告白
街道での戦いは一方的なものとなった。
敵側は五千の先遣隊に、八千の後詰が加わったが、地形の不利で、更なる混沌と血肉と屍を晒した。
先頭を行くのは傭兵団長赤鬼で、彼の長く太い剣に巻き込まれぬようにフレデリカ達は間隔を広げ、弓で援護した。
サーディスから教わり、フレデリカが伝授した弓の技術をカイはここぞとばかりに発揮し、強弓で一矢にして三人の敵兵の鎧を貫くいう力を見せた。一方のフレデリカも長弓を放ち赤鬼に脇から群がろうとする敵兵を、同僚達と寄せ付けなかった。
進むたびに敵の亡骸を踏む羽目になった。ぐしゃぐしゃになったもの、矢で急所を貫かれたものなど様々だ。
すると、赤鬼が地面に剣を突き刺した。凄まじい低い音が轟き、大地が揺れた。
「さぁ! 見たか、我が力を!」
正面には豪壮な鎧を纏った連合の諸侯、指導者と思われる者達が馬を並べて恐れ入っていた。
「大人しく降るが良い!」
赤鬼が怒喝すると、連合の諸侯の中から一騎が進み出た。煌びやかな鎧に錦の外套を羽織っている。長槍を扱き、その若者は吠え声を上げた。
「貴様を殺し、あの世への手土産とする。いざっ!」
敵の馬が駆け出した。
「はああああっ!」
槍を振り上げ手綱からもう一方の手を放し両手で槍を握り締めた。
「でえええいっ!」
敵将の槍と赤鬼の剣が衝突した。
「これほどの胆力ある若者を殺すには惜しい!」
赤鬼が唸った。
「ほざけ、北の穴掘り兵士ども!」
二合、五合、八合、剣戟と剣風の音は吹き荒れ続けた。
敵にもこれほどの使い手がいるとは思わなかった。フレデリカは感心していた。
「諸将! 今のうちに駆け抜けよ!」
槍を交えている敵将が声を上げた。
「お、おおうっ! すまん、テトラ殿!」
敵の諸侯らが馬腹を蹴り、こちらへ突進してきた。
「どけどけどけ!」
諸侯らは咆哮を上げて剣を振り回す。
徒歩のこちら側の間を悠々抜けてゆく。
「追うぞ、フレデリカ!」
ローランドが敵の置き去りにしていった軍馬を引き連れて来た。
「分かった!」
フレデリカも渡された軍馬に騎乗し、ローランドに少し遅れて馬を走らせた。
見上げる味方勢の中をローランドとフレデリカは疾駆する。
リョウカクが槍衾を作って敵を足止めしていたが跳び越えられ追い抜かれた。
「くそっ! 後を頼む!」
「承知!」
「任された!」
フレデリカは手綱を放し、弓矢を振り絞った。股で鞍を力強く挟み、上体を安定させる。よく狙って、撃つ!
一筋の矢が五人の逃げる諸侯の一人を射落とした。
「へぇ、器用だね。俺もチャレンジするか」
ローランドが姿勢を正し、弓矢を撃った。矢は馬に当たり、驚いた馬が棹立ちになって諸侯の一人を振り落とした。
フレデリカは少し後を味方勢が追って来ているのを見て、そいつをそのままして先を急いだ。鞭の代わりに自らの手で馬の尻を引っ叩いた。軽快で痛烈な音がし、馬が速度を上げた。
ローランドの方も真似し、二人は片手で馬の尻を叩いて速度を上げて、諸侯の背に追いついた。
「ええい、かくなる上は!」
一人が振り返り、剣を引っ提げて立ち止まる。
「こいつは俺に任せな!」
ローランドが言い様、弓を肩にしまい、腰の剣を抜いて鋭い斬撃を浴びる。その一撃は剣ごと、敵の腕を斬り落とした。
悲鳴と血しぶきを上げる敵を置き去りにし、二人は駆けた。
敵の鬼気迫る顔がこちらを振り返る。
「降伏しろ!」
フレデリカが声を上げる。
「女が!」
一人が剣を払って来た。
フレデリカが跳ね除けると、剣は宙高く飛んで行った。引き攣った顔のまま敵の首は薙ぎ払われた剣によって胴と離れて転がり落ちた。
後ろでもローランドと最後の敵将が刃を交えていたが、ローランドの巧みな打ち込みに敵将は落馬した。そして動かなくなった。
「可愛そうに、打ち所が悪かったらしい。お陀仏だ」
ローランドが敵の息を確かめ終えるとそう言った。
こうして都市連合の主軍を見事に打ち破ったのだった。
2
ローランドは赤鬼に許しを貰い、故郷ハイバリーへと家族を迎えに行った。
赤鬼が相手をしたテトラは槍が折れ、剣が朽ちると、途中で遁走したらしい。
戻って来たところでもうこの都市の将ではない。
連合のそれぞれの城門は速やかに開かれ、リョウカクが総督府に入った。
主要な拠点が落ちるところにフレデリカは初めて出くわしたが、赤鬼もリョウカクも略奪や乱暴を厳重に禁じた。とはいえ、心に大義あっての傭兵達だ。酒さえ飲めれば満足だろう。
主人が移り変わろうが人々は最初だけは恐々としている様子だが、何も無いことを知ると平時の様に姿を見せた。
その日の夜、町の中央は傭兵らのお祭り騒ぎだった。
乱暴狼藉はするなと言ったが、酒だけはやはり別だったらしい。有りっ丈の酒樽を集め、傭兵らは杯をぶつけてロイトガル王国の初めての勝利を祝いあった。
篝火が囲む中、カイが千鳥足でフレデリカに追いついてきた。
「師匠、これでまた一人子供が産める。また名付け親になってくれよな」
「子供が増えるのは良いが、世話をするプラティアナのことも考えろ。お前は戦働きで留守にしてる方が多いのだから」
「まぁ、確かにそうだけど。しかし、今日の酒は格別だ! 師匠もどうだい?」
「後で、余裕があればな」
カイが別の傭兵に絡まれ、フレデリカはその賑やかな場所を後にした。
そして篝火がぼんやりと見える闇の中へと入り、階段に座って息を吐いた。
「御疲れのようですね」
初めて気配を感じフレデリカは柄に手を掛けた。
「武功を重ねたようですね。見事です」
そこにリョウカクがいたことにフレデリカは気付けなかった。
「リョウカク殿、邪魔してすまない」
「いいえ。明日の朝、何人が立っていられるでしょうね」
「その通りです。まったく、少しはしゃぎ過ぎです」
フレデリカが同意して言うとリョウカクは涼やかに笑った。そして松明に火が灯った。リョウカクの凛々しくも優しそうな顔がオレンジ色に照らされて見える。
フレデリカはしばし見入っていた。そして視線を外した。リョウカクが言った。
「やはり、あなたは美しい。短い間でしたが、あなたを見ていて思った。あなたは気高く沈着で慈愛に満ちている」
「リョウカク殿?」
相手の尋常ならぬ雰囲気にフレデリカは腰の柄に再度手を掛けた。
「フレデリカ殿、私はあなたに心を奪われました。私と添い遂げてはくれませんか?」
思わぬ申し出にフレデリカはたじろいだ。こんなことなら皆と酒を喰らっているべきだった。
「リョウカク殿、私は年の頃、三十五を過ぎています。あなたにはもっとお若い方がお似合いでしょう」
「年などあなたの美しさの前では何になりましょう」
「しかし」
「好いている方がいるのですか?」
その問いにフレデリカは一人の黒衣を纏った男の背を思い流し頷いた。
「ええ」
「その方はどこに?」
フレデリカは天を指した。
星空が広がり瞬いている。
「私の好いた人間はあの中のどれかにおります。リョウカク殿、お気持ちはありがたいですが、私は未だに彼に心を奪われたままです」
「戦士の星。そうでしたか。ならば、その御仁を凌ぐ武功を上げねば話にはなりませぬな」
リョウカクが立ち上がった。
「リョウカク殿?」
「私はあなたを諦めません、フレデリカ殿」
リョウカクは松明を手に、更に市中の奥へと歩んで行った。
フレデリカは溜息を吐いた。この思いを破ることなど何人にもできはしない。私の心はサーディスのものだ。そう思うと自分に心を奪われてしまった若者が哀れでならなかったのだった。