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傭兵譚  作者: Lance
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対面

 小都市連合は既にロイトガルの手に落ちていた。小規模ながら騎兵が得意な国だったという。しかし、市井の人々には笑顔の暮らしぶりが見える。カティアは少しだけ驚いた。主君が変わっても暴君でなければこんなものか。

 賑わう大通りを歩く。赤鬼傭兵団がいるはずなのだ。そこにはフレデリカだっている。カティアは答えが出せないままでいた。ペケ村の人々を悲しませたくはない。だが、フレデリカは弟の仇。しかし、仔細がありそうだった。わけを聴いてからでも遅くはあるまい。新品のサーベルはまだ手に馴染んでいない。バロンから習った御貴族様剣術が未だに腕と勘に染み付いている。

 赤鬼傭兵団はどこだろうか。酒場か。それとも宿舎でも貸し与えられているのだろうか。

 カティアは巡回の若い兵士を見つけた。

「お聴きしたいことがあるのだが」

 カティアが言うと自分から見ればまだ子供に見える若い兵士が顔を真っ赤にして、カティアの革鎧越しの豊満な双丘を見ていた。

「尋ねたいことが」

「あ、はい、何なりと」

 兵士は混乱気味に敬礼した。

「赤鬼傭兵団はどこに?」

「赤鬼さんなら酒場です。潜るペケサン亭という酒場です。道は――」

 カティアは歩き始めた。教えられた道通りに行くと、潜るペケサン亭と記された大きな酒場があった。

 潜ると、人気は無かった。

「いらっしゃい」

 カティアよりも年上の店主が声を掛けてきた。

「お客さん、美人だね」

「御世辞をありがとう。赤鬼傭兵団はここにいますか?」

「ああ、いるよ」

 店主が頷いた時だった。真紅の鎧に身を包んだ、長い金髪の女性が歩んで来た。自分より数歳下に見える。奇麗な顔だが腰には両手持ちの剣が鉄の鞘に収まっていた。

 カティアは咄嗟に判断した。こいつがフレデリカかもしれない。

「我が傭兵団に御用のようですか?」

 相手は低い声で尋ねてきた。

「入団を希望したくて西から来た。ロイトガルの聖銀騎士団の騎士からの推薦状もある」

 オズワルドがカティアのために書いてくれたものである。純朴なオズワルドはカティアがすんなりと傭兵団へ入れるよう手配してくれたのだ。

 だが、女は差し出された書状を受け取らなかった。

「推薦状など無くても、あなたが凄まじい修羅の道で磨いてきた剣の腕前は何となく伝わって来る」

 凄まじい修羅の道。そうだ、その通り。村から連れ去られた時から私の修羅の道は始まっている。それをこの目の前の女を殺すことで終わらせることはできないだろう。もう骨の髄まで傭兵だ。

「赤鬼傭兵団のフレデリカと申します」

 相手が名乗った瞬間、カティアの脳裏に迷いが浮かんだ。今の一瞬で斬撃を浴びせるつもりだった。ずっと、ずっと、サーディスを殺したフレデリカを見つけたらそうするつもりであった。

「カティアだ」

 カティアは辛うじて名乗った。

「カティア殿か、おそらく団長は歓迎するだろう。夜にでも訪ねて来られれば皆いるはずだ」

 カティアは頷いた。

 フレデリカが背を向けた。そこに向かって彼女は声を上げていた。

「あなたがフレデリカ・アローザ!? サーディスを殺した!?」

 フレデリカは驚愕に目を見開いてこちらへ向き直った。

「何故、サーディスを殺したの?」

 その問いにフレデリカは表情を徐々に平静なものに戻して応じた。

「そうだ、私がフレデリカ・アローザ。サーディスを殺したのも事実だ。あなたはサーディスの知り合いなのか?」

「姉だ」

 その言葉にフレデリカは再び瞠目した。

「何故、殺した? 弟を何故?」

 カティアの静かな問いには怒りも非難も無い。純粋にわけを知りたかった。

「サーディスの姉君だったか。サーディスは私の師だった。彼は私をサーディス自身を殺せる戦士として育て上げた」

「サーディス自身を殺せる?」

「ああ。サーディスは不治の病だった。そして死に場所を戦場とし、敵として私の前に立ちはだかった」

 フレデリカの憂うような瞳を見てカティアの小さな怒りは収まった。フレデリカの顔が物語っている。辛かったと。

「分かった。もう良い」

 カティアは年下のフレデリカが暗い表情をすることが耐え切れなかった。それにサーディス自身が死を選んだのだ。フレデリカは嘘は言っていないと信じられる。

「ごめんなさい」

 フレデリカはそう謝罪した。

「もう良い、わけは分かった。ペケ村でお前の弟子にも会った。サーディスの意志を継いでくれているんだろう?」

「ええ」

 フレデリカは頷いた。

 ペケ村に寄らなければ、門番やキラの若い母親や女鍛冶職人のサリーに会わなければ、こう穏やかにはいかなかったはずだ。カティアは弟を奪った神を憎み、また導きに感謝もした。

「カティア殿、私は弟子にサーディスの教えを授けました。もう未練はありません。討って下さっても構いません」

 その言葉にカティアは少々不機嫌になった。

「甘ったれるな、フレデリカ! ここで私に討たれてサーディスが喜ぶと思うか? 死ぬなら戦って戦場で死ね!」

 彼女の檄にフレデリカはまた目を見開いた。

「許して下さるのですか?」

「それは、分からない……。だが、お前も苦しみ、サーディスの学んだことを弟子に授けて罪滅ぼしとしている。それだけは分かった。これからは私も赤鬼傭兵団だ。よろしく頼む」

 カティアが手を差し出すとフレデリカは握り返した。両手で包み込むように。

 その日の夜、カティアは赤鬼傭兵団への入団が決まった。赤鬼は初老だが、至って元気過ぎる程の豪放な男だった。彼の巨大な鈍器のような剣を見れば、鬼神のごとき強さを秘めていることを読むことも容易かった。

 カティアは、年齢が近かったり、少し年上だったりする酔った傭兵らに逢引きに誘われたが、一睨みで黙らせた。

「次は斬られるぞ。からかうのも程々にしておけ」

 戦場で中隊長の一人を任せられているロッシが言い、傭兵らはカティアの元から去り各々の席に戻って馬鹿話に花を咲かせていた。

 そんな中、こちらを見て微笑んでいる男の姿があった。

「カティア」

「ローランド!」

 思いもよらぬ再会だった。ローランドはサーディスの戦友で、サーディスの行方を教えてくれた恩人だった。

「まさか、こんな再会をするとは思わなかった」

 ローランドが歩み寄ってきた。

「それは私もだ」

 フレデリカに続いて、ローランド。神はこのような運命を仕向けて楽しんでいることだろう。

「おかげでサーディスの真実に辿り着くことができた」

 カティアが言うとローランドが口を開いた。

「フレデリカとは、もう?」

「ああ、全て聴かせてもらった。どうしようもなくなった弟が選んだ最期だ。フレデリカに礼は言えていないが、彼女には感謝しているかもしれない」

 カティアが言うとローランドは笑み浮かべた。

「そのうち許せるようになれる日が来るさ。フレデリカは素晴らしい女性だ」

「そうだな」

 カティアは頷く。弟の意志を継ぎ、弟子に授けている。その中でサーディスは生き続けているのだ。

「カティアを歓迎する。用意は良いか?」

 赤鬼が声を上げた。

 麦酒の入ったジョッキを渡され、傭兵らは微笑んだ。

「カティアに乾杯!」

「乾杯!」

 木杯が打ち付けられる音が響いたのだった。カティアは思った。ここは居心地が良い場所になるだろうと。

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