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傭兵譚  作者: Lance
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戦場を離れて

 ローランドは馬上の人となり、休む時は馬を休ませたが、ほとんど野宿で済ませた。

 季節は夏も近い。だが、この地方はさほど暖かくならなかった。それでも、植物は育つ。青々とした草葉を踏み締めながらローランドは新しい故郷へと急ぐ。サリーのお腹の子供はどうだろうか。楽しみなことばかりが待っているような気がした。

 六日後、ローランドはペケ村へ辿り着いた。

 久々の軍馬の登場に村人達は色めき立って歓迎した。ローランドは赤鬼傭兵団。赤鬼傭兵団は村の家族そのものだ。

「ローランド!」

 アルバート老人が名を呼んだ。身体は簡素な鎧に身を固め、手には槍を持っていた。

「アルバートさん、憲兵に復帰なさったのか?」

「ああ、この村の皆さんには世話になっているからな。それにこの村にいるだけで力が若返るような気がしてな」

 ローランドには次々質問が浴びせられた。

 三つほど丁寧に答えると、アルバート夫人が現れ、解放してくれた。

 ローランドは自分の家の扉を叩いた。

「誰だい?」

「あなたを一番愛しているつもりの人だよ」

 ローランドが応えると扉が開き、サリーが抱き着いてきた。

「つもりってなんだい。私の方はずっとあんたを愛してるよ」

「悪かった」

 サリーは離れた。お腹が大きくなっている。

「生まれそうか?」

「まだだよ、気が早いね」

 サリーは笑った後、少し真面目な顔をして尋ねてきた。

「何があったんだい?」

「赤鬼団長の剣が無惨な姿になってね。新しい剣をサリーに打って欲しいそうだ」

「お金は?」

「国に請求してくれ」

「国が支払うのかい?」

「赤鬼傭兵団はロイトガルの私兵みたいなものだから、払ってくれるよ。さもなきゃ、連絡をくれ。俺が金を運ばせる」

 サリーは頷いた。

「それでどんな物をご希望なんだい?」

「紙とペンはあるか?」

 ローランドが言い、サリーが渡した。絵の下手なローランドが描いても想定外だったらしい。大きく膨れ上がった刃の隣に二メートルと付け加えるとサリーは仰天した。

「赤鬼団長の噂は聴いてたけど、そんなにかい!?」

「そんなにだよ」

 ローランドが言うとサリーはニヤリと頼もしい笑みを浮かべた。

「この分だと、あんたと愛せる夜は無さそうだね」

 その言葉にローランドはガクリとした。

「こればっかりは集中してやらせてもらうよ」

「分かった、よろしく頼むよ」

 サリーがはりきって用意を始める中、ローランドは柵で囲まれたベッドで寝ているアドニスを見て微笑んだ。

 外に出ると、さっそくカイの家を訪ねた。

「プラティアナさん、ローランドだ」

 扉が開き、プラティアナはニコリと微笑んだ。

「お久しぶりですね」

「そうだな。子供は元気かい?」

「ええ、あの通り」

 指さした方を見ると、カイとプラティアナの子供キラはこちらを見て笑顔を浮かべた。ローランドも笑顔を返した。

「夫はどうでしょうか?」

 プラティアナが尋ねて来る。当然の質問だ。

「カイは、サーディス流の免許皆伝をもらったよ」

 その言葉を聴きプラティアナはパッと表情を輝かせた。

「カイはメキメキ腕を上げてるよ。赤鬼傭兵団の立派な戦力だ。俺も危ないところを助けられた。まだまだ成長する」

 ローランドの言葉にプラティアナは頷き頷き微笑んだ。

「御師匠様は元気ですか?」

「ああ、フレデリカも勿論元気だよ」

「良かったです」

 プラティアナは胸を撫で下ろした様子だった。その視線がローランドの腰に注がれた。見れば、腰の皮袋からペケサンが顔を出していた。

「まぁ、ペケサン」

「知ってたの?」

「ええ、村の中でも巣を作りますから。ペケ村の名前の由来だそうですよ。ロイトガル王国の守護獣だということですね」

「らしいね」

 ペケサンは袋から飛び出るとローランドの肩まで駆け上がった。

「可愛いですね」

 その後、しばし談笑してローランドはカイの家を後にした。

 村では憲兵に復帰したアルバート老人が子供を集めて槍の特訓をしていた。アルバート夫婦がここを気に入ってくれたことにローランドは安堵した。サリーの工房に戻ると鎚を振るう音が聴こえてきた。彼女の奇麗な歌声も。

 ローランドはアドニスが起きたので、ペケサンと遊ばせた。ペケサンもアドニスを可愛がるように、早足で周囲をいったり来たりした。アドニスはハイハイしペケサンを捕まえようと躍起になっていた。

 夕暮れ、工房からの鎚の音が止まず、料理をしようかと思っていると、アルバート夫人が訪ねてきた。夫人は包みを差し出してきた。

「サリーはご飯作れないだろうからね」

 それは夕食だった。アドニス用の離乳食も作ってある。

「ありがとうございます」

 ローランドが言うとアルバート夫人は言った。

「最近、国から受注が多くてサリーはあんまり寝てないみたいなんだよ。だから仕事が終わったら全力で褒めてあげるんだよ」

「そうします」

 ローランドが応じるとアルバート夫人は「じゃあね」と言って去って行った。

 ローランドはクルミをペケサンに与え、アドニスを抱きかかえて、ドロドロの離乳食を食べさせていた。アドニスは好き嫌いすることなくスプーンにかぶりついた。これは将来が楽しみだな。ローランドは息子の頭を撫でたのだった。

「起きなよ、旦那さん」

 不意にそう声を掛けられた。あれから一週間、サリーの鎚はついに止まったのだった。

「終わったか?」

「ああ、全く、骨が折れたよ」

 工房に見に行くとそこには長く広く膨れ上がった巨大な刃を持った両手持ちの剣が横たえられていた。刃はピカピカに研がれていた。

「鬼の傭兵団に鬼殺しは縁起が悪いから、命名するなら夜叉討ちってところだね」

「夜叉討ちか」

 ローランドはそう言うとサリーに向き直った。

「何だい?」

 ローランドは無言で抱き着いた。

「ははは、全く、甘えたいのは私の方なんだけどね」

 サリーが苦笑する。

「ありがとう、サリー。これからも愛してる」

「うん。その言葉が聴きたかった」

 そう言うとサリーはローランドの背をバシリと叩いた。

「あんたはもう戻りな。赤鬼団長も見合った武器が無ければ心細いだろう」

「そうだね。そうするよ」

 ローランドは村の男衆に手伝って貰って、鋼でできた巨剣、夜叉討ちを荷馬車に積み込んだ。

 サリーが、抱えられたアドニスが、プラティアナとキラ、アルバート夫妻、村の皆が見送りに出てきた。

「頑張ってきな」

 サリーが言った。

「分かった」

 御者台のローランドは妻と目を合わせた後に一同に言った。

「大陸に必ず平和を! 家族をよろしくお願いします!」

 異口同音に承諾と歓迎の声が聴こえた。

「それじゃあ。はっ!」

 ローランドは馬に鞭を入れた。

 こうしてローランドはペケ村から再び旅立ったのであった。

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