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傭兵譚  作者: Lance
33/161

挑戦者

 連合の都市それぞれに王都から配備された正規兵が入った。

 赤鬼傭兵団は御役御免かと思ったが、そうもいかなかった。都市国家の最前線へと守備固めに移されたのである。正規兵よりも赤鬼傭兵団の方が武力を買われているということだ。

 南東の国家ハイバリーに睨みを利かせている間に、新しく変わった統治の整理が行われていた。

 この最前線の都市でもリョウカクが太守となり、人民を落ち着かせている最中である。波風立てぬように目立たぬように傭兵団は酒場に籠りがちになった。

 ペケ村に帰りたい。古参の傭兵なら誰もがそう言った。赤鬼でさえもペケ村の方が酒は美味かったと言うほどである。古強者ながら新参の傭兵ら四百には分からぬ思いであった。

 そんな時、報せが届いた。

 城門の前で喚いている武人姿の者がいると。

「民を扇動しています」

 使い番が跪いて言った。まだまだ人手不足なこの町での治安と軍事はロイトガルの信任厚い赤鬼傭兵団長に一任されていた。傭兵だというのに珍しくも、あるいは危うい抜擢でもある。だが、フレデリカは知っている。赤鬼はロイトガルを裏切らないと。大陸の安寧のために覇を唱えた王国に殉じるだろうということも。

「心当たりはある。フレデリカ、カイ、ついて参れ」

 赤鬼は杯を呷り、カウンターに置くと、壁に預けた鈍器のような巨剣を担ぎ、先に歩き始めた。

 カイは赤鬼が大好きだ。はしゃいでその後を追う。フレデリカも剣を腰に収め、従った。

 


 2



「国家連合の人々よ! 脆弱で臆病なアナグマのロイトガルの下で甘んじて良いのか!? 否! ロイトガルは必ずや滅び、再び諸君らに災いと混沌をもたらすであろう! さぁ、立ち上がれ、今こそ! 連合の民達よ、このテトラに従いロイトガルから故郷を取り戻すのだ!」

 若々しく張りがあり通る声だったが、市井の人々は相手にすることなく城門の前を通り過ぎている。

「むむむ、連合の民よ! これで良いわけがあるまい! 諸君らの主は戦って死んだのだぞ! 多くの将兵もまた運命を共にした! 残虐非道な赤鬼に命を取られたのだ! 今こそ、主君や将兵の仇を討つ時! ロイトガルの犬どもを駆逐するのだ!」

 番兵が四人がかりで槍を交差させ、テトラの侵入を防いでいる。テトラは黄金馬に跨り、甲冑の上に錦の外套を羽織っていた。

「おう、若者、また会ったな」

 赤鬼が声を掛けると、テトラは叫ぶ言葉を変えた。

「出たな! 残虐非道な赤鬼め!」

「お前達だってハイバリーを襲ったろうが」

 カイが白けた顔で言うとテトラは呻いた。

「むむむ」

「そんなことよりどうだ、一勝負せんか?」

 赤鬼が肩から巨剣を下ろすと、テトラは槍を扱いた。

「良いだろう、貴様の首を取り、死んで逝った者達への手向けとする! いざっ!」

 テトラが馬を駆けさせた。

 徒歩の赤鬼は突き出された槍を剣で受け止めた。だが、驚いたのは両者が競り合っている様だ。テトラという者は口だけ達者な勘違いというわけではなさそうだった。

「赤鬼団長が出ることはない! 俺が」

 カイが同じく巨剣には及ばないが大剣の中の大剣を腰から抜くと赤鬼は言った。

「お前では及ぶまい。偏見に騙されるな。こ奴はなかなか手強いぞ」

 競り合いから離れ、打ち合いが始まる。高らかな金属の音色が轟き、観衆が次々増えた。

「テトラ様だ」

「何だ、テトラ様だけ無事だったのか」

「一人で逃げ出したのかな」

「あれが赤鬼か」

「どっちが勝つ?」

「さぁなぁ」

 観衆は群衆となり、城門の入り口は防がれた。番兵達が見世物ではないと言い、散らそうとするが動じない。

「私は逃げてなどいない!」

 テトラが気合いの咆哮を上げて一撃を叩きつけた。赤鬼の巨剣にぶつかり、一際大きな鋼の音が轟いた。

「確かにお主は踏み止まり、他の軍閥らを逃がそうとした。若いくせに立派な心がけだ」

 赤鬼が褒めるとテトラは応じた。

「敵の賛辞など嬉しくなどない! そろそろ決めるぞ。必殺!」

 テトラは槍を頭上で振り回し、旋風を起こした。唸りを上げた槍がいつ降り注ぐかとフレデリカもカイも群衆も見守った。

 そして槍が振った途端、赤鬼が腹の底から吼え剣を切り上げた。

 武器同士がぶつかり、テトラの槍の穂先が粉みじんになった。

「ぬわっ」

 テトラが声を出す。

 静寂が包んだ。

「何をしている、ひっ捕らえるぞ!」

 フレデリカがカイと番兵らに言い、馬を囲んだ。

「ぬぅ、小癪な奴ら!」

 砕けて刃の無い槍でテトラは突き、払ってきた。

 だが、カイがそれを掴んだ。

「ぐぬぬぬ」

 テトラが槍を引き抜こうと声を上げる。

「ぬおおおおっ!」

 カイが槍を引っ張る。

 こうして槍の引き合いを群衆らは固唾を呑んで見守っていた。

 槍がすっぽ抜け、テトラが槍を取り戻した。

「ははは、まだまだ小僧だな」

 得意げに笑うテトラの身体に縄が舞った。

「ぬ!? しまった!」

「引きずり下ろせ!」

 フレデリカはそう言いながら番兵四人と共に縄でグルグル巻きにしたテトラを馬から転落させた。

「観念しろ」

 フレデリカが足元の若武者に言うとテトラは歯噛みし睨んできた。

「良い、解放してやれ」

 赤鬼が言った。

「何だって?」

 カイが言い、フレデリカも番兵らも群衆らも驚いたように声を漏らした。

「この若さでこの武勇、敵地に乗り込んで来る大胆不敵さ、あっぱれだ。戒めを解いてやれ」

 フレデリカはもとより番兵らもそのようで不服そうだったがテトラの縄を荒っぽく解いた。

「赤鬼、この俺を逃がしたこと、後々後悔させてやる! さらば民よ、私は行く! だがいつか、この地を奪還し」

 言葉の途中で赤鬼が槍を放り投げた。番兵の物だった。

「ぬぬぬ」

「敵に塩を送るという言葉もある」

 赤鬼が言うとテトラは槍を振り回し背を向けた。

「今はこれまでだ! はっ!」

 そして騎影はあっという間に遥か遠くまで行き、見えなくなった。

 群衆らはテトラを馬鹿にするものはいなかった。それが不味いとフレデリカは思った。テトラを支持することがあれば、今後、内応や内乱が起きる可能性がある。

「どれ、ワシは太守殿に叱られて来よう」

 赤鬼が歩き出すと、群衆は慌てて道を開いた。

「お師匠、これで良かったのか? 再戦は楽しみだけどよ」

「どの道、お前ではまだ勝てぬ。赤鬼団長にも考えがあってのことだろう。それ、しまいだ、しまい。道を開けよ、さもなければ見物料を徴収するぞ!」

 フレデリカが言うと民衆は未だ興奮した様子を見せながら去って行った。

 赤鬼団長が出向いたから良いものの、もしも私なら互角未満の戦いを演じていたかもしれない。フレデリカはそう久々に危機感を覚えた。身体を反転させるとカイが声を掛けて来た。

「師匠、特訓なら相手になるぜ」

 少年の頃から知っている青年の堂々とした意気のある顔を見てフレデリカは頷いた。

「手加減はせぬからな。プラティアナに甘やかされて技量が落ちたなどという言い訳は通用せんぞ」

 そうして二人は町の片隅へと消えて行ったのであった。

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