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傭兵譚  作者: Lance
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仇敵

 西へ、カティアは戦場で出会ったローランドの言葉を胸にサーディスの痕跡を追っていた。

 だが、思うように成果は上がらない。それに飢えた民衆がカモのようにこちらを見ているのが気に食わなかった。

 戦争で多大な税を掛けられ、民衆の暮らしはひっ迫していた。弱ければ弱いほど、小さければ小さいほど、無情にもそれは重くのしかかり、人としての生き方まで変えてしまう。

 一人旅の中で山賊や盗賊と出くわすことも多かったが、手応えが無かった。正体は武器を初めて手に取った民衆だからだ。こうして追い剥ぎをしないと生きては行けない。サーディスはどのような暮らしを送っているのだろうか。

 カティアの足はひたすら西の果てへと向かう。剣を血に濡らしながら。



 2



 首都へ辿り着いた。首都に近づくにつれて治安も良くなっていることを実感していた。

 ここは煌びやかで、人に笑顔がある。後ろ暗い過去を持っている者などまるで一人もいないような、そう思わせる。

 町の酒場に入る。旅人で繁盛していた。

 しばらくカウンターの奥で噂話に耳を傾ける。何処も彼処も、危機的状況らしい。村人に襲われたという商人もいた。税の負担はこの明るい顔をしている人々にも重くのしかかっているようだった。傭兵でもやろうかな。それで一攫千金を狙うのさ。などと宣う者もいる。傭兵はそこまで甘くは無い。命を投げ打つ覚悟が既に必要だ。カティアでさえ、死ぬのは怖かった。

 東では人々が蜂起し始めているらしい。国と民衆が争っているのだ。

 飢饉じゃないだけマシだが、これでも飢饉と似たようなものか。旅姿の男と行商がそう話していた。

「マスター」

 カティアは空になったグラスを差し出した。

 酒場の主は歩んで来た。カティアは伸ばされた手に銀貨五枚を掴ませた。もう、ここにしか手掛かりは無い。彼女は追い詰められ、神にも縋る思いだった。

「何が知りたいんだ?」

 酒場の主が尋ねてきた。

「人探しをしている。サーディスという名の男だ」

 カティアが見詰めると間もなく酒場の主は微笑んだ。

「懐かしいな。たまに来てたよ」

 カティアは驚いて尋ね返した。

「本当か!?」

「ああ。本当も何もサーディスという名前なんてそうそういるもんじゃない。お前さんは恋人か?」

「いや、姉だ」

「そうだったか」

「サーディスについて詳しく聴かせてくれないか?」

 酒場の主は頷いた。

「サーディスは傭兵だ。いつも黒い鎧兜に身を包んでいる。時々、金髪の上品そうな女性を連れてここにも来てた。もう、ずいぶん前になるがね」

 カティアの見立て通りサーディスもまた傭兵として身を置いていたのだ。黒い鎧に黒い兜。そんな奴は決して一人では無いが、手掛かりが絞られたことに満足した。

 カティアが期待を込めて続きを待つと店の主は困ったような顔をした。

「サーディスはスラム街によく居たそうだ。詳しくはそっちに当たった方が良いかもしれないな」

「ありがとう」

 カティアは立ち上がった。店主にスラム街の方角を教えてもらってさっそく歩き出す。

 まだまだ陽は高い。今日一日でどれだけの情報が手に入るだろうか。

 華やかな町の通りから外れた場所に崩れそうな家屋が立ち並ぶ通りへと入った。

 すると三人のみすぼらしい男が手に古びた短剣を手にして現れた。

「金を出して貰おうか」

 去れ、殺すぞ。カティアは普段ならこう言って一蹴したが、こいつらはスラムの人間だ。何か詳しいことを知っているかもしれない。

「人を探している。私の弟だ。名はサーディス」

 サーディスの名を出した瞬間、稲妻に撃たれたかのように三人の賊は引き下がった。

「サーディスなんて久々に聴いたぜ」

 その言葉にカティアは一人の手を取り金貨を掴ませた。

「聴かせてほしい」

 カティアが言うと、その鬼気迫る勢いに押されたのか、それとも握らされた金貨に驚いているのか、三人の男はぎこちなく頷き、一人が話し始めた。

「サーディスはおそらく最強の戦士だ」

「よくお嬢さんとここで鍛錬に明け暮れていたな」

「お嬢さん?」

 カティアが問うと一人が頷いた。

「フレデリカっていう貴族のお嬢様だ。サーディスはフレデリカを指導していた。剣から弓に色々と」

「サーディスを最後に見たのはいつだ?」

 三人は顔を合わせた。芳しくない。カティアにもそれが分かった。

「もうずっとここには来てないよ。フレデリカも」

 カティアは思案した。サーディスは傭兵としてこの国を発ったのかもしれない。だが、フレデリカ。この手掛かりを逃すわけにはいかなかった。

「フレデリカという奴の家はどこだ?」

「どこと言われても、たぶん御貴族様だぜ。俺達が通りに足を踏み入れたらたちまち討たれちまう」

 カティアは貴族の家を一軒一軒訪ねる覚悟をしていた。こんな傭兵では相手にしてもらえないだろう。だが、やって見なければ分からない。

「バッフェルじゃ」

 不意に声がし、杖をついたボロを纏った老爺が歩んで来た。

「長老」

 三人の男は慌てて引き下がった。

「フレデリカの家はバッフェル家じゃ」

「バッフェル。フレデリカ・バッフェル」

「うむ」

「ありがとう」

 カティアは外套を脱ぐと老人の身体に羽織らせた。

 そしてカティアはスラム街を後にし、貴族邸の立ち並ぶ通りへと足を踏み入れた。

 家は大きく上品で、庭には緑が溢れている。スラム街や貧しい地方の村々とはまるで違っていた。

 サーディスが食客になっていてくれれば、そこで望みは果たされる。

 カティアは貴族街の空気よりも、サーディスに出会えるかもしれないと緊張し、石畳を踏んだ。

 表札は無かった。

 そのため、カティアは地道な手段に出るしか無かった。いや、これまでも地道な手段を使ってついにここまで来れたのでは無いか。

 彼女は貴族の屋敷の門番に尋ねた。カティアは三十五を越えていたが、未だに魅力的であった。女の門番などはおらず、彼らは自分達の仕える屋敷の名前を述べた。

 時折、馬車が横を通り過ぎて行った。立派な馬車だった。

 バッフェル邸は見つかった。特に周囲との貴族屋敷との差は無かった。門番は初老の温和な男だった。

「フレデリカ様は御在宅か?」

 その声に門番の顔に影が差した。

「お嬢様は出て行かれた」

「出て行った?」

「貴女はどちら様ですか?」

「私はサーディスという名の者の姉だ」

「サーディス殿の姉君でしたか」

「弟は何処に?」

 その問いに門番はかぶりを振り、憂いた目でカティアを見詰めた。

「サーディス殿は死にました。急に敵方に鞍替えし、フレデリカお嬢様と対決なされて討たれました」

 サーディスが死んだ。討たれた。カティアは愕然とした。身体の力が抜け石畳の上に片膝をついていた。その目は地面を見ながらも幼い頃のサーディスの顔しか見えていなかった。

「そろそろここから離れた方がよろしい。不審者として投獄されかもしれません。ましてや、旦那様はサーディス殿を娘の人生を狂わせたと恨んでいる」

 カティアは立ち上がった。

「フレデリカが討ったのだな?」

「ええ、嘆かわしいことです。二人は良い師弟でした」

「間違いなく、フレデリカ・バッフェルが討ったのだな?」

 カティアが言った瞬間、門番は剣を抜いた。

「お嬢様が生きているのかは分からぬが、あなたは害毒となる様子。ここで成敗させていただこう」

 剣が振り下ろされる前にカティアはソードブレイカーを左手に持ち、刃をノコギリ刃に挟んだ。そして圧し折る。

 驚愕に目を見開く門番の左胸に刺突のカティアの代名詞、エストックを右手で繰り出した。剣は簡素な鎧を貫通し老門番の左胸を貫いていた。

「がふっ!?」

 門番は倒れた。

 すると笛の音色が鳴った。

 近くの屋敷の門番が目撃したらしい。カティアは剣をそれぞれ収め、貴族街を脱出した。

 サーディスを殺したフレデリカ・バッフェルを討つ旅の幕開けだった。

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