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傭兵譚  作者: Lance
26/161

世界

 今はそう、世界を見るのを止め、帰り道を急いでいるところであった。

 未明、フレデリカは休息をとるために、急いでいた足を止めた。

 半年ほどの歩き旅。今日も一日中歩いた。

「歩いたが、誰にも出会えなかったわけかい?」

 焚火の向こうでサーディスが火に当たっていた。

「いや、バトーダという傭兵に出会い、世界が今どれほど荒廃と疲弊をしているのかを知った」

 フレデリカはサーディスに話した。

「ならば、正義感の強いお前ならバトーダの誘いに乗るべきじゃなかったのか?」

 核心を衝かれたが、フレデリカにも考えというより心配があった。

「もしもカイやプラティアナが苦境に陥っていたら、それに二人に刃を向けることがあったら」

 フレデリカは答えを待ったが、声は掛けられない。ふと見るとそこにサーディスの幻影の姿は失せていた。

 サーディスには納得してもらいたかった。

 フレデリカは薪を一本、火にくべ、爆ぜる音を聴いてそう思ったのだった。



 2



 馬は今や貴重な戦争の物資だった。辿り着いた町や村では既に国に徴発され、そのためフレデリカは己の足で、帰り道を歩んでいた。

 貧困からの物乞いも珍しくなかったし、中には戦争で手足を失った者が生きて行くためにそうしているところにも出会った。フレデリカは、迂闊にも憐れみを感じ一人の物乞いに銭を渡した。すると、どうだろう、町中の物乞い達が殺到し、フレデリカに金銭をせびり始めた。フレデリカは辛うじて抜け出し、街道へ出た。もう大陸も末期だ。どこかの国が統一し、平和と安寧を齎すのを待つしかない。いや、待つのではない。大陸統一のために手を貸すのだ。自分には剣がある。問題は自分一人だけが決起しても誰も集まらないということだ。赤鬼団長なら あるいは。あの類稀なカリスマ性。彼を説いて戦の覇者になるべく軍を挙げよう。

 フレデリカはそう決意し、歩みを続ける。

 そうして一年半、彼女はようやく今の故郷へと辿り着いたのであった。



 3



「師匠!」

 背がスラリと伸び、均整の取れた体躯の若い男が迎え出た。

「カイ。戻った」

「戻ったじゃないよ、何も言わずに出て行くだなんて」

「悪かった」

 フレデリカは謝罪した。

「プラティアナは?」

「家にいる」

「家?」

「ああ、俺達、家を建てたんだ、赤鬼団長に借金してね。そうだ、師匠来てくれよ!」

 カイがフレデリカの手を掴んだ。いつの間にか彼の手は広くなり、力も強くなった。フレデリカは引かれるまま後に続いた。

 一軒の二階建ての家屋があった。木で造られ、壁は白で塗られている。入り口の前に表札があった。「カイ・アローザの家」と、記されていた。フレデリカは少し驚いた。アローザは今、自分が名乗っている姓だ。傭兵になると決めた時に家と共にバッフェルの名を捨て、母方のアローザ姓を名乗っているのだ。

「プラティアナ、師匠が帰って来た」

 カイが言い、彼はフレデリカを中へ促した。

「失礼するぞ」

 入るとそこには台所だった。イスにプラティアナが座り、赤子を抱いていた。

「そうか、生まれたんだな」

「はい、お師匠様。男の子です」

 プラティアナが微笑んで頷いた。

「本当はお師匠様の胸に飛びこみたいですが、この子がいるので」

 プラティアナは銀色の髪を長く伸ばしていた。そして元から大人びていたが、更にそれが深まったように思える。慈母だ。と、フレデリカは思った。

「名前は?」

 フレデリカが尋ねると、プラティアナは頷き、カイが言った。

「まだだよ」

「そうか。名は一生ものだからな。大事に決めるのが良いだろう」

 フレデリカが言うと、カイはかぶりを振った。そして真っ直ぐ彼女を見た。

「師匠に名付け親になってもらおうってプラティアナとは決めていたんだ」

「私に?」

 二人の弟子は揃って頷いた。

「いつまで名無しのままか、困ってたけど、良いタイミングで帰って来てくれて良かったよ。さぁ、師匠名前を」

「待ちなさい。私だって急にそんな大役を任せられるとは、いや、嬉しいが、本当に良いのか?」

「ええ」

 プラティアナが頷いた。

「分かった。少し時間をくれ」

 フレデリカは二人の前から去ると、傭兵と村人が和気あいあいしている村の様子見て安堵していた。ここはまだ平和だ。彼女はその足で酒場へ向かった。

 昼の酒場にはやはりあの男がいた。

 戦でもないのに赤い板金鎧に身を包んだ初老の巨漢、赤鬼団長だ。

「フレデリカか」

 赤鬼は振り返らずに杯を呷り言った。

「ああ」

 フレデリカは隣に座った。

「飲むか?」

「私は結構」

 フレデリカが断ると赤鬼は杯をもう一杯呷り、ゲップを漏らしてこちらを見た。四角い顔にふっさり伸びた白い眉毛と口ひげ。口ひげにはやはり酒の泡がついていた。

「世界を見るには早い帰りだな」

「そこは、何とも言えない」

「心配か?」

 赤鬼が尋ね、フレデリカは何のことか察せず相手を見た。

「世界は酷い有様だったろう」

「ああ。酷い有様だった」

 フレデリカはしみじみと答えた。そして帰路の最中に内に秘めていたことを吐露した。

「赤鬼団長、世界のために戦わないか?」

 赤鬼は運ばれてきた麦酒を見下ろしながら、応じた。

「ふむ、大それたこというな」

「大それてなどいない。誰かが立ち上がらなければ、世界は貧しく苦しくなるばかりだ」

「お主の言うことはもっともだ。ワシが味方をしているのはロイトガル王国。ここは大陸のちょうど真北だ。冬はとても冷える。ロイトガル五世という方が治めている。この方に野心はない。ただ自領を荒らす者達を追い返すだけのお方だ。とても大陸平和のための挙兵などは望めまい。ただ、二十歳になる息子、つまり王子のブリック様は、フレデリカ、お主と同じことを申しておる。勇敢だが世を憂う心の持ち主だ。ワシが雇われているのもこのブリック様の心意気をいつか実現させたいと思っているからだ。これ以上老いぼれてただ死に逝くよりは誰かの役に立ってから死にたい」

 赤鬼は真剣な表情でそう言った。

「赤鬼団長はこの国ロイトガルを覇者にしたいそう思っているのか?」

「そうだ。傭兵とは言え、赤鬼傭兵団は忠勇の烈士の集まりだ。一度、味方と決めた国を裏切ることは無い」

「何故、そこまでロイトガル王国に拘るのです?」

 すると赤鬼は杯を呷り、口を拭うと言った。

「戦争はな、ワシが子供頃から既に続いておった。ワシは戦で親を亡くした戦災孤児だった。どこの国にいたのかは分からん。だが、孤児院も略奪に遭い、ワシは奴隷として売られようとしていた。そこを助けてくれたのが、先代ロイトガル王だった。ワシは自由の身となり、平等に仕事を与えられ、一人で生きて行けるようになった。ワシは先代王に感謝している。だからこそ、この国を滅亡させるわけにはいかんのだ。慈悲深いこの国をな」

 フレデリカはとても赤鬼を例えばバトーダのような愛と勇のある者を引き合わせても無理だろうと思った。赤鬼傭兵団はこのロイトガルのために戦い、勝つ。そういうことだ。カイとプラティアナも落ち着かなければならない。フレデリカは思案した。

「ワシは死ぬまでロイトガルからは動かん」

「あなたの意見は分かった赤鬼団長」

 フレデリカは外へ出たが、その背に声を掛けられた。

「フレデリカ、お主が残ると言うのなら、赤鬼傭兵団の中隊長の座を約束しよう」

「心に留めておく」

 フレデリカはそれから宿に入り、部屋に籠ってベッドに仰臥していた。

 私一人では大陸の破壊と荒廃を止められない。だが、傭兵をやるならば志のある傭兵の元にありたい。大陸から飢えと悲劇を無くすために。そのためにも戦って血と死を星に捧げなければならないが。

 バトーダの誘いに乗ればいつかこの地を敵に回す。カイとプラティアナに剣を向ける。それだけはやりたくない。

 サーディス、あなたならどうする。

 いつの間にか夜になっていた。

 バルコニーに歩み寄ると、満天の星空が広がっていた。

 キラリと流れ星が過ぎった。

 ふと、フレデリカはもう一つの課題に対する答えを見つけた。

 キラキラ光る戦士の魂ともいえる星々。そうだ、カイとプラティアナの子の名前は、「キラ」にしようと。

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