入団
階下では年下の若い女性が食卓を整えているところであった。シチューとパンのようだった。
「御加減は大丈夫ですか?」
「ああ、お陰様で」
ローランドは彼女の背にまだまだ赤ちゃんを卒業したばかりの子が背負われているのを見た。アドニスを思い出す。
「ローランドだ」
「プラティアナと申します」
女性はニコニコと微笑んで応じた。奇麗だった。短い銀髪に赤いバラの飾りを着けている。
「俺にも故郷に子供がいてね。同い年ぐらいなんだ」
ローランドはそう言って、サリー達のことが気になった。
「まぁ、食えよ、おっさん。うちのかみさんの食事はどれも美味いんだ。師匠のはいまいちだけど」
カイが言った。
「いまいちで申し訳ないな」
フレデリカが顰め面で応じる。
おっさんか。いつの間にかそこまでなっていたんだな。結局、傭兵から騎士には成り上がれないでいる。少し情けない気持ちになった。だが、と、戦場を思い出す。徴兵された民達を見捨てた軍人達。あいつらの仲間入りは御免だった。だったら傭兵のままで良い。
食卓は粛々と進んだ。美味しかった。自分がサーディスが遣わした馬の上で何日眠っていたのかは分からないが、酷く空腹だったということが、シチューを一匙口に運んで思い知った。
食後、ローランドは一息吐き、フレデリカに言った。
「俺の故郷は今頃酷い目に遭っている。家族がいるんだ」
フレデリカの目は真剣なものだった。
「国同士の問題は我々の与り知らぬところだ」
「お腹に子のいる妻と息子と良い隣人がいるんだ」
「私では決め兼ねる」
「そこを何とかできないか?」
「そうだな、団長に会わせよう」
フレデリカが席を立ち、ローランドは後に続いた。
2
のどかな村だ。日差しもどこか柔らかく感じられる。都会の喧騒も悪くは無いが、こんなところでのびのびと子供を育てたいものだ。サリーはどう思うだろうか。
案内されたのは村の酒場だった。
一人だけ、カウンター越しに座り、杯を呷っていた。クマのように大きな身体だ。赤い板金鎧で身を包んでいる。後ろの壁には分厚く広くそして刃が鋭く研がれた巨大な剣があった。
まさか。
傭兵界隈でも優れた傭兵の噂はある。こいつが、北の国の生命線。赤鬼なのか?
「身体は大丈夫か?」
低い声で相手が言った。振り返った顔は四角く、白髪で伸びた眉毛と口ひげもほぼ白みがかっていた。麦酒の泡の付いた髭をしごき、赤鬼は席を勧めた。
「いや、立ったままで良い。あなたが赤鬼か?」
「いかにも」
赤鬼に会えたが感激などしている場合ではない。ローランドは切り出した。
「俺はローランド。さっそくだが、アンタに頼みがある」
「うむ」
赤鬼はそう言うと杯を置いた。
「俺の故郷を、家族だけでも救い出したいんだ。ハイバリーの都だ。今頃、北部の小国家連合に攻め立てられているころだろう。頼む、援軍を差し向けてくれ!」
ローランドは片膝を付き頭を下げた。
「ううむ、お主の気持ちは分かるが、金で雇われている以上、勝手な動きはできぬ。傭兵なら分かるところだろう?」
「あ、ああ」
ローランドは予想通りの答えに軽くショックを受けた。サリーが、アドニスが、ハイバリーの防壁はいつまで持ち堪えられるか。兵糧は民にも回されているのだろうか。
「そう絶望するな。我らが主、国王ブリック様よりの命令だ。速やかに小国家連合の地を攻めたてよ」
「それはつまり」
「ハイバリーを攻撃している軍勢は反転せねばなるまい」
「守るだけがこの国の戦い方だと思っていたが」
ローランドが自分の経験上、思った事を言うと赤鬼が言った。
「国王が変わったのだ。これからは攻めの国家となるだろう。陛下はそう油断している小国家連合から併呑する心積もりだ」
ローランドは全身が熱くなった。
「攻めるのはいつだ?」
「逸るなローランド。今、軍勢を募っているところだ。安心せい。近々動くのは確実だ」
赤鬼はそう言い杯を呷ったが渋い顔をした。
「もう、酒が無いか」
そしてその目がローランドへ向けられた。
「ロイトガル王国は大陸に覇を唱えた。人々の安寧のために戦う。我らと来んか、ローランド」
熱の籠った眼差しを向けられ、ローランドは口の端を持ち上げた。サーディスはこのために導いたのだと感じられた。
「我らは傭兵だが、そろそろ剣と鎧の時代を終わりにしなければな」
その赤鬼の言葉にローランドは頷いた。
俺もサリーも廃業だが、生きる術なら他にもある。彼女と家族のためなら俺は何だってやる。例えば道化師でもな。
「その話、乗った。俺はこれからあんたの部下だ、赤鬼団長」
手が差し出された。大きな手で皺が刻まれていたがまだまだ力に溢れている。ローランドはその手を握り返したのだった。
3
「赤鬼傭兵団は生まれ変わろうとしている」
酒場を後にすると、フレデリカが言った。
「民の代弁者となる傭兵団になるだろう。噂を聞いて各地から志を持った者達が集ってくるはずだ」
「そうだな」
ローランドは応じると肩に下げていたクレイモアーを引き抜いてフレデリカに渡した。
「あんたに」
「私にくれるのか?」
「ああ。造り手は俺の妻だ。前にあんたの剣を圧し折っただろう。そういう剣だ。良かったら使ってくれ」
フレデリカは剣を上から下まで眺め、頷いた。
「これは良い出来だ。あなたの奥さんが赤鬼傭兵団の専属の鍛冶師になってくれたら心強い」
「そのためにも今回の戦だ。よろしく頼むぜ、サーディスの志を持つ者、フレデリカ殿」
ローランドが手を差し出すとフレデリカは軽く笑って応じた。
「サーディスは俺とあんたを会わせたかったのかもしれないな」
「そうだな、サーディスならそうするかもしれない」
二人は昼の太陽を共に眺め上げたのだった。そこに黒衣の傭兵の背を見つけたように。