放浪軍
治安維持を命ぜられている赤鬼傭兵団は、気晴らしとばかりに町に散る。赤鬼団長だけは酒場で杯を重ねている。
民に無用な恐れを与えぬためと、酒場にこもりきりだが、やってもやらなくても良いただの治安維持でも活動できる口実は魅力的であった。もっともフレデリカとカイだけは特別にどこかで秘密特訓を重ねているらしい。
「カイがフレデリカを破ればワシが出ることになっている。カイが師を破るのはそう遠くは無いだろう」
赤鬼が出て行こうとするローランドの背に向かって言った。
「あんたも酒場に籠る口実が無くなるわけだ」
「ふふっ、酒も剣もどちらもワシは好きだ」
ローランドは外へ出た。
今日も町は平和のように見えた。ローランドは大きく伸びをし、先日のことを思い返していた。聖雪騎士団団長ミティスティとリョウカクの関係。ミティスティの思い、リョウカクの正体。やれやれ、知らなくて良いことばかり知っちまったな。
ローランドは大通りを行く。旅姿の剣士の姿が見えたが、あれは弱い。格好は良いが。傭兵団の役目は同志を増やすことにもあった。今頃、他の傭兵らもこれはと思った人物を勧誘しているかもしれない。赤鬼傭兵団は五百人。共にいる聖雪騎士団は三百人。共に精鋭だが、まだまだ人数が必要だ。正規兵も増えているとリョウカクが酒場に立ち寄った際に言った。もっとも彼の目はフレデリカに釘付けだった。
リョウカク、いや、ブリック王がことを早まらなければ良いが、ローランドは何となくその件では王を信じることができなかった。それにしても王の斬撃を思い出す。目にも止まらぬ一撃だ。俺が流れ流れてこの歳まで戦士の勘を磨いてこなければこの首は落ちていただろう。
ローランドはそのまま一度も入ったことの無い武具屋に足を踏み入れた。
店主は戦士のごとき厳つい身体つきをしていた。
「あんた、赤鬼傭兵団に入らないか?」
「いきなり、勧誘か。これで二度目だな。悪い、傭兵稼業からは足を洗ったんだ」
店主は言った。
「傭兵だったのか」
「ああ。今は武器を供給する側に回ってるが、これじゃ傭兵やってるのと変わらないかもしれないな。剣の魅力に取り付かれた者はそう簡単にその呪縛を破ることはできない」
店主は腰に帯びている両手持ちの剣を見せた。
「分かる気がする」
ローランドは笑みを浮かべて肯定した。
「ところで、二度目の勧誘と言ったように聴こえたが」
「ああ。あんたらより身なりが少々荒い奴に誘われた。何でもいつか旗揚げし、人民のために戦うのだと御大層に、まるでブリック王陛下のように言ったよ」
ローランドは眉をピクリと動かした。
「そいつらがどこにいるか分かるか?」
「知ってる。北通りの眠る仔犬亭という居酒屋にいる。気が変わったらいつでも訪ねて来いとさ」
「北通りの眠る仔犬亭だな。ありがとう」
ローランドは、北を目指して大通りを歩いた。荒っぽい格好だとか言っていたが、山賊上がりか何かか。
通りに面した場所に目的の場所はあった。木製の壁は白に塗られ、可愛いらしい仔犬が眠る絵が描かれていた。
「いらっしゃい」
開けっ放しの入り口を潜ると店主が出て来た。
「とりあえず、麦酒を」
仕事と言えばこれも仕事だ。何も注文せずに奴らを観察しているわけにいかない。
ローランドの目は店の奥に座って談笑する無頼の男達に向けられていた。腰には長剣、フレイルなどを下げ、すっかり話し込んでいた。
見た感じ、頼り無いな。運ばれてきた麦酒に手を付けることなくローランドはそう思った。こいつらが人民のために戦うだなんて信じられない話だ。現実を知らないのかもしれない。戦争の経験があるのかも怪しいところだ。
「飲むのも程々にな」
更に奥から一人の男が歩んで来て、男達をたしなめた。
「南通りの武器屋のオヤジがなかなか良さそうだったんだけどよ、断られたよ頭領」
フレイルの男が言った。
「この辺りではもう同志となるものはいないようだな。近々移動するか」
頭領と呼ばれた男がそう言い、こちらへ歩んで来た。
通り過ぎようとしたその足が止まった。顔を向ける。ヒゲの薄い真面目で誠実そうな顔付きの人物だった。だが、頑固な意志を持っている。年の頃三十八ぐらいだろうか。ローランドはその双眸から結論を出した。
「やぁ」
「もし」
お互いの声が重なった。
二人は黙した。
咳払いをする。これも重なり、二人は気付けば笑っていた。
「良い身体つきだな」
相手が言った。
「あんたも」
ローランドはそう言い、相手が自分の話を聴こうと耳を傾けていることを察した。
「俺は赤鬼傭兵団の者だ。名をローランド。仲間になってくれる人を探している」
すると相手が表情を訝し気に変えた。そして言った。
「いつぞや、会わなかったか? 民を逃がした時に手を貸してくれた。確か、もう一人、黒い鎧兜に身を包んだ者もいたな」
サーディス。ローランドは思わず立ち上がった。
「そういうことならたぶん会ったことあるぞ。あいにく、あんたの顔と名前は忘れちまったが」
「バトーダだ」
バトーダ。バトーダ……。ローランドは思い出した。かつて略奪に勤しもうとする傭兵らを殺戮して回って女や子供、老人を助けた。もう一人いた。確か名前はダグラス。馬車を用意していた男だ。
「思い出したよ、ずいぶん前のことだから失念していた」
ローランドが言うとバトーダは手を差し出し二人は固く握手を交わした。
「サーディスは?」
「死んじまった」
「そうだったか」
ローランドはサーディスの名を聴き感涙しそうになっていたが、涙を零さずに済んだ。
「ダグラスは?」
「今は、行方が分からん。いれば私を支えてくれただろうに」
バトーダが答えた。
「支える?」
「ああ。私は今、各地を放浪して同志を募っている。このロイトガル王国の大義名分に惹かれた仲間を集めているところだ」
「だったら、うちに来いよ。赤鬼傭兵団だ。すぐ戦える」
ローランドが言うとバトーダは渋い顔をした。
「いや、誘いはありがたいが今少し大陸を回ってみる。燻っている同志がきっといるはずだ。人数が揃い次第傭兵団として、手を貸させてもらおう」
「あんたがそう言うなら諦めよう。合流できる日を楽しみにしている」
「ああ。少し待たせるかもしれないが、死ぬなよ」
二人はもう一度握手を交わしたのだった。