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傭兵譚  作者: Lance
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フレデリカ

 カイにサーディス流の免許皆伝を告げた。カイは大喜びした。彼は強くなりたいと思っている。どこまでも果てしなく。カイは赤鬼団長を引っ張り出して、郊外で剣術の手解きを受けていた。

 フレデリカはまばらに残った同僚らとは離れた場所に席を移し、一人茶を啜りながら考え事をしていた。リョウカクのことである。人に惚れられた経験はない。初めてのことだ。だが、リョウカクは駄目だ。どうしても坊やのように思えてしまうし、どこか得体の知れない部分を隠し持っている。フレデリカには頑なに見せないよう努力しているようだが、フレデリカにはその片鱗が見えていた。

 そんなリョウカクは先の戦では先陣の先頭を行くという無謀ぶりを見せた。フレデリカに良いところを見せようと必死なのだろう。だが、あれでは大将失格だ。リョウカクは正規軍の将。つまり大将なのだ。その大将が先に突っ走る。味方勢を鼓舞する意味合いもあったかもしれないが、フレデリカは、好きにはなれなかった。

 彼を好きになれない理由は年齢差や、得体の知れなさだけではない。後方都市で暴動が起きた際、鎮圧にあたったリョウカクは、関わった者達の遺体を十字架に磔にし、腐臭を発して尚も町の中心に展示していたという。不気味な男だ。少しどこかが歪んでいる。フレデリカはそう思っていた。もし、私がリョウカクの伴侶になればそんな性根を変えることができるだろうか。いや、結ばれるつもりはない。

 フレデリカは腰を上げると、クレイモアーを腰に提げて外へ出て行った。



 2



 ハイバリーとは痛み分けという状態である。民はそのことを知らない。だが、連合が落とされた際もここの民は移ろい行く時世に身を任せたままだった。例えハイバリーが支配しても義憤などは起こさぬだろう。リョウカクの政治手腕は特に民に恩恵を齎せるものでも無かった。そのまま連合が課していた税率のままにしている。一方、スラム街などの貧しい人々のことは何処でもそうだがまるで無視している。

 フレデリカは路地裏の静かないつもの場所に来ると、素振りを始めた。目の前に、今では仲間内では有名なあの流浪の将テトラが前にいると想定して剣を振るったり引いたりしている。

「フレデリカ殿」

 来るとは思ってはいた。無視するわけにもいかず、手を休めて応じる。

「リョウカク殿」

 リョウカクは一人では無かった。少し離れたところに聖雪騎士団長ミティスティがいる。ミティスティ程奇麗な女性に何故リョウカクは惹かれないのだろうか。フレデリカはミティスティに向かって一礼した。相手も返礼する。

「鍛錬に精が出ますね」

 リョウカクが微笑んで言った。その笑みの下には何かどす黒い感情が隠れていることをフレデリカは見抜いていた。

「斃したい相手ができましたので」

「貴女のような素晴らしい剣士にそのような敵が?」

 おべっかを使って白々しいことを言う。

「元連合の軍閥の一人テトラです。今はハイバリーに味方しているようで、ローランドらも手合わせしましたが、勝てずにいます」

「ローランドでも駄目でしたか」

 リョウカクは腕組みした。

「もし、私がテトラを討ち取ったら、あなたはどうして下さいますか?」

 リョウカクは口元は微笑んでいたが、まるで蛇のように睨み付けて来た。

「どう?」

「ええ、フレデリカ殿、強い男は好きですか」

 強い男。脳裏を黒衣の師の姿が過ぎって行く。サーディスは笑っていた。「どうした、坊やに口説かれる寸前だぞ」

「強い男は好きですが、無謀な男は嫌いです。先の大戦でのあなたの行動は大将として相応しくありませんでした。正直失望しています」

 フレデリカは思い切って告げた。リョウカクの微笑みが徐々に強張り、目が冷たくなった。

「あれは兵を鼓舞しようと」

「言い訳は通用しません。あなたは戦士であり政治家。本国から派遣された貴重な人材です。東方戦線を影から支えるのが本来の仕事のはず。それを少し強いからと言って軽はずみに戦に出る必要などありません。出るならば大将として後ろでどっしり構えているべきです。それができぬうちならリョウカク殿、あなたはまだまだ子供だ」

「こ、子供……フレデリカ殿、あなたは私を子供だと?」

 怒りの震えを帯びたリョウカクにフレデリカは頷いて見せた。

「フレデリカ殿、言いすぎです!」

 ミティスティが駆けて来た。

「誰が出て来いと言った!」

 リョウカクは怒声を張り上げ、ミティスティを睨んだ。

「申し訳ありません」

 ミティスティは謝罪したがリョウカクはその頬を打った。ミティスティがよろめく。

「ミティスティ殿!」

 フレデリカは思わず声を上げた。

「私は大丈夫です。ただ、フレデリカ殿、少々、言葉が過ぎましょう」

「それは失礼した」

 フレデリカはリョウカクに頭を下げた。

「ですが、怒りに任せてか弱い女性を打つなど、リョウカク殿、それこそがあなたが子供である証です」

 フレデリカが言うとリョウカクはまるで憎悪に顔を歪めて声を上げた。

「ならば! 私はどうすれば良い!? 私を成長させてくれるのは、フレデリカ、あなたの母性しかない! 私はあなたが好きだ! その胸に顔を埋めたい!」

 リョウカクが飛び込んで来た。

 フレデリカは反射的に押し返した。リョウカクは尻もちをついた。

「フレデリカ」

 リョウカクは驚きの顔から徐々に泣き顔になった。

「リョウカク殿、私ではあなたを救えません。あなたを思っている方はもっと身近に居られるのではないですか? 気付いていない振りをするのはもうお止めになられてその方にこそ、愛を乞うべきです」

 フレデリカはミティスティを見てそう言った。ミティスティの方は真剣な顔をしていた。

「失礼します」

 フレデリカは背を向けた。

「フレデリカ!」

 リョウカクの悲痛な声が届く。

「聴け、フレデリカ! 私はこの国の」

「いけません、リョウカク殿!」

 リョウカクの大音声をミティスティが止めた。

 フレデリカはミティスティが打たれはしないか不安だったが、歩み出した。子供の遊びに付き合っている暇はない。戦場でリョウカクは黒衣だった。同じ黒衣のサーディスとはまるで違う、蓋を開けてみればただの血気盛んな坊やだ。

 リョウカクがフレデリカの名を狂ったように叫んでいるが、フレデリカは振り返ることなくその場を後にしたのであった。

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