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傭兵譚  作者: Lance
31/161

始まりの戦

 赤鬼傭兵団とロイトガル王国の若き王ブリックの檄に応じた兵士達は数千にも及んだ。

 フレデリカは未だにブリック王とは会っていないが、どうやら先王を隠居させ、自ら王位を継承したとのことだ。あるいは一生拝謁することは無いかもしれない。自分はただの傭兵だからだ。

 酒場に赤鬼とフレデリカ、カイ、ローランド、そして、王国より遥々来た目付け役のリョウカクというあだ名だろうか、少々変わった名前の青年がいた。他に中隊長らも同席している。フレデリカは中隊長の座を赤鬼に勧められたが、カイの面倒のこともあり、辞退した。ならばと赤鬼は新参の流れ者ローランドの腕を見込んでか、勧めたが、ローランドも同じく突っぱねた。「仲間が死んでゆくのを後ろで見てはいられないんだ」ローランドは神妙な顔でそう言った。現在このペケ村には五百の傭兵がいる。誰もがとは言えないが、大半が戦い行くうちにこの大陸を憂うようになった歴戦の猛者達だ。槍に長剣、長弓に、戟。様々な得物を手にしていた。

 赤鬼とリョウカクが地図を広げたテーブルの上に駒を置いている。

「我が国が兵を挙げたと聞いて敵はハイバリーから引き上げてきている」

 リョウカクがバイザーの上げた端麗な顔でそう言った。年の頃は二十五、六ぐらいだろう。利発そうな目をしている。

「ならば急ぎ戻って来る都市連合を正面から待ち受ける。それ、出陣だ、触れ回れ!」

 赤鬼が声を上げる。

 傭兵らは村のあちこちから現れる。

 鎧兜に身を包み準備万端の様子だ。

「カイ君、お師匠様」

 プラティアナがキラを抱いて歩み寄って来た。

「無事に戻って来てくださいね」

 二人に掛けられた声にフレデリカは頷き、カイはキラの頭を撫でた。

 そうして村を出立したのだった。



 2



 虚報かと思ったのだろう。都市連合の退却は遅かった。

 赤鬼傭兵団は街道に陣列を構え、堂々と引き上げてくる連合を待った。

 連合はおよそ五千。こちらは約五百。だが、幅の限られた街道で戦えるのは三十人が限界だ。中隊長らが層が厚いと見せかけ、森へ埋伏する手も考えたが、赤鬼とリョウカクが反対した。層の薄い手勢の層を薄くすれば凡愚な連合とて気付くはず。フレデリカもローランドも同意だった。二人とカイは最前列で長弓を持ち、連合の到着を待った。

 昼過ぎ。地鳴りを上げて土煙が見えたかと思うと連合の騎兵隊が姿を見せ肉薄してきた。

「小賢しい北国のアナグマめ! そのまま穴倉に住んでいれば良いものを!」

 先頭を来る軽装の戦士がそう吐き捨て大斧を振り上げ、馬を止めた。

「一気に揉み潰せ!」

 連合の騎兵隊が襲い掛かって来る。

「長弓放て!」

 中隊長の声と共に赤鬼傭兵団は驟雨の如く矢を浴びせた。馬に刺さり、騎兵を貫き、歴戦の強者達の弓の練度は恐ろしくも頼もしくもあった。そんな中でカイの弓は一手一手が素早く正確に騎兵の顔を貫いていた。

 街道が乗り手のいない馬で塞がった。

「奮起の時ぞ! 赤鬼傭兵団! 彼奴等を地獄に送り届けるのだ!」

 傭兵隊長赤鬼の怒号が木霊し、馬達は怯えたのか人のように慌てて道を開けた。

 その狭い中を真っ先に進んだのはカイで、フレデリカとローランドが続く。

 進軍が止まったままの連合は馬上で慌てて徒歩の赤鬼傭兵団と交戦した。

 左右からやられれば乗っている方が不利だというのに、兵士らは指揮官の馬から下りて戦えと言う命令を律儀に待ち、傷だらけになっていた。

「何とも哀れだな!」

 フレデリカが剣を薙ぎ払い地面に落ちた兵士の背を斬りつける。甲冑が割れ、血を飛散させながらも兵士らは懸命に逃げて行った。

「だけど、今が好機だ。攻めるぞ!」

 ローランドが血の滴るクレイモアーを手にし駆ける。

「分かっている!」

 フレデリカも続いた。扱って分かったが、ローランドは良い贈り物をしてくれたと彼女は思った。しかし、同僚らと敵を切り裂き進みながら愕然とした。カイが敵将と打ち合っている。クレイモアーよりも長く幅広い得物を自在に振るい、敵の大斧を圧倒していた。

「大丈夫、あの調子なら勝てるさ」

 フレデリカの肩にローランドが手を置いて言った。

 赤鬼傭兵団は深く深く喰らい付いて行った。徒歩になった敵兵と交戦し、戦人の練度の違いを見せ付ける。その力こそが傭兵としての矜持だ。

 ローランドが敵を三人沈めるのを見るとフレデリカも負けじと、兵士の間を抜けて敵を探し求めた。

「敵将、討ち取った!」

 カイの興奮した大音声が轟いた。

 フレデリカはホッとした。

 赤鬼傭兵団の団員達が狭い地形と練度を生かして戦う中、兜首を引っ提げたカイが誇らしい笑みを浮かべながら合流した。

「師匠、見てくれよ」

「ああ、見事だ」

「これで二人目を作る義務と権利を得たぜ!」

 カイが嬉しそうに兜首を突き上げた。

「どういうことだ?」

「どうもこうも、プラティアナと約束したんだ。敵将を一人討つ度、その代わりに子供を作ろうって」

 若いとは良いものだな。フレデリカは半分呆れながら思った。

「良いね、俺もサリーに交渉してみようかな」

 ローランドが合流した。返り血だらけの鎧を着ている。彼がここへ来た時にへこんでいた鎧はそのままだった。

「だけど、俺達の出番はここまでのようだね」

 ローランドのその言葉の意味がすぐに分かった。

 一人で大地を踏み締め、巨剣を掲げた赤鬼が駆けて行ったのだ。横目でフレデリカを見てウインクしていた。

 程なくして、何かが破裂するような、例えば馬車が粉砕されるようなそんな場面を思い描かせる巨大な音が響き渡り、戦場のあらゆる音や声を止ませた。

「赤鬼とはワシのことだ! さぁ、勇気ある者はかかって参れ! この剣で身体をグシャグシャにされたくなかったらな!」

 カイが走り、フレデリカとローランドも後に続いた。

 茫然とする敵味方の真ん中で大地が大きく穿たれ広く沈んでいた。

「カアアッ!」

 落雷の如く赤鬼は怒号し、敵兵の中へと突っ込んで行った。

「何をしている! 赤鬼大隊長に続け!」

 フレデリカが一番正気に戻るのが早かった。彼女の叫びと共に再び戦は再開された。

 だが、先の光景は恐ろしく萎縮するばかり。世の中を見てくると旅に出たが、身近なところに注目すべき化け物はいた。

 亡骸が宙を舞い、悲鳴が重たい剣風で掻き消される。ほぼ無音の戦場の只中に赤鬼はいる。

「すげぇ、すげぇよ、赤鬼団長!」

 カイが勇躍し、駆けた。

「俺はこう見えて色々諸国を流れてはきたけど、あれが敵として現れなくて良かったと心底思うよ」

 ローランドが笑いながら言った。流れ者同士フレデリカも釣られて笑みをこぼした。

 住む家の大黒柱が頼もしいと言うのは良いものだ。だが、その柱が折れた時、自分達はどうなるのだろうか。フレデリカは考えたくなかった。今はこの戦に全力で身を捧げよう。

 彼女は飛び出し、弟子の後を追った。ローランドが並走した。二人は赤鬼ほどではなかったが、剣鬼となり、勇名を上げるのだった。

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