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傭兵譚  作者: Lance
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赤鬼窮地

 敵を裂きながらフレデリカは休むも間もなく剣を振るう。鎧を打ち壊し、骨を断つにはかなりの膂力を必要としていた。しかも、敵の傭兵団はハイバリーの正規兵と比べて練度が見違えるほど上だった。

 たった一人の敵に時間をかける程、戦線は有利ではない。総勢五百対五百の戦力は伯仲している。

 こちらの古強者達が次々斃れる。

 フレデリカはこの戦を有利に終わらせるすべを考えた。

 その結果、一つだけ浮かんだ。敵の頭目を潰すことだ。乱戦の中、同僚と鉢合わせた。

「フレデリカ、無事だったか」

「今のところはな」

「俺達も平和ボケしてしまっていたのかもな! お前は死ぬなよ!」

 傭兵は敵の新手目掛けて襲い掛かって行った。

 フレデリカは、敵の頭目を探した。大地に突き刺さる月とそれを三分の一ほど覆い隠す雲の旌旗は、まるで敵を鼓舞するかのように存在を主張し大きくはためていていた。

 突如、敵兵が四方に飛んで行った。

 中心には赤鬼団長の姿があった。

「オースティン出て来い!」

 赤鬼が怒号する。

「赤鬼、ロイトガルの犬め! お前の傭兵団を潰させてもらう!」

 戟を手にした馬上の戦士が姿を見せた。敵は馬から下りると同じく徒歩の赤鬼に迫った。

 戟が風切り音を上げて赤鬼を襲う。赤鬼はその巨剣で受け止めた。

「老いぼれめ、まだまだ力はあるようだな」

 オースティンが言った。

「舐めてもらっては困る」

 赤鬼は咆哮を上げた。オースティンも鬼気迫る表情で競り合った。

「赤鬼団長! その敵は私が!」

 フレデリカが駆け付けると赤鬼はかぶりを振って呻いた。

「団長同士の威信を懸けた戦いだ。これは譲ってはやれん。ぬぅん!」

 赤鬼が剣を突き上げた。月影傭兵団長オースティンは流されずに体勢を盤石にする。敵もやるものだ。

 赤鬼が旋風、いや暴風を巻き上げて剣を薙いだがオースティンは戟でしっかり受け止めた。生半可な武器なら真っ二つになるだろうが、オースティンの戟は耐えた。

「うちのお抱え名工が打った一品だ。そう簡単には砕けんよ。赤鬼、貴様のでかいだけのは出来栄えはどうかな?」

「作者に自信は無いが、この分厚い刃を破れるものなら、破ってみせい!」

「その意気や良し! 遠慮なくぶった切らせて貰うぜ!」

 再び団長同士の得物が激突した。

 フレデリカは「あっ」と声を上げた。敵の月牙が赤鬼団長の巨剣に食い込んでいた。あの赤鬼団長の武器がこうも容易く傷つけられるとは。

「どうだ、赤鬼! そのまま剣を破壊した後、お前の首を討たせてもらおう!」

 オースティンの素早く力強い打ち込みが始まった。目標は赤鬼の巨剣。巨剣は打ち合う度、破片を散らした。

 何てことだ。最強だと思っていた赤鬼団長がこうも追い込まれるとは! だが、赤鬼は大切な屋台骨だ。赤鬼無くして赤鬼傭兵団は無い! フレデリカは飛び出した。

「赤鬼団長に代わり、私が相手になろう!」

 フレデリカが声を上げると、赤鬼は鉄の棒のように成り果てた自分の剣を見て応じた。

「フレデリカ、油断するな」

「心得ております。いざっ!」

 フレデリカは疾駆し、敵と打ち合った。

 火花が飛び、鋼の音色が轟いた。

「良い剣だな。だが、腕前はどうかな」

 オースティンは戟を薙いだ。

 フレデリカは離れた。オースティンは戟を振りながら迫る。牽制しつつこちらの隙を伺っている。

 戟の間合いを詰められずにいるフレデリカだが、片手に鋼の鞘を持って、戟を受け止めた。

「何っ!?」

 オースティンが瞠目した瞬間には鞘は圧し折れ、フレデリカは懐へ飛び込んでいた。

「はあっ!」

 全てを込めた一撃はオースティンの首を落とした。

「ほぉ」

 赤鬼もまた驚いたように言う。フレデリカも討ちながら茫然としていた。血の海に沈む首を失った胴体。転がる、目を見開いたままのオースティンの首。フレデリカは歩むとオースティンの首を掲げ上げた。

「月影傭兵団! 団長オースティンの首は私が討ったぞ!」

 フレデリカの大音声に周囲で次々剣戟の音が止む。

「オースティンがやられた!?」

「その通り! オースティンは討った!」

 赤鬼が轟雷のような声を上げた。

 退却のラッパがそこら中で鳴り響き、主を失った月影傭兵団は退散していった。

「お主には礼を言わねばな、フレデリカ」

「いいえ、団長。それよりも、剣を新たに手に入れる方が先決です。ペケ村にローランドの奥方がいます。凄腕の鍛冶師です。彼女ならどんな鋼にも負けないあなた好みの鋼の剣を打ってくれるでしょう」

「そうだな、戻り次第、誰ぞ派遣しよう」

 傭兵達が集ってくる。

「赤鬼団長、その剣は!?」

 あの鉄の塊とも思えた巨剣が見るも無残な姿になっていることに誰もが驚きを隠せなかった。

 程なくしてローランドとカイ、カティアとロッシ中隊長が戻って来た。

 四人とも同じく、剣の様子に言葉を失っていた。

「ローランド、お主に頼みがある」

 赤鬼が言った。

「剣だな、うちのかみさんなら良いのを作ってくれる」

「うむ、では、御苦労だが、今すぐにでも発ってくれ」

 赤鬼が言うとローランドは表情を綻ばせた。愛する妻と会えるのだから無理もない。

 フレデリカはプラティアナとキラに会いたかったが、それは夫であり父でもあるカイの方が強いに決まっている。カイは赤鬼傭兵団の主軸だ。そこまで成長した。そう簡単に戦線を離れさせるわけにもいかないのだ。赤鬼団長も無意識のうちに頼っている。

「ローランド、馬を」

 ロッシ中隊長が下りて馬をローランドに渡した。

「少し離れるけど、その間に全滅するなよ。すぐに戻って来る! はっ!」

 こうしてローランドは馬上の人となり、フレデリカらの視界から去って行った。

「さて、犠牲となった者達を弔おうぞ」

 赤鬼が静かに言い、誰もがこの戦いで何人かの同志であり僚友が、志半ばで散っていったことを思い出した様子だった。傭兵らは遺骸を回収するため、数人で、静かになった戦場へそれぞれの方角へ歩んで行ったのだった。

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