それぞれの道
ハイバリーの城下を二台の幌付き荷馬車が行く。先頭の馬車にはローランドが座り、サリーがアドニスと荷台に座っている。後ろは良き隣人のアルバート老夫妻だった。
サリーや夫妻の言葉から、連合がハイバリーを囲み、持久戦に持ち込もうとしていたことを知らされた。サリーの店の武器防具、つまり商品はほぼ没収され、逃げ帰った正規兵らは頼りなく町に佇むのみだったという。
「いざって時にこんな頼りない国だとは思わなかったよ。戻ったのは軍人達ばっかりだって言うじゃないか」
サリーが吐き捨てるように言った。
城門を潜る際に引き止められた。
顔見知りの門番だった。
「逃げるのか?」
非難めいたその問いにローランドは精一杯の微笑みで返した。
「ああ。別の土地で子育てをしようと思う」
すると門番は表情を和らげ、言った。
「すまん、今の俺は嫌な顔をしていただろう。生き延びて大陸が平和になったら顔を出しに来いよ」
「ありがとう」
「通って良し」
その言葉にローランドらの馬車は走り始めた。まずは、ペケ村を目指して。
2
カティアはフレデリカ・バッフェルを追っていた。弟を殺した仇だ。とある城塞都市のコロッセオでまた一つ情報が入った。
フレデリカは長い間ここのチャンプだった。名前はバッフェルでなくアローザだった。フレデリカ・アローザ。別人では無いだろう。騎士という身分を捨てたのは家を捨てたに等しい。違う姓を名乗っているのだ。
待っていろ、フレデリカ・アローザ。
だが、その前に金を稼ぐ必要が出て来た。彼女の武器であるエストックもソードブレイカーも寿命を迎えようとしていた。長い間苦楽を共にし、血を呑み、吐き出し、カティアを守り、勝たせて来た武器達だ。カティアは武器屋へ赴き、結局傷みが激しく二束三文で引き取ってもらい、自分の装備を揃えた。今度も同じくソードブレイカーを手にした。だが、ノコギリ刃が大きく反対側の刃も敵の首を斬り落とせるほど大振りで広かった。左手は以前より遥かに重くなった。もう一本はレイピアになった。御貴族様の武器に思えたが、これしか無かったのだ。
更にこの武器屋には憎らしいところがあった。それはフレデリカ・アローザから買い取った武器、防具を展示し、非売品として見世物にしているところであった。五代目チャンプを斃したクレイモアー。チャンプの座を奪われそうになった際に頭を守ったというへこんだ兜。そして彼女が着たというチェインメイルに板金鎧。だが、それは逆にフレデリカの強さを示していることに他ならない。今の自分は最強だという自負があったが、それが不安になってきた。もっともっと経験を積むべきでは無いか。
そんな時に酒場で情報が入った。北の国ロイトガルが各地に戦争を仕掛けているという。噂に耳を澄ますと、ロイトガルは世界に平和と安寧を齎すために戦いを起こしたというのだった。
笑い飛ばす客の傭兵らの中でカティアの心は惹かれた。彼女の暗い過去もサーディスのことも戦争さえなければ良かったのだ。次の行く手は北だ。
しかし、高い武器を買ったため、その前にカティアはコロッセオで賞金を稼ぐ必要があった。
3
街道を行くローランド達は、順調に旅を続けた。
そんな中、一騎の騎馬が前方から歩んで来た。ローランドは豪著では無いが、その身なりの立派さを見て、ある敵を思い出した。ハイバリーから反転してきた敵将で同僚を逃がし、自ら赤鬼に挑んだ若武者だ。相手が自分の顔を覚えていれば戦いになるだろう。サリーをアドニスをお腹の子を、アルバート夫妻を守るために全力を尽くす必要があるが、敵の方が強いことをローランドは承知していた。
「この先はロイトガルだが?」
騎馬が足を止め、馬上の若い男が言った。
「家族とロイトガルに移住しようと思ってね」
ローランドは冷汗を掻きながら応じた。
「それは感心せんな。ロイトガルは大陸に覇を唱えはしたが、所詮はアナグマが穴から這い出てきたにすぎぬ。戦士の国ではない。すぐに衰退するだろう。他方へ逃れることを勧める」
男は頑なな表情で言った。鼻筋は通り女のような奇麗な顔をしているが、目には力があった。
「あたしらはロイトガルに行くって決めたんだよ、戦士さん」
荷台からサリーが顔を出した。
「それともロイトガルに嫌がらせでもされたのかい?」
怖いもの知らずのサリーはズケズケと言ってのけたが、男の顔色が険しくなった。一戦交えるか。ローランドが覚悟を決めた時、相手は言った。
「嫌がらせをされたわけでは無いが……」
「だったらどいて、あたしらは急ぐんだよ。新生活が待ってるんだからね」
「あ、ああ」
サリーの剣幕に押され男は馬を寄せた。ローランドは内心安堵した。だが、サリーが言った。
「あんた、身なりは良いけど、槍が貧相だね。近頃、傭兵や貧しい人達が山賊になったり盗賊になったりして治安が悪いって言うし、これ持ってきな」
サリーは自らが打った鋼の槍を差し出した。
男は槍を受け取り、振り回し、目を輝かせた。
「これは素晴らしいぞ」
「それと、これもね」
サリーは御者台に上がって長剣と、短剣を渡した。
男は受け取った武器をしげしげと眺め、鞘から抜き刃を確かめ唸った。
「どこの誰の作かは知らぬが、これは立派な仕事を成し遂げている」
「でしょ」
サリーは得意げに応じた。自分が作ったと言わなかったのは幸いだった。話がややこしくなる。
「素晴らしい恵みに感謝する。良き旅と暮らしを。もしロイトガルが危険になったらこのテトラを訪ねるが良い。命に代えてお前達を守る」
「覚えておくわ。それじゃあね、戦士さん。途中でくたばるんじゃないよ」
「うむ、ではな」
こうして双方はすれ違った。
ローランドは大きく息を吐いた。あのテトラが都市連合の武将でハイバリーを襲ったことはサリーには言えなかった。知れば彼女は馬車を反転させ、テトラを討ち取りに行くだろう。サリーとはそこまで勇猛な女性だった。
こうしてローランド達はロイトガルのペケ村への旅を急いだのであった。
4
フレデリカはカイと打ち合っていた。あのテトラという武将を討つには今一歩二人とも及ばぬことを自覚していたからだ。弟子の激しい乱打を受け止め捌き、剣を走らせる。カイは慣れたように剣を戻して受け止めた。
二人とも息を荒げていた。最近はずっとこのように修練に明け暮れていた。カイはフレデリカを破ったら赤鬼と剣を交えるつもりだという。師として聞き捨てならないことだったが、サーディス流にも隙はある。他の戦い方も織り交ぜた方が成長するだろう。フレデリカはそう思いつつも、師としてカイの前に立ちはだかり続けた。
秘剣が煌めきフレデリカの顔を掠めた。
「あ、すまねぇ、師匠!」
カイが剣を下ろして言った。
頬から血が流れていた。
「このぐらいはかすり傷だろう。攻撃を止めるな」
「でも」
「カイ、女の顔を傷つけることに躊躇していては、いつか、戦場で相手が女だった時に、お前が死ぬぞ。それとも私が髪を丸刈りにして男の格好になった方が稽古に身が入るか?」
「それは駄目だって! 戦場のことは置いといて、師匠は女なんだから。しかも年増のくせに馬鹿に綺麗だし、きっと師匠を好きになってくれる人が現れるはずだよ。顔も髪も大事にしなきゃ」
カイはきっと伴侶のプラティアナのことを念頭に起きながら話しているのだろう。その心配はこそばゆかったし、嬉しかった。
「年増のくせに馬鹿に綺麗だは褒め言葉と受け取って良いんだな?」
「褒めてるつもりだけど、違った?」
そのポカンとした顔にフレデリカは笑った。
「ほら、綺麗だ」
カイが言う。
「カイ、だが、先ほど私が言ったことは心に受け止めて欲しい。私やお前の妻のように女でも傭兵をやっている者はいるのだからな。お前が斬られたら家族がどんな思いをするか考えろ、もうお前一人の身体では無いんだからな」
「分かった」
カイは頷いた。だが、カイはきっとその優しい心を捨てきれないだろう。フレデリカはそう懸念を覚えた。
「そら、掛かって来い。年増のくせに馬鹿に綺麗な私から一本取ってみろ。赤鬼団長への挑戦権をもぎ取って見せろ」
「望むところ!」
カイが下段に大剣を構え振り上げる。
今日も二つの剣戟の高らかな音が路地裏に響き渡ったのであった。