戦鬼
この統一性の無い鎧兜を身に着けた者達は同業者だとカティアも気付いた。そして剣を合わせて分かる。ハイバリーの正規兵よりも手強い。
新しい剣は手に馴染んだ。腕が地面に落ちる。敵の傭兵が悲鳴を上げる。カティアはもう一本の腕目掛けてサーベルを振るった。戦意を失った敵の腕がもう一本落ちた。
もがき苦しむ敵の傭兵を見ながら、斬るとはこれほど便利な動作だったのかとカティアは気付いたのだった。
「こ、これ以上は戦えない!」
両腕を失った傭兵が尻もちをついてカティアを見上げる。
「そうだな」
カティアは剣を振るった。敵の首が飛んだ。鮮血を噴き出し胴体が倒れる。
今までの堅苦しい戦い方ともおさらばだ。カティアは勇躍して敵兵の中へと舞い降りる。
サーベルと大振りのソードブレイカーがたちまち鮮血を巻き散らす。まるで生まれ変わったかのような戦い方にカティアは愉悦を覚えていた。血肉が吹き飛ぶ戦い方を私は覚えたのだ。
傭兵が斬りかかって来る。
カティアは避けて、薙いだ。傭兵の革の鎧がぱっくり割れた。そしてそこから盛大に血の霧を噴き出し、敵は断末魔の声を上げて倒れた。
死体が倒れ行くその向こうにこちらをジッと見詰める顔があった。
左目に黒い眼帯をした荒くれもの風の男だった。手にしているのは両手持ちの剣で血に塗れていた。
まさか!?
見れば、そいつの傍には見知った同僚の亡骸が五体転がっていた。
「貴様」
カティアは自分の心を一気に怒りが支配するのを感じた。
「手応えはある連中だった。さすが赤鬼傭兵団。しかし、お前みたいな奇麗な姉ちゃんも所属しているとはな。そのデカい胸にむしゃぶりつきたいぜ」
荒くれ傭兵は笑い声を上げると、目を冷徹に光らせた。
「私が勝ったら、二度とそんな下種な考えができぬように、貴様の性器を斬り落としてやる」
「俺のは固いぜ」
「安心しろ、ノコギリ刃で、苦しみ呻きながら斬り落としてやる」
戦場の声が聴こえる。どこかでカイの咆哮が聴こえた。剣の打ち合う音。一際大きな断末魔が響いた瞬間だった。カティアは地を蹴った。
剣は空を斬った。慌てるカティアの下に巨体を潜らせ、敵の荒くれは刃を薙いだ。カティアはソードブレイカーで辛くも受け止めたが、その剛力の前に思わず吹き飛んでいた。
起き上がり、確認する。大振りの自慢だったソードブレイカーは折れ曲がっていた。
「膂力だけはあるようだ」
カティアはそれでもまだ使いようのあるソードブレイカーを手にし、サーベルを前に構え、敵の到来を待った。
「お前が吹き飛んだ瞬間、胸が揺れてるのを想像して興奮したぜ」
相手は歩んで来た。
「変態め」
相手が突撃してきた。大上段に剣を構え、振り下ろす。カティアは避けた。地が穿たれ、軽く揺れたような気がした。薙ぎ払いが襲う。カティアは屈んで避けた。そして飛び出そうとした瞬間、相手は素早く剣を戻し突いてきた。
凶刃がカティアの革鎧を掠めた。戦慄はしなかった。相手の体格と見た目のわりに動作が速いことに感心した。だが、それでもいずれは金属鎧を着ることを考えずにはいられなかった。もっとも、多くの場合、鎧もまた役には立たないが。結局は避けるしか無いのだ。
「カティア姐さん!」
中隊長ロッシが馬で駆け付けて来た。
カティアは手で制した。
「五人やられた。こいつの所業を私がここまでにする」
「ちっ、五人も!」
ロッシが背中で舌打ちした。
「荒くれ、行くぞ!」
カティアはそう言うと素早く踏み込み荒くれの眼前に迫った。
突き出した刃を荒くれは避けたが、続いて殴りつけたソードブレイカーは籠手で受け止めた。紙一重だった。右腕でだったら落とせただろう。左右の腕を器用に扱えるのがカティアの強みだ。カティアは再びサーベルを突き出した。荒くれは咆哮を上げながら片手で握った剣で防御した。
カティアは競り合った。右も左も両方とも、力を込めた。荒くれは表情を憤怒に変え、歯を剥き出して、カティアの首筋に噛みつこうとした。
カティアは慌てて競り合いを止めて引っ込んだ。
「まさか、噛んで来るとは」
ロッシ中隊長が後ろで言った。
「私も驚いた」
カティアが言うと、ロッシ中隊長が声を上げた。
「お前まさか、噛みつきゴッセルか!?」
「誰だいそいつは?」
カティアが問う。
「傭兵界でそこそこ名のある奴さ。打つ手が無くなると相手の首筋に噛みついて動脈を食い千切って勝利を得る、モンスターだ」
「ハッハッハ、そうさ、モンスター、噛みつきゴッセルとは俺のことだ。実際、あんたみたいな美人を死なせたくはない。むしろ抱きたい。だが、そうも言ってられないほど、あんたもやるようだな、ご婦人」
ゴッセルは歯を三度噛んで軽快な音を立て不気味な演出をして見せた。
「カティア姐さん、ここは二人掛かりで畳んじまおう。こいつは危険だ」
「心配いらないロッシ中隊長。あなたは西の戦線で戦っていた戦鬼の名前を知ってるかい?」
「聖銀騎士団と共に名声を上げている傭兵が確か戦鬼だったと噂は聴いているが、まさか」
カティアは微笑んだ。
「フフッ」
「まさか、カティア姐さんあんたのことか!?」
驚くロッシ中隊長にこちらもまた驚きながら笑みを浮かべるゴッセルがいた。
「名のある傭兵とあれば話は別だ。ご婦人、いや、戦鬼、あんたの血を飲みたくなってきた」
「変質者め、成敗してくれる」
カティアは剣を突き出すと、下段に構え、突進した。
振り上げられた剣をゴッセルは避け、カティアの背後に剣を振るう。カティアはソードブレイカーで受け止め、身を捻り、サーベルを振り下ろした。
ゴッセルは、首筋を狙った必殺の一撃だった、ゴッセルは攻撃を中断し右手を放してカティアのサーベルを籠手で受け止めたが、刃は革製の分厚い籠手を破り、腕を斬り落とした。
「ちっ!?」
ゴッセルは力任せに離れた。左手を振るい、ソードブレイカーを跳ね上げた。
「自分の血でも飲んでいろ」
カティアが言うとゴッセルは深手だというのに不敵に微笑んだ。
「やるな、戦鬼。この借りはいずれ返すぜ!」
退却のラッパが鳴った。
傭兵団月影は一目散に背を向けて退いて行った。
「追うな!」
赤鬼団長の声が遠雷の如く聴こえて来た。
こうして戦は終わったのであった。