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傭兵譚  作者: Lance
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カティア

 レイピアは儚い音を立てて圧し折れた。やはり御貴族様の上品な武器だとカティアは僅かも怯む様子を見せず、左手のソードブレイカーで相手を切り裂いた。

 顔を裂かれ悲鳴を上げる相手を蹴倒し、馬乗りになり首にとどめをくれてやる。赤い血が広がった。その中で死体はただ痙攣する。カティアは自分の戦闘スタイルに限界を感じていた。突くのは得意だが、刺突用の武器は脆い。それに突く以外決め手に欠ける。

 斬る。カティアの脳裏にはこの言葉が浮かんだ。ソードブレイカーで実践済みだが、斬るという選択肢はとても便利だ。薙ぎ払いもできる。横合いから敵の首を刎ねることだって可能だ。

 その望みを叶えてくれる武器はなんだろうか。とりあえず、敵の持ち物であった使い込まれたロングソードを手にし、戦場に躍りまわる。カティアは戦鬼だ。この北国の傭兵となってから彼女は刺突のカティアの二つ名の他に戦鬼と呼ばれる様になった。

 共に戦う聖銀騎士団と敵を討滅すると、彼女は陣所へ引き上げた。

 ロイトガルは攻めの戦に転じるという噂があったが、噂だけであった。一度現地へ来れば分かる。兵力が足りないのだ。傭兵にも頼りきりで、守りの戦ばかりを展開している。未だ北のアナグマだ。

 カティアはロイトガルに正義を見つけたわけでは無い。ただ、弟の仇敵、フレデリカ・アローザがいるという噂を耳にしてやってきたのだ。

 今日も、聖銀騎士団のオズワルドとひっそりと褥を共にした。聖銀騎士団のオズワルドは三十代前半の青年だった。何かとカティアのサポートに回ってくれることが多く、彼女はオズワルドがこの年増の自分を好いていることを知った。

 ベッドで乱れ狂った後、カティアは分厚い毛布の下で尋ねた。

「オズワルド、フレデリカ・アローザという者を知っているか? 傭兵だ」

 オズワルドは古傷だらけの顔をしかめた。

「知っていたらどうするつもりだ?」

「……それは言えない」

 オズワルドは真面目な目でカティアを見詰めた後、言った。

「調べてくる」

「分かるの?」

「ああ。こちら側の傭兵団の名簿を副団長が持っていたはずだ」

「ありがとう」

「良いんだ。カティア、俺はあなたが好きだから」

 大きな身体を歩ませオズワルドは消えて行った。

 カティアは一人になって考えた。フレデリカがこのロイトガルにいたら、決闘はするが、オズワルドとの縁はそこまでだろう。カティアはオズワルドの優しさと孤独だと思っていた自分を慕ってくれる熱い思いに折り合いを付けねばならなかった。

 フレデリカ・アローザ。戦場で斬った斬られたは恨みっこなしだが、それでも私は……。

 一時間程してオズワルドが戻って来た。

「フレデリカは、東方面の対ハイバリー戦線の赤鬼傭兵団にいる」

 その言葉を聴き、カティアは思ったほど喜べなかった。ロイトガルお抱えの赤鬼傭兵団の団員を討ったとなれば国賊だ。オズワルドの元には戻れない。

「ねぇ、オズワルド」

「何だ、カティア」

 無骨な武人オズワルドは低い声で応じた。

 カティアは服に手を掛けた。

「最後にもう一度抱いて」

 オズワルドは頷くと近付いてきた。



 2



 カティアはロイトガルの傭兵を辞し、旅に出た。東方面へ。北へ向かえば王都があるが、そんな物には興味はない。裕福な連中を見て自分の腹が膨れるものか。

 細い街道を歩んで行く。そうして何日か村や町に泊まりながら進んで行くと、ペケ村という場所に着いた。

「傭兵かい?」

 門番が尋ねてきた。

「ああ。今は東を目指している」

「東に行けば赤鬼団長の傭兵団があるぞ。雇って貰いな」

 その言葉を聴きカティアは血が熱くなるのを感じた。

「赤鬼団長は強い。傭兵も五百人しかいなかったが、古強者ばかりだ。フレデリカとカイは元気かな」

「フレデリカ・アローザを知っているのか?」

「ここが彼女の新しい故郷、ペケ村だよ。ゆっくりしていきな。の前に」

 門番はカティアのベルトからぶら下がっている長剣を見て言った。

「これはもう駄目だろうな。サリーの店に寄ると良い」

「分かった」

 カティアは頷いていた。ここがフレデリカ・アローザの第二の故郷。華々しい騎士の位を捨てのどかな田舎を彼女は選んだのか。

 カティアは周囲を見回し、平和そのものの村内に感心すると同時に、ある心が湧いた。

 フレデリカに近しい、この村の者どもを討ち滅ぼせば、それこそ最大の復讐になるのではないか?

 だが、そんな思いは目の前を歩んで行く女の姿できれいに失せた。

 銀色の短い髪に赤いバラの髪飾りをしている。小さな子を抱え、優しく語り掛けながら、歩いている。目に止まったのは腰の長剣だ。

「何か御用ですか?」

 ゆっくりその背に近付いていたカティアは驚いた。私の気配を読んだ。

「この村で血生臭いことを起こそうとするのなら私が相手になりますよ」

 相手は振り返った。

 奇麗な若い女だった。口元に浮かべている笑みが意味していることは読めなかったが、言葉通りなのだろう。

「すまん、脅かすつもりは無かったんだ。職業病だ」

「分かります。私も傭兵ですから」

 女は応じた。

「今はこの子と一緒に旦那様と、御師匠様や赤鬼傭兵団の皆さんの帰りを待っている身ですが」

「可愛い子だな。名前は何と言うんだ?」

「キラです。お師匠様が名付けて下さいました。将来のサーディス流を継ぐ男の子になって欲しいと思っております」

 カティアは目を瞬かせた。

「サーディス流?」

「御師匠様の流派です。剣から心構えから色々ありますよ」

「あなたの御師匠の名は?」

「フレデリカ様です」

 カティアはただただ唖然とするばかりだった。どういうことかさっぱりだ。フレデリカはサーディスを殺したのではないか? なのに、サーディス流などという流派を教えている。どういうことだ。フレデリカとサーディスには何か関係があったのか? 例えば男女の仲のような。

「大丈夫ですか?」

 キラの母親が心配そうに尋ねてきた。

「ああ、いや、何でもない。そうだ、サリーの店というのはどこにあるか教えてもらえるか?」

「はい。サリーさんのお店なら……」

 キラの母親の声はカティアの頭の中を右から左へ抜けて行く。カティアはただひたすら、悩み抜いていた。フレデリカとサーディスの関係を。

「サーディス流とフレデリカ殿の関係を教えてもらえるか? 私はフレデリカ殿を探して東を目指しているんだ。名高いサーディス流を拝見するために」

 キラの母親はにこやかに頷いた。

「サーディス様はフレデリカ様の師です」

 では、何故、フレデリカはサーディスを討った!?

 茫然としながら礼を述べ、どうやって来たのかは知らないがサリーの店と書かれた看板の前に来ていた。

 どういうことだ?

 疑問と同時に復讐の炎が小さくなるのが彼女は恐ろしかった。復讐の炎を絶やすべきではない。彼女はそう強く念じながら店を潜った。

「いらっしゃい!」

 気風の良い声が聴こえ、カティアは慌てて現実に戻った。

「片手持ちの長剣を探している。突くことも斬ることもできる剣だ」

「お客さん、ソードブレイカーをお持ちなんだね。ずいぶん大振りのを選んだね」

「景気が良かったからな」

 カティアが答えると、サリーと思われる店主は面白そうに笑った。鍛冶師もしているのだろう。体格が良い。とくに肩と腕が。

「お客さんに合うのはこれなんかどうだい?」

 渡されたのはサーベルの類だが、持って眺めてもよく分かる。これは素晴らしい出来だ。

「これで良い。ありがとう。支払いを」

「もっとゆっくり選んで良いんだよ」

「良いんだ」

 カティアはそう言うと、初めてサリーが子供をおぶっている事に気付いた。子供は可愛く笑って手を振った。カティアも微笑んで手を振った。

 フレデリカを殺すということはこの村の人々を悲しませることになるのか……。

 ねぇ、サーディス。あなたは私にどうして欲しい?

 彼女はまた苦悩し出したのであった。

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