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傭兵譚  作者: Lance
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ペケサン

 それは待機中の時のカイの何気ない一言で始まった。

「なぁ、マスター。この店、潜るペケサン亭って名前だけど、ペケサンって何だ?」

 カイが問うと、傭兵らが答えた。

「そうか、西の奴らはペケサンを知らないからな」

「だから知りたいんだよ」

 カイが言うと、中隊長のロッシが立ち上がった。

「ペケサンは神獣と呼ばれている生き物で、ロイトガルでは守護してくれる神の化身として崇められているんだよ」

 ロッシは戦場では無骨な鈍器を振るう中隊長だが、痩せていて普段はどこか優男風の印象があった。

「カイとフレデリカ、あとはカティア姐さんにはペケサンの愛らしい姿を見せてやりたいな。ローランドお前はペケサンを見たことはあるか?」

「人形で」

 ローランドが応じた。

「だったらお前もついてい来い。生ペケサンを拝ませてやるよ」

 こうしてペケサン探索隊は治安維持と傭兵への勧誘の仕事を放り出して出立した。

 馬の足音だとペケサンは出て来ないそうだ。ペケサンとは、穴の中に暮らしているらしい。まるでこの国のようだとフレデリカは思った。

 簡素な旅支度を整え、街道から逸れた森の中へと入って行く。

 久々の本格的な息抜きにカイは喜んでいた。

「やっぱり、ペケペケッって鳴くのか? それともペッペケーか?」

 カイが尋ねるとロッシは微笑んだ。

「残念、ペケサンは鳴かないんだ」

 森の中で野宿し、フレデリカもまた久しぶりの旅の空気を楽しめていた。

 野宿は細やかな賑わいに包まれていた。ロッシ中隊長も話せば面白い人だった。

 朝まで眠り、起きると久々に身体が痛んだ。固い地面で寝たからだ。

 食後、ロッシ中隊長を先頭に茂みを掻き分け、歩いて行くと、突然、ロッシ中隊長が止まるように合図した。

 何事だろうか。耳を澄ますと聴こえた。小さな音だが、落ち葉を踏んでいる音が聴こえた。

 ロッシ中隊長は足を潜めて自分だけ歩んで行った。

「こいつは酷い。ペケサンだ」

 ロッシ中隊長が茂みの先を見て行った。フレデリカらも遠慮なく近付いて行くと、そこには一匹の胴の長い小さな獣がもがいてた。狩猟用のクマのハサミに小さな後足が挟まっている。

 砂色のネズミのようなペケサンの、目は黒くつぶらな瞳だった。

「全く、東方連合ではペケサンを崇める風習は無い様だな」

「ハイバリーでもそうだったよ」

 ローランドが言った。

「ペケサンの串肉とか普通に売ってるぜ」

「そうか。まぁ、ペケサンも可愛いが、それは牛も豚も鶏にも言えることだからな、他国のことに関しては何とも意見はしないが、この場は助けてやっても良いだろう?」

 ロッシ中隊長が尋ねると、ローランドは頷いた。

「そうと決まれば」

 ロッシ中隊長がペケサンに近付くとペケサンは更にもがいた。

「大丈夫だよ、ペケサン、俺達は助けに来たんだ」

 だが、ロッシ中隊長ではクマのハサミを解除できなかった。凄く力が要るらしい。

 ローランドが進み出てロッシ中隊長の反対側でハサミに手を掛けた。物凄い力で閉じられているようでローランドが呻いて全力を出さねばハサミを押し広げることはできなかったようだ。

 途端に勢い良くペケサンは飛び出して行った。そして少し離れた場所で前足を使い懸命に穴を彫り始めていた。爪が鋭く力も思ったよりも強いらしい。ペケサンはあっという間に土の山の反対側にできた穴に飛び込んでしまった。

「見たろ、今のが生ペケサンだ」

 ロッシ中隊長が言った。

 その時だった。

 粗雑な音がし、軽装姿の何者かが不用心に姿を現し、こちらとしばしお見合いした後、剣を抜いた。

「ロイトガル!」

 その声だけで分かった。

「ハイバリーか!?」

 ロッシ中隊長が応じ長く太いメイスを手にする。

 敵は十人ほどいた。

「それ、やっちまえ!」

 ハイバリー側が声を上げる。

「出会ったもんは仕方が無い、こちらも応戦だ!」

 ロッシ中隊長が飛び出し一人と武器を打ち合った。

 フレデリカ達も続いた。

 ハイバリーは偵察に来たのだろう。それとも以前のように後方都市を炎上させるつもりなのだろうか。

 カイ、ローランド、カティアも剣を交えた。

 だが、今回は少数精鋭で来たらしく、ハイバリー側もなかなか斬らせてくれない。そのうち、人数の差でフレデリカらは追い詰められていった。

「運が無かったな」

 ハイバリーの頭目が言った。

 その時だった。頭目の目が見開かれた。

「お手伝いしましょう」

 声がし、振り返ると、砂色のワンピースを着た若く線の細い女が手に短剣を持って歩んで来た。前髪が長く目が隠れていた。

「何人増えようが同じことだ! 畳め!」

 ハイバリーの戦士が襲い掛かってくる。

「俺達は赤鬼傭兵団だぞ! そう簡単にやらせるか! お前らの首を土産話の種にさせてもらう!」

 ロッシ中隊長が打ち込んだ。

 フレデリカも剣を交え、右から、左から剣を振るったが、木が邪魔で上手く戦えなかった。

 カイもローランドも苦戦している。片手剣のカティアだけは敵を圧倒し、一人仕留めていた。しかし、驚いたのは謎の女性の方だった。影を残し駆け、跋扈し、木を巧みに利用し、頭上からあるいは下段から次々敵兵の喉へ刃を突き立てていた。

「強い」

 ローランドが声を漏らした。

「退け! 退け!」

 ハイバリー側が声を上げた。残った二人は逃げ始めた。

「追うな、道に迷う!」

「だけど!」

 ロッシ中隊長が声を上げたが、カイが不服そうに応じた。だが、その隣を謎の女性は滑るように疾走した。

 程なくして森の先の方から二つの断末魔の声が上がった。

 一同は驚いて顔を見合わせた。

 歩んで行くと、逃げ出したハイバリーの兵二人が喉を切り裂かれ自分の血の中で事切れていた。

「すごいな、あの人がやったのか」

 ローランドが言い、フレデリカらは礼を言おうと思ったが、女性の姿はどこにも無かった。

「うおっと!?」

 カイが足を上げる。その下を一匹のペケサンが物凄い早さで駆けて行った。

「何はともあれ、勝てたな」

 ロッシ中隊長が言った。

「あの女は何者だ?」

 カティアが問う。

「格好は変だが狩人だったのかもしれないぜ」

 ローランドが言い、そこで謎の女性への議論は終わった。

 こうしてペケサン見学ツアーは終わったのであった。

 報せが上まで届き、赤鬼傭兵団には新たに付近の哨戒と言う仕事が発生したのであった。

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