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傭兵譚  作者: Lance
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聖雪騎士団

 リョウカクにも油断があったのか、統治は行き届いておらず、後方都市で民が蜂起する騒ぎとなった。

 赤鬼傭兵団は動かず、旧連合都市に配備された正規兵のみでリョウカクは鎮圧にあたった。

 それとほぼ同時に、ハイバリーの軍勢が、国境付近の原野で戦の準備をしているという情報が入った。

 赤鬼傭兵団は後方をリョウカクに任せ、総勢五百での精鋭で原野へ進軍していた。

 心許ない人数だが、歴戦の傭兵らは陽気に意気に溢れていた。士気は高いが、たかが五百。それも広い原野での戦いとなる。囲まれればおしまいだ。ローランドはここで墓に入る覚悟を決めねばならなかった。

 強行して二日後、丈の低い草と土、岩の転がる原野に辿り着いた。対峙するハイバリーの軍勢の影が見えた。

 五千は固いな。

 ローランドは先頭で馬に跨り、冷汗を流した。何故だろうか、最近、こうして冷汗を掻くことが多い気がする。それは、この身体が自分一人のものではないと無意識に理解しているからだ。

 隣でフレデリカとカイ、赤鬼が、同じく並んで様子を見ている。表情はフレデリカとカイは険しかったが、赤鬼はそうでもなかった。

「赤鬼団長、まともにぶつかって勝てる相手ではないぞ」

 ローランドは思わず言った。

「ローランド、勝つか負けるかはやってみなければ分かるまい」

 俺だけなのか? ローランドは他の傭兵らが未だに意気軒高なのを見て、呆れ、驚いた。この一戦で死んでも構わない。そういう面構えだった。

 ええい、嘘だろ、死んだらそれで終わりじゃないか。

 すると、フレデリカがローランドの肩に手を置き頷いた。覚悟を決めろと言っている。迷いがあるのは俺だけなのか。

 敵の旌旗の影が靡いている。

 すると、ラッパの音が木霊し、敵の第一陣が馬蹄を轟かせ、突撃を開始した。

「まぁ、死地に遭ったのは今日だけじゃない。行くぞ!」

 ローランドが言うと、赤鬼が声を上げた。

「左右に展開、奴らに赤鬼傭兵団の恐ろしさを思い知らせてやれ!」

 傭兵らが俊敏に動く。陣形が整う。一人縦一列受け持つわけだ。責任重大だね。ローランドは両手剣を抜き前方に突き出した。

「それい、突撃だ!」

 赤鬼の号令が空気を震撼させた。

 無数の馬蹄が重なり合い一つの音となる。

 そして肉薄。

 凄まじい勢いでローランドの繰り出した剣が敵の鎧を破る。そのまま持っていかれそうになった剣をどうにか引き抜き、二人目へ突き出した。

「カアアアッ!」

 赤鬼の怒号が戦場の悲鳴を馬の嘶きを断末魔を掻き消す。

 傭兵隊長がこれほど心強いってのは良いものだ。俺も覚悟を決めたつもりだが、改めて決めた。

 敵の鎧を貫き、剣は深々と入り込んだ。敵が落馬する。ローランドは血まみれの剣を引き抜き、三人目の到来を待った。フレデリカやカイは少し前まで進んでいた。ローランドも距離を詰める。

 敵陣内部で次々敵が宙に投げ出されているのは赤鬼団長だろう。

 まずは三千騎と言ったところか。ハイバリーは生まれ故郷だが、民兵を見捨てた軍人どもに容赦するつもりはない。

 馬を飛ばし、三人目と干戈を交え、少し手間取り、連打し、首を落とす。血しぶきが顔を染めた。

 ラッパが鳴る。

 徒歩の第二陣が槍を手にして、駆けてくる。騎兵の突撃の殺してからの攻撃だ。危うい。

 不意に違うラッパの音色が鳴った。

 後方からだ。

「挟み撃ちか!?」

 ローランドも傭兵らも驚いて振り返る。

 晴天が銀色に輝く甲冑と、長い得物を照らしている。

「案ずるな! あれはロイトガルの援軍だ!」

 赤鬼の声が雷帝の如く響いた。

 馬まで銀色の見事な鎧に身を包んでいる。それも並の軍馬よりも大きい。

「聖雪騎士団推参! このまま突撃だ!」

 声がする。新手に気付いたハイバリーが騎兵隊を差し向けた。

 騎兵同士がぶつかり合ったが、ランスを手にした騎士団がその中央を次々突破し、回り込むように敵本陣を目指す。

 破った。ハイバリーの騎兵隊を。

「ローランド!」

 フレデリカが声を掛け、ローランドは慌てて前方に迫る槍兵の槍を避けた。頬の脇を通り過ぎた一撃が命取りだった。次はこちらの番とローランドが剣を思いきり振り下ろす。兜が拉げ、敵の顔から目玉が飛び出した。

 ハイバリーの本陣は大慌ての様子だった。

「あれが、聖雪騎士団か。他国を寄せ付けなかったロイトガルの有力な騎士団の一つ」

 中隊長の一人ロッシが言った。

 槍兵を跳ね除け、傭兵達も本陣へ馬を進めた。だが、ローランドの前に一人の男が立ち塞がった。白刃が光る鋼の槍を引っ提げ、甲冑の上に錦の外套を羽織っている。

 ローランドはバイザーを下ろした。

「正義は我にあり! 覚悟!」

 敵将は若々しい声を上げて、サリーの槍を振り下ろした。

 ローランドは剣を受け止めたが、敵の力の方が強く、徐々に押され始めた。

「お前の相手はこの俺だ!」

 そこへカイが脇から馬で躍りかかった。

「ぬぅ!?」

 流浪の将テトラは慌てて大剣を受け止めた。

「ローランド、あんたは先へ!」

 テトラと壮絶な打ち合いを演じながらカイが叫んだ。

「お前では勝てない!」

 ローランドが言った時、真紅の鎧が目の前に立った。

 フレデリカがテトラの背後から斬りかかった。

 テトラは危ういところを石突きで受け止め槍を旋回させ師弟を相手取った。

「ローランド、行け。この厄介なのは我々に任せて置け。二人がかりならどうにかなる」

 フレデリカが剣を突き出す。

「分かった、敵の本陣を掻き乱して来る!」

 ローランドは馬腹を蹴った。

 槍兵の臆病な一撃を剣で弾き飛ばし、猛然と疾駆する。

 敵の陣営の前には逆茂木があった。ローランドは馬はこれまでと判断し、下馬すると、敵味方入り混じる中へ飛び込んだ。

 聖雪騎士団は三百名ほどだろう。この期に及んで陣形を乱さず、剣を振り下ろし冷静に敵を地獄へ送り届けていた。口元を布で覆い、まるで表情が無いように見えていたが、それが恐ろしかった。戦場なら当然だが無慈悲に敵を殺戮し、銀色の鎧を朱に染めている。

 ローランドと傭兵らは乱れた敵兵を掃討し始めた。

「退け、退け!」

 敵側から声が上がり、退却のラッパが鳴る。

 ハイバリーはこういう国だ。大将が高慢な癖に臆病で将達も判断は遅いのだ。

 あれだけいたハイバリーの兵は千に満たない数で敗走した。

「聖雪騎士団追え! 王に代わり敵に裁きを下すのだ!」

「こちらは追うな!」

 赤鬼団長が巨剣を地面に突き立て獅子の咆哮の如くそう言った。

「ローランド」

 フレデリカが駆けて来た。

「奴は?」

「逃がした」

「そうか。また会うだろうな」

「ああ」

 少しして聖雪騎士団が足並みを揃えて戻って来た。

「赤鬼団長」

「ミティスティ殿、助かり申した。此度は玉砕を愚考しておりました」

 歩んで来る一騎に向かって赤鬼が言った。

「貴殿ほどの戦士を失うのは惜しい。我々は陛下からの命令で参った。間に合って安心したぞ」

 ミティスティは兜も口元覆う布も取らずに馬上から赤鬼に声を掛けていた。

 その態度にカイが憤慨したが、騎士と傭兵とはそういうものだとフレデリカが宥めた。だが、そこでミティスティが兜を脱いだ。茶色の長い髪が広がる。ミティスティは女だった。眼光は鋭く、口元は見えなかった。

 窮地を救った三百騎が陽光を受けて白金色に鎧を輝かせた。大きな軍馬も光りを帯びている。どこか威光と神々しさを感じさせる。ローランドはそう思ったのだった。

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