王の思い
剣と槍が交錯すること何合目か、ローランドは危うい場面を幾つも味わった。目の前の若武者の力と技量が羨ましかった。
サーディス、あんたなら勝てるか?
乱れて突き出された穂先をローランドは避ける。テトラは馬を進め、執拗に攻撃を加えてくる。
「手間取らせおって。ただの傭兵ではないようだな」
若武者が言った。
「元死神だよ」
ローランドはニヤリと笑みを浮かべ、槍と打ち合った。
「確かに、この程度では死神は務まらんな。喰らえ!」
素早い突きが襲う。ローランドは剣の寿命を縮めるのを恐れ、避けた。
勢い余って馬上で武者が体勢を崩した。
だが、ローランドはこの機会を活かせなかった。身体は強行軍で疲れ果て、思うように動いてくれない。息は乱れ、突っ伏したい状態だった。
「相当疲労しているようだな」
テトラが馬上で無表情で言った。
くそ、身体さえ動けば。何故、生き物には体力だの疲労だのがあるのだろうか。ローランドは忌々しく思いながらも、気合いを上げてテトラへ迫った。剣を突き出し、その甲冑にまずはヒビを入れてくれようと躍起になる。これが最後の戦いになるかもしれない。彼は覚悟を決めた。
テトラは素早い動作で全てを捌き切った。
終わりだ。
ローランドは片膝を付き、息を喘がせた。
「お前は及ばずながら全力で戦った。雇い主へも忠義を見せた。あの世では無下に扱われまい」
槍の穂先がローランドの首に当てられた。ヒヤリとする鉄の感触が伝わって来るかと思ったが、そんなことは無かった。ローランドは地面を睨み、首が落ちるのを待つしか無かった。
不意に風の唸りが轟いた。
鉄に鉄が衝突する音が聴こえ、地面に一つの矢が落ちた。
馬蹄が聴こえる。
「おっさん! 何、諦めてんだ! しっかりしろ!」
カイが馬に乗って駆け付けて来た。
「カイ」
「おっさん、少し休んでな。こいつを斃して俺が正義を証明して見せる」
「いつぞやの小僧か! 我こそが正義だ!」
「うるせぇ、正義は俺だ!」
カイとテトラが打ち合いを始めた。
「カイ、お前では勝てない」
ローランドは重い腰を上げた。
「赤鬼団長が言っていた、やってみなければ分からねぇだろう!」
片方が若き獅子ならもう片方は若き竜だ。俺はただのロートルのローランド。だがな、ロートルにも意地がある。
ローランドは剣を振り上げた。
「二対一か!?」
テトラが声を上げる。
「若造ども見てろ、これが戦場に戦場を重ねた古強者の一撃だ!」
ローランドは全身全霊を懸けた剣を振り下ろした。テトラが槍で受け止めるが、槍は彼の手から落ちた。
「おのれ!」
テトラが剣に手を伸ばしたが、その前にカイの大振りの一撃が甲冑を割っていた。
「ぬわあっ!?」
テトラが落馬する。
カイが剣を向けるが、敵将は籠手で弾き返し、槍に跳び付いた。
「悪運の強い奴」
カイが舌打ちした。テトラは槍をカイとローランドに向けながら馬の方へ下がり、飛び乗った。
「今日のところはこのぐらいにしておいてやる! 撤収、撤収だ!」
よく通る声が戦場に響き渡る。
見れば、敵軍勢も相当の被害を受けていた。軍馬を傭兵達に奪われたのが証拠だ。
「撤収! 撤収!」
敵のラッパが鳴る。
テトラ同様に馬を得ている者が先に退却し、馬を奪われた徒歩の者が泡を食って後に続いた。
「勝負は預ける。はっ!」
そう言うとテトラが最後に退却して行った。
ローランドは地面に大の字に倒れた。
「おっさん、相当消耗してるな」
「強行軍の後のあの将だ。身体も心も擦り切れているさ」
少しするとカイが軍馬を見つけて来てくれた。
ローランドは跨る。
カイと並んで赤鬼傭兵団の集結する場所へ集まった。
「今回は危うい戦いだった」
中隊長の一人ロッシが言った。
だが、赤鬼傭兵団五百は誰も死なず、目立った外傷も無く元気にしていた。しかし、さすがに皆、疲れている様子だった。
「フレデリカ、カイに助けられたよ」
ローランドは馬を寄せて言った。
「そうか、カイが」
フレデリカは神妙な顔をした後、頷いた。
「皆、御苦労だった。大役を果たせたのだ。ゆるゆる家路につこうぞ」
赤鬼が労いの言葉を掛けた。
2
都市に戻った赤鬼傭兵団には更に報酬が支払われた。王も聖雪騎士団も無事だということだった。
ローランドはフレデリカがいつも鍛錬している路地裏へと入った。
フレデリカは居た。だが、リョウカクもいた。
「フレデリカ殿、我が武を御覧になられましたか」
「リョウカク殿、あなたは強いが、身分ある人間であることを忘れないでください」
フレデリカはリョウカクが無謀にも一番槍を取ったことを静かに責めていた。
「将だからこそ皆の前に立たねば、私は軍隊を鼓舞したのです」
リョウカクは誇らしげに言ったが、フレデリカは応じた。
「そういう時もあるでしょう。だが、今回の戦はそういう時では無かった」
フレデリカが応じた。
するとローランドの隣に誰かが並んだ。
ミティスティだった。
「よぉ、ミティスティ殿」
「ああ、ローランド」
リョウカクは自分の手柄をどうしてもフレデリカに納得して貰いたいようでしつこく食い下がっていた。
「ブリック王はフレデリカ殿に母性を感じているのだろう。彼女が弟子と稽古をしているところを見て、亡くなった母君を思い出したのだ」
ミティスティは花束を持っていた。
「私には足りぬものを王はフレデリカ殿に見出したのかもしれない」
リョウカク、いや、ブリック王がこちらを見た。
ミティスティが歩んで行く。
花束を受け取ったブリック王はそれをフレデリカに差し出した。
「私の愛の証です受け取っていただきたい」
だが、フレデリカは断った。
「私には重くて受け取れません。私はただの一傭兵です。失礼します」
フレデリカはブリック王の元から去った。
その背をしばらく王は眺めていたが、彼は地面に花束を叩きつけ、踏みにじった。
すると、王はミティスティの頬を平手打ちした。
激しい音がしミティスティはよろめいた。
「帰るぞ、ミティスティ」
「はっ」
二人がこちらへ歩んで来る。
ローランドとブリック王は一瞬目が合った。悲し気でありながら怒りに燃える目だった。「無様だろう?」と、言いたげな視線だった。それを反らし王は歩んで行ったのだった。