逃げ切れるものではない。

「砦を奪え!」

 赤鬼が号令を下した。

 援兵を請うしか道は無いか。だが、これは厳しい戦いになるぞ。カティアはそう思い、馬を走らせ同僚の後に続いた。

 そこで驚くべきことが待っていた。砦は正面しか出来上がっていなかったのである。

 もはや、逃げる術は塞がれた。

 今日という今日は赤鬼傭兵団は全滅を覚悟した。

 左右の敵とぶつかった。

「意気を上げろ!」

 赤鬼が鼓舞する。

 剣戟の音が殺到し、赤鬼傭兵団は背を向けあい、下りた軍馬を真ん中に大きな円陣を組んだ。

 カティアは剣を突き出し、刺し、直したばかりのソードブレイカーで防御した。

 敵は四層になるほどの大人数だった。正面で退路を塞ぐ弓兵隊を合わせても兵力は倍を超えている。

「力を合わせて乗り切るのだ!」

 赤鬼が再び大音声を上げる。

 ハイバリーは弱兵だが、数が多い。裂いても薙いでも次々新手が現れる。

「お姉さん、みーつけた」

 前方で嘲笑うように声が上がり、見れば、月影傭兵団の噛みつきゴッセルがそこにいた。ただし、失ったはずの右腕の先には尖った刃を備えた義手を身に着けている。

「来い、噛みつき!」

「ひゃあー! 喜んで!」

 ゴッセルが跳躍し長剣を振るってくる。カティアは頭上から一撃を受けた。これは私の因縁だ。私以外に買わせるわけにはいかない。

 カティアはサーベルを次々繰り出すが、ゴッセルも片手剣で軽々あしらってくる。

「戦鬼、こんなものか? お前の腕を落として俺が慰めてやるよ!」

 ゴッセルが義手を素早くこちらへ向けた。瞬間、義手の刃が矢の如く飛んだ。

 カティアは目を見開いて辛うじて弾き返した。

「ちっ、奥の手が」

 ゴッセルが悔しそうに言葉を漏らす。

 カティアは剣を振るった。

 ゴッセルが剣で受け止めようとした瞬間、カティアは左手のソードブレイカーで敵の刃をノコギリ刃に挟んだ。

 そして力いっぱい、回転させた。敵の長剣は折れ曲がりひびが入った。

「こうでなければ、俺は強い女が好きだぜ!」

 ゴッセルが剣を放した。

 歯をカチカチ鳴らし、両手を広げている。丸腰のようでそうでもない。奴には噛みつきという武器がある。

 ゴッセルが踏み込む、カティアは剣を突き出した。が、ゴッセルはタイミングをずらしてカティアに跳び付いた。

 カティアの身体は地面に押し倒された。

「戦鬼とこういう形になれるとは興奮するぜ。生かしておきたいが、そうもいかん!」

 ゴッセルが大口を開いた。振り下ろされる。首に傷みを覚えた。だが、それ以上、力は入って来なかった。顔越しに見るゴッセルは目を瞬かせていた。次の瞬間ゴッセルは引き剝がされた。

「はい、そこまで」

 そこにはローランドが立っていた。

「ローランド!」

 カティアは噛みつかれた首を押さえた。ローランドがサーベルを渡す。

「く、あと少しというのに邪魔を!」

 ゴッセルは兵の中に紛れて見えなくなった。

 カティアは凄まじい音を聴いた。大地が鳴動するほどの地を穿つ音を。

「見て見な」

 ローランドに言われ見ると、赤鬼団長が一人、巨大な剣を振るって敵陣に穴を開けていた。

「間に合ったのだな?」

「そうなるかな。首は消毒した方が良いな」

 戦況は一変していた。

 赤鬼団長が敵の陣列を一人で総崩れにさせた。囲んでいたはずの敵も遠巻きに地鳴りに怯えていた。

「団長だけじゃない! 俺達もいるぞ! 赤鬼傭兵団! 突撃!」

 ロッシ中隊長が声を上げると、あちこちで息を吹き返したような声が飛び交い、目の前の敵兵へ殺到した。

「カティア、行こう!」

「ええ!」

 ローランドと並んでカティアも敵兵へ躍り込んだ。

 地面が次々鳴り響く中、敵の悲鳴も木霊し、亡骸は大地の上で揺れていた。

 ローランドもカティアも夢中で敵を切り伏せた。不意にローランドを見て、聖銀騎士団のオズワルドのことを思い出していた。帰ったら手紙を出そう。まだ、私のことを好いていてくれれば良いが。

 背後で勝鬨が上がった。

 赤鬼が二メートルの巨剣を掲げ上げ、それは陽光によく煌めいた。残った敵兵は突然の勝鬨で泡を食い、また、赤鬼の威光を恐れて慌てて退却して行った。

「大きな剣だ」

 カティアは思わずそう呟いた。

「夜叉討ちって言うんだぜ」

 ローランドが隣で応じた。

 この日の勝利の立役者は剣を運んできたローランドということになりそうだったが、ローランドが、「かみさんが急ぐように言ったんだ」というと、ローランドの奥方の名前、サリーの名を叫び傭兵達は狂喜乱舞し、切り揃えられた石を積み上げただけの張りぼての砦を破壊して帰った。軽傷の者はいたが、誰も欠けることが無かった。

「ローランド、お前の奥方は我々に幸運を齎した戦女神だな」

 赤鬼が剣を担いで現れ上機嫌にそう言った。

「俺の女神だよ。誰にも渡さないよ」

 ローランドは笑って応えた。

 カティアは噛みつきゴッセルに噛まれた傷に、ロッシ中隊長から渡された軟膏を塗りながら、奇跡的な勝利の余韻から早くも覚めていた。戦はこれで終わったわけでは無いのだ。彼女は虚空を見上げ、一人、サーベルを掲げたのであった。

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