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傭兵譚  作者: Lance
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狂王乱舞

 敵が攻めてくればいつだって急報は入るものだ。

「ハイバリー、約五千、国境付近に展開中!」

 斥候からその報せを受け、赤鬼団長は拳を鳴らした。

「今度こそ、あの調子の良い臆病者どものをこの手で引きずり出して殲滅してくれるわ」

 酒房で傭兵らはその言葉に息巻いていた。

 ローランドもいよいよ故郷を解放する時が来たと意気込んでいた。フレデリカとカイも立ち上がった。

 リョウカクと聖雪騎士団は既に外で隊列を整えているという。赤鬼傭兵団は遅れるかとばかりに誰もが酒場を飛び出した。

 リョウカクも出るのか。ローランドは少々心配していた。何せブリック王その人なのだ。赤鬼団長はおそらくその素性を知っている。他には聖雪騎士団団長のミティスティぐらいか。

 ローランドも籠手を縛り、革の手袋をはめると外に出て行った。

「御幸運を!」

 酒場の主の声がその背に聴こえた。

 正規兵二千。前回の反乱のことも視野に入れたのか、リョウカクの率いる兵数は少なかった。赤鬼傭兵団と聖雪騎士団を頼りにしているのだろう。

 だが、驚くことが起きた。見事な黒馬に跨ったリョウカクが先頭で兵を率いている。全員が騎馬隊だ。遅れじと後を駆ける。

「リョウカク殿に戦が出来るのか?」

 中隊長の一人ロッシが誰ともなく同僚らに尋ねた。

 すると聖雪騎士団が西へ逸れ、別行動を取った。退路を塞ぎ待ち伏せでもするのだろうか。ローランドは正規兵の後に続いて、砂塵と共に消えて行く騎士団を見送った。

 やがて国境に来ると、ハイバリーは既に国境を侵していた。陣列は横並びになり旌旗が風で翻っている。そのため名乗りを上げる間もなく戦は開始された。リョウカクがランスを手に先頭で突っ込んでゆく。黒い馬に黒い鎧を着ている。一瞬サーディスと見紛えそうになったが、サーディスはあんな男ではない。

「リョウカクを死なすな!」

 赤鬼団長が彼に珍しく慌てて叫んだ。

「ローランド!」

 傭兵団が地を蹴り、馬を疾駆させる中、赤鬼が呼んだ。ハイバリーの前衛は歩兵で長槍を持っていた。だが、弓の襲来が始まった。

「何だい!?」

「リョウカクを頼む!」

「了解!」

 ローランドは馬に鞭を入れ、ぐんぐん隊列から抜け出し、単騎のリョウカクの後を追った。矢が周辺を掠めて飛来する。

「あの王は矢は怖くないようだな。だが、首を取られるわけにもいくまい!」

 ローランドがそう言った時にはリョウカクが馬を高々と跳躍させて槍隊の後ろに回っていた。

 あんなこともできるのか。

 ローランドは瓦解する槍隊に押し入り、剣を左右に斬りつけた。

「リョウカク殿! 無茶はするな!」

 ランスを捨て、波打った刃を持つ大剣、フランベルジュを振り回し、リョウカクの周囲は血の濃い霧が噴き上がった。

 強い。

 ローランドも馬を乗り入れながら左右に敵を突き殺す。

 矢はこちらにも飛んで来た。近距離で唸りを上げた瞬間目の前に現れる。ローランドは避けたり叩き落としたりしていた。

「リョウカク殿! 馬から下りろ! 良い的だ!」

 そう叫びながらローランドは下馬し、剣を旋回させて五つの血の花を咲かせた。

 周りのことなんか知らない。赤鬼とフレデリカ達が何とかしてくれる。俺はその間にこの狂戦士の王の元へ辿りつかなければならない。

 ローランドは駆けながら剣を振るい、咆哮を上げた。

 リョウカク目掛けて矢が幾本も飛んでいるが、矢がまるで王を恐れているかのように当たらなかった。

 ローランドはようやく馬上のリョウカクと目を合わせることができたが、驚いた。血に濡れた顔は狂喜に歪み、愉悦して敵兵を突き殺している。

 幸運だっていつまでも続くものじゃない。

「リョウカク! 馬から下りろ!」

 ローランドは怒鳴った。

 リョウカクの目がピタリとこちらと合うと相手はヒラリと舞い降りた。

「少々、のめり込み過ぎたようだ」

 そこには最初に出会った時に見せた、知性と優しさに溢れる目は無かった。ローランドはこの目を知っている。餓狼だ。獲物を求め、ひたすら血を浴び続けることを酒肴とする、狂戦士だ。

 そんな王の国が民のために立ち上がっただと?

 ローランドの脳裏を一抹の疑念が過ぎったが、答えは単純だ。強い者こそが正義だ。リョウカクは今、己の正義を見せている。血と悲鳴を求めながら。

 ローランドは剣を薙いで敵兵を吹き飛ばした。

「ローランド。どうした、働きが足りぬぞ」

 リョウカクが血の滴る顔を向けて言った。

「あなたが無茶をするからだ! 俺だって俺の手柄を立てたかった」

 その時だった。敵の陣列が割れ、一騎の騎兵が飛び出してきた。黄金色の駿馬、豪著とは言えないが見事な鎧に錦の外套。テトラの登場だ。

「正義は我にあり!」

 テトラが吼えるとリョウカクが笑い声を上げた。

「正義は私だ!」

 剣と槍がぶつかり合う。テトラはローランドでも持て余す相手だった。リョウカクで勝てるのか。気付けば、今回はリョウカクの御守ばかりで戦いらしいことをあまりしていない。ローランドは遠巻きに鋼同士がぶつかり合うのを見ていた。

 テトラの薙ぎ払いを受けてリョウカクが尻もちをついた。

「終わりだ!」

 顔を上げるリョウカクの眼前に槍先が迫ったが、その手が止まった。間一髪、テトラの籠手に投げナイフが突き立ったのだ。

「あぶねぇ」

 久々の投擲で腕が鈍っていないか不安だったが、ローランドは安堵し、もはや、勝てる勝てないなどと言っている場合では無いと吼えてテトラに斬りかかった。

「邪魔を!」

 テトラが槍を払う。ローランドは飛び込まず、リョウカクを立たせた。

「あなたは味方勢へ合流を!」

「馬鹿を言うな、こやつは私の相手だ」

 頑なに応じないリョウカクにローランドは言った。

「嘘かホントかは分からないが、あなたは民のために戦う決意をなされたのでしょう? あなたが死ねば誰がその志を継ぐのですか? ロイトガルはアナグマに逆戻りですか?」

「くっ、此処を頼むぞ、ローランド」

 リョウカク、いや、ブリック王は黒馬に跨った。

「待てー! 逃げるか!」

 テトラが追おうとするのをローランドが阻んだ。

「悪いね、事情があって、あんたの相手はこの俺だ。歯応えが無いだろうが、我慢してもらうぜ!」

 ローランドは命を捨てた。サリーが、アドニスが、様々な人々の影が脳裏を過ぎる。そして最後にサーディスの背が。だが、サーディスは振り返って言った。「良く聞け、お前がこっちへ来るのはまだ早い」

 凄まじい衝撃音が起こった。テトラの剛槍とローランドの剣がぶつかり合ったのだ。

 ローランドは吼えた。

「サーディス! 俺に力を!」

 そして打ち込んだ。テトラは馬を後退させながら槍で受け止めた。

 だが、そこまでだ。テトラは力で弾き返し、今度は逆に見事な突き払いの連続でローランドを馬上から襲った。

 さすがサリーの槍だ。同じくサリーの剣を受けても傷む様子はない。

 ローランドは相手のペースの中、無理やり剣を振るった。槍が頬を掠める。ローランドの一撃はテトラの左足を傷つけていた。

「ほう、この代償は高いぞ!」

 テトラは咆哮を上げると槍を頭上で旋回させた。必殺の一撃がいつ振り下ろされるのか。ローランドは気を引き締めて槍を睨んでいた。

 その時だった。

 退却のラッパが鳴った。

「何だと? ハイバリーとは、こうも弱兵ばかりなのか!?」

 退却するハイバリーの軍勢を振り返りテトラが激昂した。

 ローランドは肩を弾ませて息をし、今頃になって現れた疲れに身を委ねつつ馬に跨った。

「さぁ、流浪の将よ! 決戦の続きといこうか!?」

 ローランドが剣先を向けると、テトラは馬を反転させた。

「命拾いしたな、その首は預けて置く! はっ!」

 テトラは馬を飛ばした。

 こちらの軍勢も騎兵で追撃を開始していた。そうだ、これからが本番なのだ。前方に聖雪騎士団が現れ、挟み撃ちにして殲滅する。

「もうひと踏ん張りだ」

 ローランドは馬に語り掛け、同僚と共に追撃に移った。

 だが、作戦通りにはなかなかいかないものだ。前方で待ち受けていた聖雪騎士団は、死を覚悟したハイバリーの兵に押され、突破されてしまった。

 ミティスティ団長の必死な追撃の声が上がるが、敵勢の三分の二が逃れる結果となってしまった。

 ハイバリーとの決戦は持ち越されたのであった。

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